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「萱野茂のアイヌ語辞典」について

増補版のためのはしがき

 平成8年7月初版を出版,刷りを重ねる事数回,1万部を超えたとか.初版で約束してあったが辞典は足し算と言う通りに,今回約600語を足す事ができた.

 足した言葉のうち一般的なアイヌ語も然る事ながら,ユカラの訳にも堪え得るようにと初版を見て載っていない言葉を足すように心掛け,ユカラに用いられる言葉を約300語足した.

 初版が市販された事によってアイヌ自身が己が民族の言語を手元へ引き戻すのに役立ったと聞き,増補版をと願っていたが,版元の三省堂が聞き入れて下さった.中味は大きく成長し内容も充実したと自負している.

 今まで私が,各社から出版し市販されたアイヌ関係の本が50数冊,金成まつ筆録・萱野茂訳注のユカラ集は24冊目が出て,いつの間にか80冊以上の本を書かせてもらった.少年時代,山仕事の樵時代,本を書くのは大学を出た偉い人だけが書くもの,書けるものと考えていたが,学歴のない私が書いたもの,特に『萱野茂のアイヌ語辞典』が版を重ね嬉しい限りである.

 アイヌ民族としてアイヌ冥利であり今後も研讃をと思いつつ,改めて考えるのは言葉を手渡してくれた先祖たちの事である.

 祖母テカッテを始めとして父アレクアイヌが−般的にいうまじめ人間であったとしたら,現在の萱野茂の存在はなかったであろう事と,観光地でエカシやフチと過した7年間も有意義だった.事あるごとに父が私の手を引いて連れて行き,見せて,聞かせて,触れさせて,味見まで,今にして思うと途轍もない大きい宝を受け継がせてくれた事になる.

 それらの宝をこの辞書の中へちりばめてあるが,一人でも多くの方がご利用下さる事を願って止まない.次男の志朗にローマ字部分を担当させながら,ユカラの和訳を手伝わせてみるとほぼ一人でできるようになり,辞典の力が発揮されたと思っている.

 日頃言い続け書き続けた民族の証は言葉にあり,進んで背負った荷物は重くはないと思いつつこの辞書によって,言葉の命が初版に勝るとも劣らぬ力強さで蘇る事を信じ期待している.

 初版以来協力して下さった方々のお名前を巻末に記し謝意を表すると共に,今回の増補に際してお力添えを戴いた三省堂の佐塚英樹氏,伊藤雅昭氏に厚くお礼を申しあげ,はしがきに代える次第である.

2002年 5月 6日

萱野茂二風谷アイヌ資料館
館長:萱野 茂