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「魅せる方言 地域語の底力」について

まえがき

まえがき

 

この本は、方言について、共同で新しい切り口から考えた成果です。方言はふつう口で話され、耳で聞くものです。昔は地方の方言が文字に書かれることはまれでした。ところが最近は方言が文字に記され、目で見られるようになりました。道端の看板や、広告に使われ、新聞や雑誌にも書かれます。

一方、方言みやげは昔から観光地で売られていましたが、今は種類が違っています。方言みやげの収集家は前からいましたし、道端の方言看板を記録する人もいました。しかしデジカメが普及したので、見かけたら必ず撮るという形で徹底的に記録する人が出てきました。そのあたりに興味を持つ仲間が五人集まって、共同作業として毎週交代でエッセイをインターネット上に書くことになりました。それぞれ居住地と行動範囲が違うので、全国、そして世界の各地を広くカバーできました。

始めてから五年以上。量が増えたので、一冊の単行本にまとめることにしました。ただし全部出すと何冊分にもなってしまうので、精選版を出すことにしました。各自が自分の担当分から選び出し、他の人の案と引き比べて入れ換えて、この本になりました。

全体を三部に分けました。一般の人にも分類基準が分かるように、書かれた方言を買えるか買えないかで分けて、第一部と第二部にしました。また海外の方言にも視野を広げました。さらにインターネットを活用すると、日本だけでなく全世界の方言看板を見ることができます。これを第三部にしました。

全体を振り返って位置付けると、方言は今や経済価値を持ち、魅力を持ちはじめたと、まとめられます。方 言を文字に書くことにより、モノが売れるというのは、直接的な経済活動につながります。また方言で書くこ とによって、事故が減ったり、マナーが向上したり、人々が元気づいたりすれば、間接的に社会の経済性を高めます。方言が経済的に活用される時代になったのです。方言がプラス評価をもって使われるわけで、これが「魅せる」という表記を題名に使った理由です。

皮肉なことに、近頃実際に方言を耳にする機会は減っています。全国あちこちの駅に降り立ち、また空港に着いても、方言を話している人を探すのは難しくなりました。それと反比例するかのように、駅や空港で方言を使ったみやげものが売られ、ポスターや歓迎のあいさつに方言が使われます。方言が使われなくなったために稀少価値が生じたと考えることもできます。

この本では、少しでも楽しく、美しくと思い、巻頭にカラーページを入れて、実例を多く示しました。また各エッセイにも写真を入れました。実はインターネット版ではカラー写真がもう少し多く入っています。この本が出たからといって、ウェブから削除するわけではありません。傍らのパソコンで三省堂のウェブページを開いて、両方を比べながら読むという手もあります。URLは以下ですが、「地域語 三省堂」で検索しても出てきます。http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/

テレビドラマを見るのに、原作の小説をかたわらに置くのと、似たパターンでしょうか。この本のほうが、ストーリーにまとまりと連続性がありますから、きっと楽しんでいただけるでしょう。書く方も、毎週新しいことを報告しながら、楽しんで書きました。その雰囲気が読者の皆さんに伝われば幸いです。

そういえば、方言看板はすべてを記録するわけにはいきません。第三部で述べるように、虫のように各地を這いまわらないと記録できないからです。読者の方々が思いついて、ケータイのカメラなどに記録してくださると、後に貴重な資料になるでしょう。三省堂のウェブサイトの問い合わせページから我々グループ宛てと明記して送っていただけば、大事に保存し、できれば公開したいと思います。

この本では日本国内の身の回りの方言を集めるのが出発点でした。しかし同じ現象が海外にも見られます。歴史的増え方については、触れることができませんでした。しかし以下のように、もっと大きく位置付けることができます。

身の回りで方言が文字に記されるのは、方言が話しことばから書きことばに機能を広げた証拠なのです。古代以来文字に記されるのは、国家の標準的なことばでした。民衆のことばが文字に記されるのは、人類の歴史、文字の歴史からみると新しいできごとです。ヨーロッパの諸言語は中世にラテン語に代わって文字に記されることで、書きことばとして確立し、近代国家の標準語・公用語に成長しました。今同じヨーロッパで、他の少数言語も文字に記され、公用語扱いを受けつつあります。また世界各地の方言も、文字に記されはじめています。

古代日本でも漢字を使って記されたのは、最初は中国語(漢文)でした。かなができて平安朝の日常の日本語が書きことばとして定着しました。近代になって、東京のことばが書きことばとして確立しました。現代の日本語の諸方言が文字に記されるのは、日本語の歴史の流れの発展です。また世界中の少数言語や方言が文字に記される大きな潮流の一部なのです。

現在、世界中の言語や方言が絶滅の危機に瀕している流れに対抗して、ことばが活躍できる場面を増やし、活力を保ち、保存しようと動きがあります。文字に記すことは、地位上昇の重要な手段です。あたりまえに書かれることによって、少数言語や方言への抵抗や差別意識が薄れる効果があります。文字に記すには、わずかながらお金と時間がかかりますが、それを超える間接的経済効果があるのです。現在「社会言語学」「言語経済学」や「景観言語学」と呼ばれる研究分野が盛んになりつつあります。この本はささやかながら、その方面への実証的資料提供という、まじめな役割も果たします。

我々五人は科学研究費を受けて、目に見える方言資料の「ヴァーチャル博物館」を作ろうと、企画しています。展示室のスペースが要らず、全国・全世界のあちこちの人に見ていただけます。三省堂のウェブページでの連載はその手始めです。今後にご期待ください。