WISDOM in Depth

#23 「譲歩」について〜「保留し、判断しながら」英語を読むために

2008年3月28日

前回の本コラムでは、論理展開を示す表現 (however, on the other hand など) が、文脈に依存せずに意味を決定できるほとんど唯一の語であるため、英文の文脈判断の出発点になることを述べました。

しかし、こうした表現のなかでもとりわけ重要な「譲歩」表現に限っては、文脈によって意味が決定します。今回はこの「譲歩」についてご紹介したいと思います。

「譲歩」とは何か

「読解のポイント」では「譲歩」を、「筆者の主張の前に、筆者の主張と対立する事実・意見を置くことで、筆者の主張により説得力を持たせる論理展開の型」という意味で使っています*。例えば、

Teaching computer skills may help to develop creativity among children, but firsthand experience should be emphasized above all in children’s education.

では前半部分、Teaching computer skills may help to develop creativity among children が「譲歩」にあたります。
この部分は but を介して、firsthand experience should be emphasized above all in children’s education という主張をより際立たせる働きを持っています。そして、筆者が前半部分を「譲歩」と意図していることは、may の存在が示しています。

* 論理展開中のこうした段階を「譲歩」と呼ぶべきかどうかは、迷うところがありました。英文法では no matter how SV(「どんなに…であろうとも」)を「譲歩節」と呼んだり、また Poor as he was の as(「…であるが」)を「譲歩のas」と呼ぶのが一般的です。しかし、アカデミックライティングの本でこうした機能が言及される場合、to concede と呼んでいるものもあることから、「読解のポイント」でも「譲歩」と呼ぶことにしました。

「譲歩」の表現は、文脈によっては「主張」を表す

しかし、論理展開において譲歩の表現のほとんどは、「主張を控えめに述べる」際にも使用されます。例えば、

Oil consumption levels remain high. Therefore, in the near future it is likely that known oil reserves will be used up.

では、is likely that が、主張を控えめに表す文で使われています。

文中に may が出てきたとき、それが譲歩の意味で使われているのか、それとも筆者の主張を控えめにしているのかは、どうやって判断するのでしょうか。それは「後に逆接表現があるかどうか」がカギとなります。続く部分に however や but があれば、その前にあった may を含む文は「譲歩」であり、ある程度先に読み進めても逆接表現が登場しなければ「控えめな主張」である。そう判断することができます。つまり、may が「譲歩」かどうかは、逆接表現の存在いかんにかかっており、文脈に依存していると言えます。

「読解のポイント」で譲歩を説明する難しさ

このように、譲歩を表す表現はほとんどの場合、主張も表しますが、このことをどう説明すべきかは、「読解のポイント」執筆上最も難しい点でした。may など特定の単語に、「譲歩」と「主張を控えめに述べる」の2つの意味があると説明するのであれば問題ありません。しかし「読解のポイント」は単語ではなく、論理展開の機能別に項目を立てています。そのため「譲歩」という項目を立て、「譲歩表現には may, can, could . . . がある」と書いてしまうと、こうした表現が主張を控えめに述べる働きを持つという情報が伝わらない恐れがありました。

そこで、「読解のポイント」では、「推量・可能性の表現」という項目を立て、そこで「譲歩→逆接→筆者の主張」の展開で、推量・可能性を表す表現が、(a)譲歩、または(b)筆者の主張の目印となることがある、と説明することにしました。

「推量・可能性の表現」、言いかえれば譲歩も主張も表しうる表現として、「読解のポイント」では以下をあげています。

●推量・可能性の表現

  • may
  • can
  • could
  • might
  • would
  • seem
  • likely
  • perhaps
  • possibly
  • presumably
  • probably
「譲歩は文脈依存的である」と教えることの意義

may が「譲歩」と「主張を控えめに述べる」の2つの意味を持ち、その意味は文脈によって決定する。この説明は、切れ味がいまひとつであることは確かです。しかし、この一見したところの分かりにくさこそが、生徒にとっては、英語の理解を深めるきっかけになるようです。

譲歩表現を教えることの意義には、以下があります。

(1) 筆者の意図した通りに、英文が読めるようになる。
筆者は明確な意図をもった上で、譲歩表現を使っています。そうである以上、読み手の側でも譲歩表現に関する知識を持って読むことは、筆者の意図を把握するためには非常に有用です。

(2) 助動詞全般の理解を深めるきっかけになる。
譲歩の表現には接続詞もありますが、最も多いのは may や might, could, would などの助動詞です。
助動詞、特に推量の助動詞は、英語学習者にとって正確なニュアンスを把握しづらい分野です。なかには、助動詞の存在をほとんど無視する学習者もいます。そんななか、譲歩表現に注意を喚起することは、文中の助動詞全般に注目させるための一歩となり、この点でも有用と言えます。

(3) 「保留・予測しながら読む」という姿勢につながる。
最大の意義として、「後に however があるから、さかのぼって前出の may を譲歩とする」という考え方は、英文読解全般に不可欠な「保留・予測して読む」姿勢につながる点があります。

「この文には may が使われている。この段階では、この文が〈譲歩〉か〈主張〉かわからないが、判断を保留したまま先に読むと、次の文に however があり、その次の文に〈主張〉と思える内容があった。だから先ほどの may はさかぼって〈譲歩〉と判断する」
と説明したとき、ある生徒に
「そういうふうに『解釈を保留したまま先に読む』のは、英語すべてに見られることですよね、which が来たらどこで節が終わるのだろうかと思ったり、Sが来たら間に挿入が入ってもいずれはVが来ると予測したり…」
と指摘され、驚かされたことがあります。

確かに、英文を読むというのは、判断を保留して先に読み、予想があたって最終的な解釈としたり、予想が外れて判断を修正したりの繰り返しです。しかもこれを、論理展開に加えて、構文や文脈判断のレベルでも行う必要があります。英語を読むには「判断を保留して読み進める」という、主体的で姿勢が欠かせません。そのことに気づくためにも、譲歩表現の文脈依存度について知ることは重要な一歩となるようです。

筆者プロフィール

成田 あゆみ ( なりた・あゆみ)

『ウィズダム英和辞典』『ウィズダム和英辞典』の執筆者。
英日翻訳者、英語講師。
大学受験予備校のほか、企業英語研修、翻訳学校で授業を行っている。
著書に『ディスコースマーカー英文読解』『[自由英作文編]英作文のトレーニング』(以上共著)『大学入試 英語総合問題のトレーニング』、訳書に『ハーゲドン 情熱の生涯』(共訳)など。

編集部から

辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典 第2版』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます(※2018年7月現在、ウィズダム英和辞典は第3版が刊行されております)。