漢字の現在

第11回 西向く「士(さむらい)」

筆者:
2008年2月11日

今年は2月が29日まである「閏年(うるうどし)」だ。この閏年は、旧暦の「閏月」、現代の「閏秒」と揃(そろ)えて表現するならば、「閏日」がある年となる。

「閏」という字は、「門」の中に「王」がいる、形が似ているが「壬」ではないと、子供のころ読んでいた学研の雑誌の付録に、王様の絵とともに書かれていたのを思い出す。『三省堂国語辞典』でもかつてその「「閏」の「王」が「壬」」を掲げていたことがあった【写真1】。現実にその字が使われることが少なくなかったことを反映したものと考えられる。JIS第2水準には、「王」が「玉」になった「閠」という異体字も収められている。

『三省堂国語辞典 第四版』から

【写真1 三省堂国語辞典 第四版から】

『三省堂国語辞典 第六版』から

【写真2 三省堂国語辞典 第六版から】

『説文解字(せつもんかいじ)』などに拠(よ)れば、古代中国では、太陰暦のために閏月が生じると、王は「門」中にいる習わしがあったのだという。日本での「うるう」は、その「閏」に「さんずい」が付いた「潤う」から付けられた訓と言われる。誤って付けられた訓だという説もあるが、「うるおう」という語義自体によって余るという意味になった、とも説かれる。

現在では、2月は閏年でなければ、そもそも28日までしかない。これは、中国ではなく西洋で定められた太陽暦によるもので、一か月の長さがまちまちとなっている。一か月の長さが31日に満たない月を「小(しょう)の月」と呼ぶ。

子供のころ、それがいつなのかについて、兄から「にしむくさむらい」と覚えるんだ、と教わった。流布している記憶法のようだ。2(に)月、4(し)月、6(む)月、9(く)月までは語呂合わせですぐに理解できたが、「さむらい」は「?」となる。11を漢数字で書けば「十一」で、それを縦にくっつけると「士」だと聞いて、「ああぁ」と感心した。しかし、特に漢字が得意ではなかった子供のころ、「さむらい? あれ、そうだったかな、でも「武士」ともいうから……、なるほど」と何とか理解できたが、「侍」という字もあるためか解せない思いが残った。

「士」という漢字を「さむらい」と訓読みすること自体は、「侍」よりは遅れるが中世より行われてきたことであった。意味も、「士」には「仕える者」(仕えるは「人偏」に「士」)や「専門の道芸を習得した者」といった意味があり、日本では「武士」の「士」や「士農工商」の「士」と、仕える相手も親王、公卿(くぎょう)などから、次第に武家である人びとへと変わっていった。発音も、「さぶら(候・侍)ふ」から、「さぶらひ」「さぶらい」、そして「さむらい」へと変化した語であった。

閏年よりもスケールの小さな「閏秒」は、テレビなどでもときどき話題とされる。それが必要とされる原因は、原子時計と地球の現実の自転との間で、時間に差が生じることだそうだ。

実は、地球の自転や公転というものも、不安定なところがあるのだそうだ。たとえばこの先の春分の日・秋分の日の日付については、「地球の運行状態は常に変化している」ために未確定だと国立天文台も述べている(//www.nao.ac.jp/QA/faq/a0301.html(*1))。当たり前のことだが、天体の運行の中に、私たちのすべての暮らしは置かれているわけであって、それは驚異であり、甚だしく神秘的である。宇宙空間での「王」も「士」も関係ない星々の劇的なダイナミズムを思い描く時間は、瑣事(さじ)に追われる日々だからこそ、持っていたいものだ。

【注】

  1. 国立天文台は、2月1日、来年の「暦要項(れきようこう)」を公表し、春分の日と秋分の日の日付が正式に確定した。

筆者プロフィール

笹原 宏之 ( ささはら・ひろゆき)

早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』、この連載がもととなった『漢字の現在』(以上2点 三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)、『日本人と漢字』(集英社インターナショナル)、編著に『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)などがある。『漢字の現在』は『漢字的現在』として中国語版が刊行された。最新刊は、『謎の漢字 由来と変遷を調べてみれば』(中公新書)。

『国字の位相と展開』
『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』

編集部から

漢字、特に国字についての体系的な研究により、2007年度金田一京助博士記念賞に輝いた笹原宏之先生から、「漢字の現在」について写真などをまじえてご紹介いただきます。

今年は2月が29日までありますね。31日まである月とそうでない月、皆さんどう覚えましたか?

カレンダー