漢字の現在:「覇」の様々な略字
2007年 12月 3日 月曜日 筆者: 笹原 宏之【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究により、2007年度金田一京助博士記念賞に輝いた笹原宏之先生から、「漢字の現在」について写真などをまじえてご紹介いただきます。今回は、前回の「漢字の現在:「覇」の地域文字」(11/26)に続き、「覇」の様々な略字についてです。
漢字の現在 第2回 「覇」の様々な略字


【写真1・2 自動販売機】

【写真3 タクシーの領収書2】

【写真4 道路標識】


【写真5・6 インターネット上の地図】
那覇市内では、前回扱った地域文字「
」のほかにも、「覇」という字にはいくつもの字体が見出された。
ホテル内や街頭に配置してある自動販売機には、「革」の部分の字体があやふやな字が手書きされている【写真1・2】。しょっちゅう記す字を、速く書けるように自分で編み出したものであろう。
また、前回登場してもらった60歳くらいのタクシー運転手は、領収書の狭いスペースに乗車区間として「
」のように書き込んでくれたが、その運転手に、続けて「「なは」という字はどう書くのか」と尋ねてみた。すると、紙の裏に大きくゆっくりと書いてくれた【写真3】。今度のそれは違う字体であった。1回目はスペースが狭いこともあってか地域文字となっている略字でわざと書いたわけで、2回目は改まった気持ちできちんと書いたつもりの「よそ行き」の字であろう。しかし、うろ覚えのまま簡略化したものが当人の書き癖となったと推測される。これは、誤字というにはしのびなく、個人に特有の字体とみれば「個人文字」と位置付けることもできる。
ともあれ、このように字体には、「書きやすさ」を求めて変化する傾向がある。そしてそこには、実は省略しようと意図したものと、意図しなかったものとがあるのだ。
一方、沖縄で路上に設置されていた道路標識には、「覇」のほかに「
」という線の少ない字体も見られた【写真4】。これは、旧道路公団が開発した書体で、高速道路であってもドライバーが瞬時に漢字を読み取れるようにと、込み入った線を間引いてデザインした、というものであった。ここには利権などかかわりなかったと思いたいが、事故を減らすための方策だったというものの、現在ではナール体のような書体に置き換えられつつあり、そこに道路標識特有の略字はもはや見受けられない。
また、インターネット上では、日本の隅々まで地図が即座に検索できるようになった。那覇の「覇」は、常用漢字の字体だと黒くつぶれるほど線が込み入っている。そのため、画素数の少ない表示画面では、ドット(点)の数の制約から、やはり間引きされた文字が現れる。今回の出張用にプリントアウトした那覇市内の地図では、間引きされたドット文字がいくつか見られた【写真5・6】。
このように、「読みやすさ」を追求した字体にも、主として視認性を求めたものと、筆記素材の制約からやむなく産み出されたものとが共存している。
つまり、「略字」と一口に言っても、それらが生じる原因には、少なくとも4つあることになる。
| 書きやすくした字体 | 読みやすくした字体 | 意図的 | タクシー運転手の領収書1 看板類・自動販売機 |
道路標識 |
|---|---|---|
| 非意図的 | タクシー運転手の領収書2 | 地図のドット文字 |
那覇空港を発った帰りの飛行機の中でも、「覇」の字が目に飛び込んできた。4日間ですっかり見慣れた「那覇」としてではなく、スポーツ新聞で「五輪連覇」の見出しが踊っていたのである。その「覇」は、常用漢字表で定められた字体にほかならず、那覇で人々の生活の中から生み出され、育まれてきた「覇」の異体字の将来を、考えさせられた瞬間だった。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
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2007年 12月 3日







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