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「山本直文 仏英和料理用語辞典 復刻版」について

復刻版への序

「とにかく人間の知識というものは、生まれながらの先天的なものではなく、一つ一つ積み上げてゆくもので、時には積みそこないもあって、途中から《もとい》をしなければならないこともある。フランスでは、《完璧はこの世のものではない》という諺もあるが、そのとおり、誰も絶対ではない」

この言葉は1969年3月、『仏英和料理用語辞典』の改訂版が刊行される際に山本直文氏が記したものである。同書の初版が出版されたのはその7 年前だが、この言葉には一人でも多くの料理人に広く利用してもらおうと不断の努力を惜しまず、より改良された辞典を目指した氏の本心が吐露されている。フランス文学者だった氏はフランスの諺を引用しながら、この世に絶対なるものは存在しないことを深い諦念と共に認識しながら、完璧な料理用語辞典を世に問おうと不撓不屈の精神で立ち向かったのである。

昭和初年、「料理食物関係は人間としての道楽、アマ的存在にすぎない」という軽い気持ちで料理界に身を投じた一介の食いしん坊の氏は、やがて病膏肓に入るように奥深いフランス料理の世界に魅入られ没入していく。だがフランス料理に関しては素人で知識の蓄積に欠けていたから、入手したフランス語の料理書の意味するところが理解できず、当初はお手上げ状態であった。

そして斯界を見渡せば荒涼たる風景が広がっていた。というのもその当時、日本語で書かれたフランス料理書はほとんど見当たらず、フランス料理という偉大な食文化を前に、フランス語やフランス文学を専攻する学者は誰一人としてフランス料理の原書に挑もうとしなかったからだ。しかもレストランの料理場の中ではルセットもメニューもまったく情報公開されず、師匠から弟子へという個人的な関係で一方的に伝授される類の口伝や秘伝だったのである。

そうした閉じられた旧弊や伝統に我慢できず義憤に駆られたであろう氏は、料理界の発展と料理人の知識を涵養するために不毛の大地へと一人飛び込んでいったのである。料理人のためにフランス語講座を開設したり斬新な賞味会を開催し、そして大胆にも10巻からなるフランス料理書の出版を企図した。日本最初の本格的なこの料理書は第3巻まで公刊されたが、第二次大戦が勃発したためやむなく中断される。

戦後の復興期を経て山本氏の孤軍奮闘は次第に加速し、次々に出版したフランス料理書は未開地に浸透した水が美しい花を咲かせるように実を結ぶ。とりわけ、冒頭に記した真摯な思いを胸に秘めて刊行した『仏英和料理用語辞典』は版を重ねながら、国内外で働く多くの料理人の啓蒙書となり必携書となった。フランス語の単語カードを一つひとつ着実に作成し、不明な単語があれば粘り強くその発祥を追い求め、文字通り昼も夜も寝食を忘れ不断の努力を続けて辞典作りに精進した。そうして完成した貴重な辞典は、時に調理場の中の書棚にエスコフィエの料理書『ル・ギード・キュリネール』と並び置かれ、あるいは料理人の自宅のデスクを飾り、料理修業のために渡仏する若者のカバンの中に収められた。

彼らの手によって同書のカバーはボロボロになり、調理する両手の脂にまみれて黒ずみ、ページはバラバラになり、それでも糊付けされ紐でしばられ修理されながら生き永らえ、遂にはバイブルとなったのである。時代と世代を超え、同書の恩恵に与かり救われた料理人の数は膨大だろう。戦後、揺籃期から成熟期へと到る過程で西洋料理から自立したフランス料理にとって、その牽引車となった山本氏は大恩人である。氏の公平なる無私の精神がなければ、日本のフランス料理の発展は大きく遅れていたに違いない。

山本氏は料理書の出版・普及だけでなく、意欲的な若い料理人のためにスイスやフランスへの料理研修を親身になって援助し、フランス料理界を結集した日本エスコフィエ協会の設立にも貢献した。戦前から戦後の長きにわたり終生、日本のフランス料理界の発展に大きく寄与したフランス文学者は氏以外に考えられない。

 

山本氏の没後四半世紀が過ぎたが、このたび、初版・改訂版およびこの復刻版の基となった三訂版の版元である株式会社白水社のご快諾を得て、山本カヨ子夫人をはじめ恩顧を受けた多くの方々の念願が実り、『山本直文 仏英和料理用語辞典 復刻版』の刊行が実現することとなった。この永遠のベストセラーがいま復刊されるに当たり、改めて山本氏の並々ならぬ努力と献身的な熱意に感謝の思いを捧げたい。

 2009年11月

宇田川 悟(作家)