時代別国語大辞典 上代編

定価
44,000円
(本体 40,000円+税10%)
判型
B5判
ページ数
1,152ページ
ISBN
978-4-385-13237-2
  • 改訂履歴
    1967年12月10日
    上代編 発行
    1985年3月20日
    室町時代編一 (あ~お)
    1989年7月10日
    室町時代編二 (か~こ)
    1994年3月20日
    室町時代編三 (さ~ち)
    2000年3月10日
    室町時代編四 (つ~ふ)
    2001年1月1日
    室町時代編五 (へ~ん)

昭和16年に着手した斯界最高の編修陣による時代別国語大辞典の首巻。

昭和16年に着手し、当初は「奈良・平安・鎌倉・室町・江戸」編の刊行を目指したが、戦争などの紆余曲折により変更。昭和42年に上代編、昭和60年に室町編の第一巻を刊行。

2000年12月、室町編の第五巻の刊行をもって完結。

上代語辞典編修委員会 編(澤瀉久孝(編修代表)浅見徹、池上禎造、井手至、伊藤博、川端善明、木下正俊、小島憲之、阪倉篤義、佐竹昭広、西宮一民、橋本四郎)

  • 昭和16年に着手した斯界最高の編修陣による時代別国語大辞典の首巻。
  • 文献的に知りうる上代語の全貌をとらえ,その科学的,歴史的位置づけと,体系化をめざした本格的言語辞典。
  • 項目8,500。
  • 本文にふれた語句2万。
  • 多彩な用例を駆使し,考察を加えた。

特長

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見本ページ

『上代編』 刊行の言葉

 一国の国語辞書は、その国における言語文化の特質と水準を示すものである。英語の辞書に例をとるならば、英国のThe Oxford English Dictionary(1933)と米国のWebster's Third New International Dictionary of the English Language, Unabridged(1963)とは、現在までに英語辞書の到達した二つの頂点に立っているといってよかろう。前者が伝統を尊重する英国において長期間にわたり堅忍不抜の努力によって完成を見、後者が国勢の著しく伸展した米国において大規模の組織力を活用してりっぱに成功したことは当然の成果であって、これを実現せしめた出版界の自力はもとより、これを助けた読者層の関心と期待の強さに敬服せざるをえない。翻ってわが国の現状を顧みるとき、その多くは望むべくもないことはなんとも心寂しい次第である。

 一国の文化遺産としての言語は、過去におけるその国民の言語生活の蓄積の上に成り立つ。現在および将来における言語生活の指針は過去に対する反省検討によって導かれる。ゆえに一国の言語規範の確立に適正な指導力を発揮する。

 言語文化の高度にして複雑な歴史を有する日本はその独自性に即応した歴史辞書を持つべき使命を帯びている。特に日本語に対する根本的省察を迫られている今日、その必要性はいっそう高まるのみである。わが時代別国語大辞典はその要請にこたえんとするものである。一挙に全時代に通ずる歴史辞書を完成することの至難な情況下においては、時代別国語辞書の編纂がそこに至る一段階として最も有用かつ可能な方法と考えられるからである。この企画は辞書編纂に多くの実績を有する小社が中心となって昭和十六年に立てられ、新村出・藤井乙男・橋本進吉諸博士を監修者とし、吉沢義則博士の下に各時代の編修主任を置き、昭和十七年の暮、奈良・平安・鎌倉・室町・江戸の各時代一斉に発足をした。初め比較的短期間をもって完成する予定であったが、各時代の全語彙を網羅するたてまえからして、カード採録に多くの時間を費やし、ほとんど原稿作成の段階にはいらないうちに、戦局の激化に伴って、この種事業の継続は困難となり、昭和二十年春をもって中断するのやむなきに至った。

 戦後の混乱期を脱した昭和三十年に及んでようやく再開の運びとなり、翌三十一年に、まず、上代・平安・室町の三代から着手した。それまでの中絶期間は、わが国有史以来最大の変貌期に当たり、特に歴史研究の分野における新しい機運により、過去の文献資料があらためて見直されることになった。したがって、戦時中に採択された語彙カードの類も、よった本文の検討から出直す必要に迫られたものが少なくない。かくして、本文批評に始まり、索引の作成、語彙用例の調査採録の過程を積み重ねて、資料の整備に努めるとともに、その語彙資料を分析総合する方法にも創意工夫をこらすことに強い意欲をもって臨みその上に立って原稿の作成が進められた。

 わが社があえて本辞典の出版に微力を尽くしつつあるのは、学界教育界をはじめ社会全般に寄与する熱意と奉仕する誠意に燃えているにほかならない。もとより各時代の編修委員会は、日本語の歴史辞書の礎石を築く先駆者としての名誉にかけても、これらの辞書が時とともに成長することに責任を感じ、その使命を課せられていると考えるものである。それにつけても、日本の社会にかかる辞書の育成を助長する機運の強まることを心から念願してやまない。

三省堂編修所

『上代編』 刊行の「序」

 上代語は、日本語の歴史において、文献的にたどりうる最古の時代の言語である。考古学・文化人類学など、わが古代についての研究分野のあるものは、すでに数千年前の時代をおぼろげながらも明らかにしているが、日本語の歴史は、五世紀から七世紀にかけてはじまる。すなわち、我々の祖先が言語を記録するすべを知ったとき、わが日本語の歴史ははじまった。しかし、日本列島に日本人もしくは原日本人が存在して、すでに久しい。彼らがいかなる言語をもち、生を営んでいたかは、現在、文献的にたしかめるてだてをもたないが、最近における言語学のめざましい進展は、上代語の解明を基礎に、わずかながらも文献以前の日本語の姿を描き出そうとしている。さらに、世界の言語の中で、孤立している日本語の系統についても、解明の糸口がつかみかけられているといえよう。

