金田一京助博士記念賞

第37回金田一京助博士記念賞

風間伸次郎氏 ツングース諸語の言語と文化に関する一連の調査研究に対して

授賞理由

「ツングース諸語の言語・文化に関する一連の調査研究」に対して ―『ナーナイの民話と伝説11』、『ウデヘ語テキスト4』、『ウルチャ口承文芸原文集4』、『エウェン語テキスト 2』、『エウェン語テキスト 2(B)』―

ツングース諸語は、シベリア東部からアムール川流域にかけての広い地域に分布する。いずれの言語の話者も非常に少なく、かつ高齢である。風間伸次郎氏は、1988年よりツングース諸語の記述的研究を始め、ほぼ毎年、話者たちの暮らす村々を尋ねながら現地調査をおこなうことにより、ナーナイ語、オロチ語、ウルチャ語、ウデヘ語、ヘジェン語、エウェン語、ネギダール語について、すでに膨大な研究業績を残している。調査に関しても分析に関しても、非常に生産的な仕事ぶりである。

今回の授賞対象となった業績はいずれも、言語・コンサルタント・調査についての詳しい解説、ロシア語・英語・日本語によるテキストの要約、注釈のついたテキスト、キリル文字によるテキスト、テキストの音声データを収めるCDという、ほぼ同じ構成となっている。著者は、この5点以外にも、ツングース諸語に関する多数の資料集をすでに公刊している。

今回の業績に収められているのは言語のテキストとその翻訳であるため、単に話者が語る言語を文字化しただけと見えるかもしれない。しかし、付録のCDを聞くと、「単に文字化する」ことがいかにたいへんな作業であるかを痛感させられる。実際に話者が風間氏に語る音の洪水の中から音のまとまりを探し出し、さらにそれを意味のある単位に分析することは、まさに言語分析そのものと言える。

風間氏自身が書き記しているように、氏の研究は、確かに多くの話者の人たちの協力に支えられている。しかし同時に、風間氏が長年話者の人たちとの間に築き上げてきた信頼関係があったからこそ、このような全面的協力が得られたのだということが、調査の解説から読み取れる。

収録された言語テキストには詳細な注釈が付けられている。これは言語研究者の利用を想定したもののようであるが、すべてのテキストが全訳され、さらにその要約までがあるので、言語学以外の研究者の利用も容易であると思われる。また民俗や文化に関する詳しい情報は、それ自体が十分に価値のある資料である。

もちろん、言語研究、特にツングース諸語研究にとっては、今後欠くことのできない基礎資料となるであろう。また、テキストには言語学研究者が利用する上で必要な情報が含まれているだけでなく、おそらくツングース諸語の母語話者によって読まれることも想定した実用的な標準化の試みも見られる。ほとんどの話者が高齢であること、中年以下の人々はほとんどこれらの言語を話せないことを考慮すれば、今までに刊行されたものも含めて、風間氏によるこれらの資料集は、ツングース諸語のいきいきとした姿を後世に伝える、貴重な文化遺産となるであろう。

金田一京助博士記念賞にふさわしい極めて勝れた業績と判断する。

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受賞の言葉

風間伸次郎

風間伸次郎氏近影

このたび「第37回金田一京助博士記念賞」を受賞し、光栄に思うとともに、たいへん身の引き締まる思いをしております。関係者各位に謹んでお礼申し上げます。

ツングース諸語は、日本海のすぐ対岸に位置し、日本周辺の諸言語の中でも最も記述を要するものの一つです。このたび評価をいただいた業績は、なるべく言語そのものの姿を伝えるべく、コンサルタントの協力のもと、現地で録音した音声を一語一語書き起こし、意味を尋ねて作成したテキストです。残念なことながら、ツングース諸語の多くは今後数十年のうちには消滅する危機に立たされています。日本語史の研究などをみてもわかることですが、このような状況においては、一定以上の量のテキストを未来に残すことがきわめて重要です。資料の無い時代や方言のことは、もはや知りようがないからです。そしてそのテキストは、的確な解釈によって音韻表記されていることが大切ですが、同時にそのもとの音声資料が付されていればその価値はさらに高いものになると考えます。

私のツングース諸語の研究は、1988年、北大の津曲敏郎先生に科研費での現地調査に連れて行っていただいたところから始まりました。先生には言語学の基礎や論文の書き方にはじまりツングース諸語の問題点に至るまで、あらゆることを御教示いただきました。大学院では宮岡伯人先生に御指導をいただくことができました。当時の北大には、アイヌ語や北米インディアン諸語を研究するフィールドワーカーが多くいたことも私にとってたいへん幸運でした。

20年前、現地で私に初めて生きたナーナイ語を教えて下さったベリドゥイ御夫妻は、いきなりやって来たこの外国人を温かく迎えて下さり、一ヶ月近くにわたる居候にも嫌な顔一つなさいませんでした。ナーナイ語どころかロシア語さえも碌にわからなかった私は、7年にわたって何度もお世話になる中で、少しずつナーナイ語に慣れ親しんでいくことができました。ゲイケルさんは、すばらしい語り手で、私が書き起こした分だけでも1千ページ以上に及ぶ民話や伝説を語って下さいました。10年以上にわたって、いつも本当の祖母のように私を迎えて下さいました。ニーナ・ククチンカさんは、1995年から6年間、私のウデヘ語の研究を支えて下さいました。当時、先行研究が1冊しかなかったこの言語について、どんな辞書や文法書もかなわないような多量の情報を、辛抱強く教えて下さいました。ナージャ・ククチンカさんは、2005年から今年まで、思い出せる限りのことを語って下さり、書き起こしをずっと手伝って下さいました。以上に記した方々は、皆もうこの世を去ってしまわれました。生前にこの報告ができなかったことが残念で、そして申し訳なく思います。天上界で、きっとこの受賞を喜んで下さると思います。

キレさんにはもう20年にわたってナーナイ語の書き起こし等を手伝っていただきました。バブツェヴァさんは1996年以来、私以上の情熱でエウェン語の研究を指導して下さいました。お二人とも七十を越す御高齢にも関わらず、日本にも何度もいらして下さいました。これからもどうか私の研究に力をお貸し下さい。

ここに記した方々ばかりでなく、他にもウルチャ語、ソロン語、ネギダル語、エウェンキー語、オロチ語、ウイルタ語、ヘジェ語、シベ語に関して、たくさんのコンサルタントの方々からの御教示をいただきました。コンサルタントの方だけでなく、現地での滞在、手続き、移動などの場面で、やはりたくさんの方々にサポートしていただきました。私の研究成果は全くこれらの人々の助けなしには一つも為し得なかったものです。以上の方々に、深く感謝申し上げます。

鳥取大学、東京外国語大学の同僚の先生方、ゼミの学生や野球部員の皆さんにも感謝申し上げます。皆様にはいつもいろいろな形で励まされ、そして勇気をもらってきました。

丈夫に産んで育ててくれた両親のおかげで、こうして研究を続けることができました。妻の心遣いと息子の存在は、日々の暮らしの中で、そして僻遠の調査地でいつも私を支えてくれました。

こうして振り返ると、たくさんの人の支えの中で研究に取り組むことができて、自分がどんなに幸せ者であるのかを身にしみて感じます。この御恩に報いるためにも、再び初心に戻り、今後さらに精進していきたいと考えております。

(かざま・しんじろう 東京外国語大学教授)

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受賞者略歴

風間氏は、1965年生まれ。北海道大学大学院博士前期課程修了。現在、東京外国語大学総合国際学研究院教授。

贈呈式

2009年12月13日 東京ドームホテル(東京都文京区)にて

第37回贈呈式写真