【まえがき】
本辞典は, 英語の会話で頻出する表現を取り上げ, それらが用いられる背景となる, 種々の語用論的情報を記述したものである. また, そういう情報を提供することによって, 従来の会話辞典とは一線を画する発信型の表現辞典を目指したものである.
20世紀後半からの語用論 (pragmatics) は, その芽生えが遅かったことを取り戻すかの勢いで, 急速に言語哲学・言語学学徒の注目を集め, 隣接諸分野に大きな影響を与えながら展開してきた. ただ, その成果の応用となると, 対象を実際の発話文脈という身近な言語現象としている割には, 必ずしも十分と言えるものではなかった.
そういったなかでも, 辞書記述への応用はその有効な活用分野のひとつであったと言ってよい. コンピュータ・コーパスを用いたCOBUILD (1987年初版) が, 第2版 (1995年) からPRAGMATICSというラベルを設けて, 従来にはないダイナミックな辞書記述に端緒を開いたのはその典型例で, 以後, 各種の辞書に多大なる影響を与えた. 可算名詞・不可算名詞や動詞型などの構文の明示といった特徴づけが一段落したあとの日本の学習辞書においても, その改訂のポイントは語用論的情報の提供であった. もっとも, その記述の対象は, 学習辞典という制約もあって, 典型的な語や語句に留まっていたように思える. 本辞典はその枠をさらに越え, 広く会話によく出てくる表現を発話レベルという観点から, その振る舞いを詳述したものである.
用例は三省堂コーパスをはじめとして各種コンピュータ・コーパス, 辞書, インターネットからの情報等を参考にしながら作例し, 最終的にネイティヴ・チェックを受けている. なお, 基本データとして, L. A. Hill氏から用例の提供を受けている. 用例は会話のやりとりの一部であることを基本とし, ひとりによる発話であっても, 会話の一部であるという前提に立っている. また, 辞書としての新しい試みとして, 文脈を補完する情報を用例のはじめに《 》で明示し, 文脈情報の理解が容易になるように努めた.
本辞典は, 別掲の校閲者, 校閲協力者, 執筆者, 用例提供者, 英文校閲者, 調査協力者など, 多くの方々の協力から生まれたものである. 山口久子さんは当初から編者を助け, 校閲のみならず急遽執筆すべき語が出てきたときにも, 積極的にピンチヒッターを引き受け, オールラウンドな活躍をしてくれた. 尾上利美さんは執筆項目リストを管理してくれていたが, 本格的に校閲に加わってからは, 的確なコメントに留まらず代案を提示して編者を助けてくれた. 長谷川明子さんは企画の段階から関与し, この辞典の方向性を定めてくれた. また, 須賀あゆみさんは, 特に編者のところで校閲原稿が滞りはじめた頃から, 身近でいろいろな援助を惜しまれなかった. 各執筆者は, 当初から参加してくれた方, 編集が山場にさしかかった段階から応援にかけつけてくれた方, いずれの方も編者の意を汲んで執筆に携わり, 本辞典の完成を支えてくれた.
本辞典の企画を取り上げていただいたのは, 元三省堂外国語辞書部部長の西野宮魔木氏で, かれこれ10年も前のことである. その編集が遅れに遅れ, 刊行がこの時期になってしまったのはもっぱら編者の責任以外の何ものでもないが, まずは西野宮氏に本書の完成をお伝えし, 感謝の念を捧げたいと思う.
停滞していた編集作業が活性化したのは, 三省堂編集部の西垣浩二氏の手腕によるところが大きい. 氏の見事な手綱さばき, 適切な助言, 建設的な提案がなかったら出版はさらに遅れていたことは明白である. 改めて深謝する次第である. また, 初校からは校正を山口守氏にご担当いただき, そのコメントに啓発されることが多く, それによって情報が不足がちな当初の原稿と新しい原稿とのギャップを適切かつ効率的に埋めることができた. また, こなれた訳語となっていくプロセスを編集部との共同作業で視認することができたのは, 膨大な作業のなかでの, ささやかではあるが, 確かな楽しみでもあったことを付け加えておきたいと思う
本書の編集にあたっては万全を期したつもりであるが, 思わぬ不備がないとも限らない. ご利用いただいたみなさまからのご意見・ご叱声をいただければ幸いである.
2009年4月
編者
追記
L. A. Hill氏に刊行の報告をしたところ, 奥様から昨年12月に亡くなられたとの悲報を受けた. 1996年10月であったか, ほとんど面識のない状態でありながら, Jersey島の邸宅に招待され, あつかましくも2泊させていただいたことがつい昨日のことのように思い出される. 謹んでご冥福をお祈り申し上げる.