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「技術英語前置詞活用辞典」について

まえがき

 前置詞とは。日本語の“てにをは”であるといわれている。確かに、学校英語の範囲においては、日本語の“てにをは”である場合が多い、しかし、彼らnative English speakersの書いた技術文や実務文に長いこと接してみると、決して、それほど生易しいものではなく、前置詞が日本語の“てにをは”に使われていることも決して少なくはないが、前置詞を日本語に訳してみると、ある時は、動詞的に使われ、また、ある時には、接続詞的にも使われ、さらに、ある時には、副詞に使われていることすらある。実は、そこに、われわれ日本人は苦労しているわけである。

 筆者は、25年ほど前、まだ商社に勤めていた頃からこのことに気付き、爾来、前置詞のこの種の用法を収集し続け、今日までに、約6000点の例文を集めた。15年ほど前、まだ筆者のコレクションも800点そこそこであった当時、ある出版社から発行されていた技術英語月刊雑誌に1年間、研究発表的なテーマとして連載し、その連載が終了すると同時に、その出版社から“前置詞の研究”という題名で本を出版したが、この程、例文の数も当時の十倍近く集まったので、例文を入れ替え、例文の数も増やし、項目も追加し、ヴォリューム的にも従来の2倍位に大幅に増補改定して出版することになったのがこの本である。

 本書は、以前出版したものもそうであったが、とくに本書は、このような背景のもとにできたものであるので、決して、前置詞の入門書や基礎参考書として書かれたものではない。むしろ、誰もが知っている、“inは〜の中で”とか、“intoは〜の中へ”などというような初歩的なことは基礎文法書にまかせ、この本では、文法書や参考書や辞書には出ていない用法や、学校英語とは“ひと味”違った用法などを、著者が過去25年位の間に、技術翻訳を通して収集して来た英米人の書いた実例を基に、英和翻訳の際の前置詞の訳し方、和英翻訳の際の前置詞の使い方に焦点があてられている。したがって、“前置詞活用辞典”といっても、前置詞のすべてを取り扱ったものではなく、著者が、前述したような意図に基づいてスポットを当ててみたかったことのみを強調した、若干、上級者用のものとなっている。

 ある調査によると、調査の対象になった文中に使われている約3000個の全前置詞のうち、at、by、for、from、in、of、on、to、withの9個の前置詞が全体の約90%を占めていたとの結果が出ているというのに、本書ではatやfromについては全然触れていないし、また、英語では、前置詞または前置詞句になり得る語または句が248個あるといわれているというのに本書で扱っているものは、そのほんの一部に過ぎないというのもそのためである。

 “前置詞”は、もともと、名詞、動詞、形容詞、副詞などのような、いわゆるcontent wordsではなく、冠詞、助動詞、接続詞などと共にstructure wordswである。したがって、和英翻訳の際、前置詞に多少暗くても、情報の伝達にはそれほど支障をきたすものではなく、まして、不適切な前置詞を使ったからといって意味が全く違ってしまうなどということもない。また、英和翻訳の際、前置詞を日本語の“てにをは”程度にしか訳せなくても、稚拙という非難は受けても、情報の伝達という点で大きな問題となることもない。しかし、前置詞を正しく使うと、簡潔かつ適格な表現ができ、文章がひきしまり、かつ、格調のある達意な文章が書けるようになり、また、前置詞を正しく訳せると、翻訳臭のない、極めて自然な日本語訳を得ることができるようになる。その意味では、本書は、入門者や初級者には、やや、むずかしいかもしれないが、それだけに、本書に書かれたことを十分にマスターし、さらにそれを実際の和文英訳の際に駆使できるようになれば、きっと、達意な、きわめて英語らしい英語が書けるようになり、かつ、翻訳臭のない、自然な日本語に訳せるようになるはずである。

 前置詞に関しては、先輩諸先生方が優れた著書を数多く著しておられるが、さらに加え、本書をご活用いただき、多少でもお役に立てていただけるならば望外の喜びである。

 本書は、前述したように、前書“前置詞の研究”を基に増補改定したものである。執筆は、筆者と筆者の研究所に技術英語の勉強に通ってきている別記の7人があたり、基本的には、全体のコンセプトや構成は “前置詞の研究”を踏襲し、その範囲内で7人のメンバーが本文(第一モチーフ)と関連研究(第二モチーフ)、および群前置詞一覧表をそれぞれほぼ七等分して分担して執筆にあたり、書き上げられたものを筆者が加筆・訂正をし、全体の流れの統一をとりながら編集するという方式を取った。そして、初稿の段階で、引用した英文の校閲を中心に、本文や和訳文に至るまで、日英翻訳の研究をしている学者であり、筆者の長年の友人でもある、The University of QueenslandのJudy Wakabayashi教授にチェックをしていただいた。出版に際し、メンバーのみなさんとJudyにお礼を申し上げ、喜びを共に分かち合いたい。

 最後になってしまったが、本書の出版にあたり、いろいろとご指導、ご協力くださった、株式会社三省堂辞書出版部の方々に心からお礼を申し上げたい。

 なお、本書の編集に際しては、書籍、文献、辞書、参考書、新聞、雑誌、カタログ、マニュアル、各種規格などから例文を引用させていただいた。引用した目的とその量から判断し、個々に許諾は得なかったが、ここに、その著者ならびに出版社に対して心から謝辞を表したい。

1994年春

富井 篤

編 者   富井 篤(株式会社 国際テクリンガ研究所)
執筆者   大野清美、奥野豊二、小野玲子、坂本泰聡、前田寛、松本富士雄、簗瀬恵美(五十音順)
英文校閲者 Dr.Judy Wakabayashi (The University of Queensland)