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「時代別 国語大辞典」について

『時代別国語大辞典 室町時代編』の完成を祝う

千野栄一(和光大学学長)
(「ぶっくれっと」147号より)

 一つの民族、一つの国が、その民族、その国が持っている真に価値あるものは何であるかを、ある時期に、振り返って考える人や人たちが出たとき、それが自分たちのことば、言語であることに気がつき、まずはそれを集め、それを様々な視野から整理して区分し、他の人びとのために供しようとする。

 このようなことは洋の東西を問わず、国の大小を問わない。それがどのような道をたどるかは、歴史の流れにより、運命による。チェコの近代教育学の祖としても知られるヤン・アモス・コメンスキー(Jan Amos Komensky, 1592-1670, ラテン名コメニウス)は数多くの著作を残したものの、生涯の大作になる筈であった『チェコ語の宝庫』(Poklad jazyka ceskeho)――大作のチェコ羅辞典、それに世界最初の百科事典は、共に三十年戦争で燃え、後者の一部が残っているに過ぎない。一方、OED(1884-1928, 1933)は、それが無事に出版され、実に広く用いられている例である。

 日本のように書かれた文献が多く、その歴史が長い国で、このことばの宝庫を集め、整理し、多くの人に供しようとする試みのでることは当然で、『時代別 国語大辞典』はその一つである。そして、まさにその歴史の長さの故に困難は一層であった。一九三九年に奈良・平安・鎌倉・室町・江戸の各時代区分からスタートした本辞典は、第二次世界大戦後の一九五六年に上代・平安・室町の三時代が再開され、三十余年以前に刊行された上代編に続いて、今回室町編全五巻が完成したのである。

 まずこのことには心からの祝辞を述べなければならない。もしこれが現代語の辞書であったなら、もう古くなって使えないであろう。歴史を扱う過去のものであるからこそ、この辞書が今でも出版される価値があり、そのこと自体、この作品が年月を超える価値のあるものであることを示している。そして、もう一つ、いずれの時代であろうと、その価値は同じように重大ではあるが、とりわけ室町時代は日本語にとっての特に面白い時代である点で価値は一層高いのである。

 この辞書の出版により、まず直接に利益を得る者は当該の時代、室町時代の日本語の研究者で、このように直接に実際の資料から作られた辞書は永遠に価値を失うことがない。ましてや、語彙の収録に際し、語彙論的な配慮がなされているとあれば一層である。多数の多様な作品からの収録とあれば、その文体論的な見地からのこの辞書の価値は更に高いものとなろう。

 もう一つどうしても忘れることのできないのは、方言学研究にとって実に貴重な資料であることである。言語は時間と空間の軸によって変化する。従って、この室町時代と限られた辞書は、何時そしてどのようにして、ある語彙が空間的な差、すなわち方言の中に反映してくるかを知るための第一級の資料である。方言研究者にとっては面白さを通り越した貴重な資料となるに違いない。

 今回、『時代別 室町編』が完成したことは、まず執筆者、そして原稿の整理、校正、編修などの協力者の並々ならぬ功を大としなければならない。出版社としても軽佻浮薄な出版物が満ち満ちている世間へのよい警鐘を鳴らすこととなろう。長い時間をかけ、丁寧に作った本が永遠といえる価値を持ち、長く読者に受け入れられるものであることを改めて認識することと思う。

 このような企画は本来、一出版社でなく、例えば、国立の機関がすることであるかも知れない。しかし、何人かの個人が入れあげなければ、公式の機関であろうと、一出版社であろうとできないものである。ここで是非新しい血を入れて、基本の資料が集められていると伝えられる平安編をまず出して欲しいものである。

 室町編全五巻の完成により、広辞苑の岩波、大漢和の大修館というように、時代別の三省堂という名が名実共にそろったものとなったことは何としても嬉しいことである。