人名用漢字の新字旧字

第12回「隆」と「隆」

筆者:
2008年6月5日

新字の「隆」の右上は、「夂」と「攵」のどちらでしょうか。そう、普通は、「夂」を書きますよね。では、旧字の「隆」の右上は、「夂」と「攵」のどちらでしょうか。旧字の「隆」も、普通に考えれば「夂」ですよね。でも、それは、本当にそうだったのでしょうか。

昭和21年11月5日、国語審議会は文部大臣に当用漢字表を答申しました。この時点の当用漢字表には、旧字の「隆」が収録されていました。この当用漢字表は、手書きのガリ版刷りでしたが、「隆」の右上は「夂」でした。ところが、翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表では、「隆」の右上は「夂」ではなく「攵」で印刷されていました。印刷局が官報に使った活字が、たまたまそういう字体だったのです。

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昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「隆」が収録されていたので、「隆」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。昭和24年4月28日には当用漢字字体表が告示され、新字の「隆」が子供の名づけに使えるようになりました。つまり、この時点では、旧字の「隆」も新字の「隆」も、どちらも出生届に書いてOKだったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会は文部大臣に常用漢字表を答申しました。常用漢字表には、新字の「隆」が収録されており、カッコ書きで旧字の「隆」が添えられていました。つまり、「隆(隆)」となっていたわけです。これに対し民事行政審議会は、昭和56年4月22日の総会で、常用漢字1945字を子供の名づけに認めると同時に、常用漢字表のカッコ書きの旧字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字だけを、子供の名づけに認めることにしました。

ところが、昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、新字の「隆」は子供の名づけに使えるが、旧字の「隆」はダメ、となっていました。常用漢字表でカッコ書きになっている旧字の「隆」と、当用漢字表の「隆」は、別の漢字だ、というのです。当用漢字表の「隆」は、右上が「攵」で印刷されていました。これに対し、常用漢字表の「隆(隆)」は、新字も旧字も右上が「夂」で印刷されていました。したがって、常用漢字表でカッコ書きになっている「隆」(右上が「夂」)は、当用漢字表には収録されていなかったことになる、というのが、民事行政審議会の判断でした。

昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、旧字の「隆」は子供の名づけに使えなくなりました。それが現在も続いていて、新字の「隆」は出生届に書いてOKですが、旧字の「隆」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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