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「三省堂類語新辞典」について

推薦のことば

【シソーラス仕立ての有難さ】

林 巨樹(国語学者)

林巨樹

「国語の字引きはダメだねえ。殊に言ひ換へ語には、殆ど無力だ」と、福田恆存さんが嘆かれた。福田さんは評論・戯曲に堪能な人だつたが、かたはらシエクスピア劇の新訳にもながく苦心してゐられた。右の言葉は、その頃の呟きだつたらう。あるひは「私の国語教室」にかかはりがあつたかも知れない。福田さんは滅多にカタカナ語を用ひられない人だつたが、シノニムとかシソーラスとかの言葉も行き来したやうに思ふ。

シソーラス仕立ての有難さは、たとへば「木の種類」の項には、「老い木」「老木」「老樹」……「大木」「大樹」「巨木」「巨樹」「低木」「灌木(「低木」の旧称)」「高木」「喬木(「高木」の旧称)」が並んでゐるところである。当用漢字のわくのために立ち去つていつた「喬木」「灌木」の類がちやんと載つてゐるのが、めでたい。

【適切な選択と運用の促し】

竹西 寛子(作家)

竹西寛子

私はこの『類語新辞典』の頁を起してゆくうちに、日本人はいかに多くの言葉で心のきめこまやかに生きてきたのか、改めて思い知らされた。辞典つくりの、言語生活全般にわたる見渡しの広さと、見通しのよさを感じた。知識の量は多いにこしたことはない。ただ言葉に関する限り、用語を多く知りさえすれば運用もよろしくかなうとはゆかないところが厄介である。本書が用語の知識の提供にとどまらず、時と場に応じての適切な選択と適切な運用の促しに豊かであるのが私には有難い。言葉の生死に関るのは紛れもなく一個人の自由ではあるけれども、その言葉で生きるということが、人間だけの、どれほどかけがえのない行為であるか、検索への応じ方を通して本書はゆっくりとそれを示してくれる。


【丁寧で心のこもった成果】

山田 太一(作家・脚本家)

山田太一

はじめの必要を忘れて、つい読み耽ってしまう。通常の国語辞典なら、雨は「あ」と「う」ではじまる言葉以上にひろがりにくいが、ここでは「ぢ」(じ)ではじまる地雨もあれば「し」ではじまる秋霖にもたちまち辿り着く。そこには白雨、 雨、霖雨、村雨、時雨も走り梅雨もやらずの雨もそぼ降る、も集っている。

分類が複雑すぎず、目的の頁がすぐ見つかる。その欄外に一行ずつの歌や句や文章の引用という趣向もあり、一度ひらくとちょっと寄ったつもりがついつ長 居をしてしまう。類語に不可欠なニュアンスについてのコラムも気取りのない簡潔な文章で、気がつくとそれを捜して頁をめくっている。丁寧で心のこもった辞典の出現を喜んでいる。

【言葉の綾なす宇宙】

三木 卓(作家・詩人)

三木卓

言葉は、その人々が必要なものから、その程度に応じて生まれた。農耕で生きる人々にとって、風の具合や雨の様子への関心は、通りいっぺんのものではなかったはずである。その細やかなちがいは、自分で判断したり、相手に伝えたりするために、言葉になったのである。

また、めざましい探求をつづけている現代諸科学は、次々に名づけるべき事象と出会っている。

こうして成り立っていった言葉を、〈類語〉として整理・記述した本書は、頭からよみつづけていくと、これは言葉の綾なす深い宇宙へわけ入っていく思いがあり、興趣尽きない。

心が探し求める言葉を探して、この辞典を引く。まずはその威力を確めよう。処々に置かれたコラム「類語のニュアンス」も、自分の中の言葉を育てる楽しい寄り道である。


【言葉の豊かな世界に引き込まれる】

杉戸 清樹(独立行政法人国立国語研究所長)

杉戸 清樹

このことを言う言葉が確かにあったはずだ。今のこの気持ちを表現するあの言葉が思い出せない。そんな言葉さがしに、言葉を見出しにして五十音順に並た 国語辞典は原理的に不向きだ。意味や気持ちそのものを分類して見出しに並べた類語辞典が本領を発揮する。

『三省堂類語新辞典』は、類語辞典としての基本はもちろん備えつつ、言葉さがしの手助けになる親切な工夫に満ちている。例えば「類語のニュアンス」の詳細なコラム記事、使い分け・語感などの豊富な注記、的確で生き生きとした用例など。利用者は、さがしていた言葉を見つけたあと、思わず読みふけり、言葉の豊かな世界に引き込まれるだろう。日本語による言語生活を広げ、深めるために欠かせない辞典が生まれたことを喜び、心から推薦する。

【日本語は美しい】

小川 洋子(作家)

小川洋子

あまりにも身近で、必要不可欠な道具であるため、かえってありがたさに気づかないまま、ぞんざいに扱ってしまうことの多い日本語。しかし、この辞典を傍に置けば、日頃何気なく使っている言葉たちが、どれほど豊かな表情を持っているかに気付かされる。見知らぬ言葉を見つけたり、長く忘れたままだった言葉と再会できたりもする。

ああ、そうか……ほう、なるほど……などとつぶやきながらページをめくっていると、つい時間を忘れてしまう。一つの言葉を掌に取り、四方八方から眺め、撫で回しているうち、静かにそれは、宝石のような光を放ちはじめる。

日本語とは、何と美しいものなのか。そのことを教えてくれる辞典である。