WISDOM in Depth

#18 一人の作家が単語の意味を変える –「原義」と「語源」そして「初例」の提示–

筆者:
2008年2月29日

「原義」と「語源」の定義

「原義」は現在使用されている最初の語義(意義),即ち一番古い意味を表し,「語源」は現在使用されていない元の語義(意義)を表す。『ウィズダム英和辞典』は使用頻度順語義配列のため,「原義」が第1語義になるとは限らない。そのために「原義」を示し各語義の派生関係を分かり易くした。

gay

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gayの最初の意味(原義)はフランス語源の「陽気な」であるが,現在では「同性愛者の,ゲイの」の意味でよく使用される。「ゲイの」の初例は1935年の Geycat (a homosexual boy) に遡る。フランス語 (gai, gaie) でも近年「ゲイの」の意味で使用されるが,英語 gay(ゲイの)からの転用である。

『ウィズダム英和辞典』における語源情報の取り込み方の新機軸の一つに「初例」の提示をあげることができる。学習英和辞典で「初例」を提示したのは『ウィズダム英和辞典』が初めてであろう。英語学習者の文化的・歴史的知識を喚起させ,vocabulary building の観点から,語彙学習が楽しくなるように配慮したものである。

sex

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sex の最初の意味(原義)は「性別」であるが,D.H. Lawrence が作品 Pansies(1929年『三色すみれ』)の中で sex を「性交」の意味で使った。日本では,D.H. Lawrence は Lady Chatterley’s Lover(1928年『チャタレイ夫人の恋人』)の著者であまりにも有名である。もし D.H. Lawrence が「性交」の意味で使わなければ sex の語義は「性別」のままであったかもしれない。100年も経過していないのに一人の作家の影響で「性交」が使用頻度上,「性別」を駆逐したことは注目に値する。

wink

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wink は本来語(ゲルマン語; (独)winken)であり,元の意味(語源)は「(物理的に)目を閉じる」であった。現在では「(親しみのために)ウインクする」の意味で使用される。

初例は1837年,C. Dickens の作品 Pickwick Papers(『ピクウィック・クラブ』)からである。C. Dickens が比喩的転用で「(親しみのために)ウインクする」を使わなければ wink の語義の派生は今とは異なる道を歩んだであろう。

以下に初例を提示した語彙を簡潔に示す。

◆campus [「平原」>「大学の構内」; (1774年)プリンストン大学(米国)の構内が最初の例]
◆high school [初例は1531年スコットランド・エディンバラの学校]
◆pub [<public house; 初例は1859年]
◆scoop [原義は「小シャベル」;「特ダネ」の初例は1874年(米)]
◆screen [原義は「(熱などを)仕切るもの」; 映画の初例は1915年雑誌Film Fun]
◆seat [議席の意味の初例は1774年米]
◆shoot [「(球技の)シュート」の初例は1816年,クリケット(cricket2)]
◆software [soft(柔らかい)ware(陶器); ソフトウエアの初例は1960年,COBOL]
◆spectrum [スペクトルの初例は1671年 Newton; Newton による発見は1666年]
◆speculate [原義は「熟考する」; 「投機する」の意味は1785年 Thomas Jefferson から]
◆summit [語源は「最も高い(sum)所」; 「首脳会議,首脳陣」の初例は1950年,英国の政治家 W. Churchill から]
◆supermarket [最初のスーパーは米国テネシー州の Piggly Wiggly(1916年)]
◆technique [<フランス; 元は芸術の技法; 初例は1817年,英国の詩人 Coleridge の詩学の手法]
◆web [Web(ウェブ)の初例は1994年,雑誌 American Scientist から; World Wide Web は1990年から]
◆whiskey [語源は「生命の水」; ウイスキーの初例は1715年,スコッチ・ウイスキー]

以下は『ウィズダム英和辞典』には載っていないが参考までに。

◆star [スター(人気俳優)の初例は1779年 Warner in Jesse]
◆culture shock [カルチャーショックの初例は1940年,田舎者が都会生活で感じる苦痛]

筆者プロフィール

神谷 昌明 ( かみや・まさあき)

国立豊田工業高等専門学校教授
専門は英語学,英語史 『ウィズダム英和辞典』執筆者(語源担当)

編集部から

辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典 第2版』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます(※2018年7月現在、ウィズダム英和辞典は第3版が刊行されております)。