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「THE COMPLETE BIBLE HANDBOOK聖書百科全書」について

祖先たち

 創世記は11章のバベルの塔の物語の後,イスラエルの歴代の祖先たちの物語をたどり,エジプトにおける奴隷状態の原因を語る。アブラムは神に呼び出されカナンの地に移る。この地は彼の子孫である偉大な国民の土地として約束される。アブラムは甥のロトと妻サライを伴って旅立った。彼と妻サライとの間に息子イサクが生まれる。イサクの息子ヤコブが相続権を獲得し,祝福を受け継ぐ(40〜41頁)。最後にヤコブの息子たちがイスラエルの十二部族の始祖となる。アブラム,イサク,ヤコブの物語はまとめて「族長物語」と呼ばれる。  神はアブラムに,彼を偉大な国民の祖先にし,カナンの地を彼の子孫たちに与えると約束した(創世12:2-3)。この約束は創世17章でも,それ以後の世代が割礼を受けることを条件に再確認され、アブラムの名はアブラハムに変えられた。同様の約束はイサクにも(創世26:3-4・24),ヤコブにも(創世28:13-15)与えられる。これらの物語は明らかにイスラエルの民の存在が神の意志と計画の実現であることを示そうとしている。

物語の年代確定

 これらの物語は,シナイ山における契約締結以前のイスラエルと神との関係を描く。つまり祖先(族長)たちは,後のシナイ契約の条件として決められた教えのすべてに対して義務を負っているわけではなかった。しかしいわゆる「族長物語」にはごく大ざっぱながらその問題に関係する物語もいくつか含まれており,その中には互いによく似たものがある(創世12:10-20,20:1-18,26:7-11など参照)。これらの物語はおそらく既存の成文資料または口伝資料から構成されたと思われる(五書の構成については22〜23頁を参照)。「族長物語」はイスラエルの民の存在だけでなく,イスラエル人とやはりアブラハムを始祖とする他の諸民族との関係も前提にしている。したがって物語の基本構造ができ上がるのは前1千年紀より前ではありえない。もちろん個々の物語のいくつか,あるいはその全部がそれ以前にでき上がったものであり,その当時の歴史を反映しているということは充分にありうる。

物語と歴史

 20世紀になって,祖先たちを古代近東の歴史の時代や事件と結びつけて,「族長時代」を確定しようする試みが盛んになされた。そのために祖先たちの名や習慣に類似するものを近東の歴史の中に求める方法が一般にとられた。そうした研究の結果,祖先たちは前19世紀頃から前15世紀頃にかけて生きたとされた。その頃「ヤコブ」という名が広く知られていた。また妻に子が生まれない場合,妻の女召使いに夫の子を産ませるという習慣があったことも,ヌジ(前15世紀頃のメソポタミア北部の都市)から出土したフリ人の文書から判明している。学者の中には「アモリ人」(その言語はヘブライ語に非常に近い)と呼ばれる遊牧民がシリアおよびパレスチナに大挙移動して来たとされる事件と「族長物語」とを結びつける者もいた。

現代の解釈

 今日多くの学者たちはより慎重になっている。厳密に調べると,祖先たちの名や習慣は単一の時代に限定されない。類例は前20世紀と同じくらい,前7世紀、前6世紀にも見つかる。アモリ人侵入仮説をとる学者は今日ほとんどいない。またヌジの並行例の多くも,かつて考えられたほどには祖先たちとの関係が密接でないことがわかってきた。しかし「族長物語」の個々の物語をとってみれば,明らかに古代近東の実際の歴史を背景にしたものであることが明らかである。ただし,どの時代であるかを特定することはできない。創世14章のように特定の名や事件が出てくる場合は,物語の背後に歴史的事件があったと考えられるが,ある重要な物語を語るためにいくつかの出来事が組み合わされ,編集し直されてでき上がったものだろうと理解される。

祖先たちと聖書

 「族長物語」が現在のかたちになったのは,おそらく王制導入(前10世紀)からバビロン捕囚(前6世紀)にかけての時代であろう。後代の契約と律法はまだなかっただけでなく,祖先たちは時にいかがわしい行動にも及んでいたにもかかわらず,物語の中で祖先たちが好意的にとらえられていることは注目に値する。例えばヤコブが父親をだまして,エサウに与えられるはずの祝福を盗むようなことをしている(創世27:18-29)。これらの物語は約束の地で神との新しい契約関係に入ったイスラエルにとって,過ぎ去った時代のことを語ると見なされていたのだろう。祖先たちは聖書において単なる「古代史」として登場するのではなく,後代のイスラエル国家の予型としても登場する。