 今日、上代の文献をひもとくとき、その表記上の難解さはさておき、言語そのものについても、我々の話し聞く言語と大きなへだたりのあることを知るのである。その言語の様態は、まさにわが国語史のどの時代にもまさって異なっているといえる。しかし、心静かにそれを吟味・解読するとき、上代につづく平安時代はもとより、今日の言語に通ずる面の大きさにも気付くに違いない。語彙・文法はもとより、文字の使いぶり、音韻やさらに意味・文章の面に至るまで、通ずる面が多多あるのである。言語の歴史は、変遷を示すと同時に、変わらぬ姿をも示している。実に、上代語は、日本語としての不変の基本的法則をすでに備え、それを我々に教えているのである。

 上代語の研究は、文献以前の日本語解明の基礎であり、また後の時代の国語解明の出発点であり、上代から現代に至る国語史の解明と、その結実である国語の将来を素描する、その基となるものである。上代語の研究が、その資料のおおうべくもない少なさにもかかわらず、他時代の言語研究に一歩先んじて試みられ、今日最も実り多い成果を得ているのも、偶然のことではない。古くは平安時代初期における上代文献の訓釈にはじまり、江戸時代における上代特殊仮名遣の発見を含む数数の研究、最近における、音節結合の法則や上代特殊仮名遣の再発見をはじめとする音韻面での成果、語誌・語構成・語彙・文法の研究など、その文献的研究とともに、言語面での科学的な視点の投射は、高い価値をもっている。

 本書は、これらの成果の上に立って、言語辞典として上代語を体系的に鳥瞰できるよう巻首から巻末まで有機的に関連づけつつ、学問的厳密さを旨として、臆断を排し、分明でない点は不明とし、解明の範囲までを慎重に記した。語彙選定や用例の吟味に、多くの新資料を加えつつ、万全を期したのをはじめ、本書によってはじめてなしえた見出し語に対する上代特殊仮名遣の識別や厳格な清濁の弁別等、一々根拠をもって示し、上代語に即応した文法体系、語誌・語構成の究明、意義素の把握、必要に応じて「考」を設けて上代語の特質を明らかにするなど、一貫して学問的態度をつらぬいた。

 上代語研究は、学問的な結実をその研究の足どりからえられる反面、上代語ほど、臆論・俗説・偏見にさらされた時代もないであろう。いわゆる神代文字はいうまでもなく、一方では、わが国を敗戦に導いた思想の一つのよりどころともなり、また現在に至るまで、主観的、非科学的な推論がもてあそばれて、あるいは世のジャーナリズムをさわがせ、あるいは学問の領域においてもまかり通るなど、正しい科学的な上代語の解明が一層広められることが切望される。

 上代語の研究はまだまだ進められなくてはならない。未詳・不明にかかる分野・事項は極めて多い。現に、本書の編纂途上、幾多の研究が発表されもし、本書独自の考察に成功したものなど、はじめて本書でとり上げた成果も多い。最近、平城宮址や藤原宮址発掘中に発見された木簡によって明らかにされたものもある。まさに上代語研究は完成をみたのではなく、そのより多い実りは将来にかかっている。本書が、その発展の礎となることを得るならば、これにまさるよろこびはない。併せて上代語についての世人の理解・教養を高め、わが文化水準の高揚に役立つことを心から望むものである。

 思えば、昭和十七年以来、戦争による中断はあったが、本書の編纂に着手して二十有五年、吉沢義則・藤井乙男・橋本進吉・新村 出の諸先達をはじめ、故人となられた方々も多い。その間、戦乱により、数十万枚のカードを反故とし、多くの方方の努力が水泡に帰したが、それらを含めた結実の上に、昭和三十一年、編纂の具体的再開を得ることとなった。ここに参加した中には、中断の間、着々成果をためてはせ参じた、当初少壮の学徒であった者もいる。再開後、本文研究・資料づくり、方針の討議、執筆、編修等々、多くの制限と困難の中で、編纂がつづけられた。この間、編修・校正・組版を含め、多くの献身的な努力が、本書を支えていることも銘記せねばならない。学問上の成果や有形・無形のはげましをもって本書を外側から支えて下さった先学・同輩の方々、さらに我々の及ばなかった歴史上の諸問題について様々な助言や援助をいただいた直木孝次郎氏、また、坪井清足氏・狩野 久氏をはじめとする奈良文化財研究所の方々、資料の収集や整理に尺くされた蔵中 進氏・神堀 忍氏・川端春枝氏に厚く謝意を表する次第である。なお、平安時代のアクセントに関して、秋永一枝氏より貴重な資料を提供していただいた。記して感謝申し上げる。

 いま、まさにこれらの努力が時代別国語大辞典の首巻として結実しようとしている。

   1967年 11月 3日 

上代語辞典編修委員会
 代表 澤瀉久孝
 浅見 徹  池上禎造  井手 至  伊藤 博
 川端善明  木下正俊  小島憲之  阪倉篤義
 佐竹昭広  西宮一民  橋本四郎