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「THE COMPLETE BIBLE HANDBOOK聖書百科全書」について

ノアと大洪水

 創世6-9章には2種類のノアと洪水の物語が巧みにつなぎ合わされている。ノアの時代に人口が増加し,悪や非行も増加した。神は不道徳があまりに蔓延したため人間を造ったことを悔い,地上から生き物を一掃することにした。ノアだけは神の特別の扱いを受けた。神は彼に箱舟を造り,妻と子どもたち,それにすべての清い鳥と動物の七つがいずつ(清くない動物は一つがいずつ)を収容するように命じた。洪水が起こり,40日続いた。水が引き始めるとノアは烏と鳩を偵察に飛ばした。初め烏と鳩は降りる所を見つけることができずに戻って来た。その後鳩がオリーブの枝をくわえて戻って来た。ノアは箱舟から降りるとすぐに祭壇を築き,神に犠牲を献げた。神はその香りを喜び「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。…地の続く限り,種蒔きも刈り入れも/寒さも暑さも,夏も冬も/昼も夜も,やむことはない」と言った。そして神はノアと契約を結んだ。虹が契約のしるしとして用いられた。それまで人々は野菜しか食べなかった。これ以後,彼らは肉を食べることも許された。ただし血を含んだ肉を食べることは禁じられた。物語は,ノアがぶどうを発見し,それから作った飲料を飲んで失態を演じることも語る。ノアは飲み慣れないものを飲んで酔いつぶれテントの中で寝てしまう。ハムはそれを見つけてセムとヤフェトに知らせた。ハムは父親の裸を見たことで呪われる。他の2人は後ろ向きにテントに入り裸を見ないように気をつけた。その結果,ハムの子孫つまりカナン人は,セムとヤフェトの子孫に奴隷として仕えることになった。ここに二つの原因譚が語られている。ぶどう酒作りの起源およびそれに伴う遊牧生活から農耕定住生活への移行と,後代になって存在した諸民族間の上下関係の起源についてである。

 ノアはレメクの子であり,レメクはアダムの9代目の子孫(セトを通して)である。ノアはアダムの死後に生まれた最初の子である。大地に対する呪いはアダムが生きているかぎり続いた(創世3:17)から,呪いが解けて最初に生まれた子である。ユダヤ教の伝承でもキリスト教の伝承でも,ノアは第一の始祖(アダム)の子孫が滅ぼされた後の人類の第二の始祖と見なす。ノアは950歳になって死んだ。彼は非常な高齢まで生きた「洪水前」世代の最後の人物であった。

ノア契約

 聖書全体を通して,神とノアの契約は神による世界修復と癒しの業の最初のものである。神は人間を創造したことを悔いた(創世6:6)が,今やノアとその子孫たちを祝福する。また彼らがある条件を満たすなら,さらなる祝福を与える約束を結ぶ。神はノアとの間に結んだ契約のしるしとして虹をかけた(創世9:1-17)。この契約は後にイスラエル民族だけでなく,万民を対象とするものと解釈されることになる。10章でノアの子どもたち(セム,ハム,ヤフェト)がすべての民族の始祖となるからである。したがってノアは「第二のアダム」と見なされることもある。この契約,万民を対象とする契約は後のユダヤ教,キリスト教においてノア契約と呼ばれる。それには七つの戒めを含むと考えられた。これらの戒めは写本によって数え方が異なる。それは創世記のこの箇所だけでなく聖書の他の箇所で,異邦人(非ユダヤ人)に対しても正義を守って生きるよう命じる記述も含むからである。一般には次の7項目が挙げられる。司法制度の確立,偶像礼拝の禁止,冒の禁止,殺人の禁止,姦淫および近親相姦の禁止(これらは一つに数えられ,しばしば性的不道徳一般の意に解される),盗みの禁止,そして生きた動物からそぎ取った肉を食べることの禁止である。これらの戒めを守っている異邦人は既に神との契約のうちに入れられており,「来るべき世界」(オラム-ハバー)に入るためにユダヤ教に改宗する必要はない。ユダヤ教徒は613か条の戒め,およびトーラーの禁止令を守る特別の召命を受けている。それは,彼ら自身のためでも彼ら自身の利益のためでもなく(義なる異邦人も同じ地位にあるのだから),世界全体の利益のためである。それは世界全体に,神の導きのもとに生きること,トーラーに従って生きることがどのようなものであるかを示すためである。キリスト教の成立の最初の段階で,トーラーに含まれる律法のどれだけが新しい契約に引き継がれるべきかという問題をめぐって大きな決断がなされた。使徒15:20に伝えられる決定は,ノア契約をめぐる考察の結果であろう。