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サイバン語と日常語の間―法廷用語言い換えコトハジメ 7

2008年 6月 8日 日曜日 筆者: 幸田 儔朗

やさしい用語で、やさしい音で

 難しい法廷用語をやさしくする取り組みの中で、あらためて漢字の力を思い知らされました。複雑な概念を一つの単語に封じ込めてしまう。まるで符丁だと言われるのももっともなことです。専門知識という合鍵を持っている人だけが中身を知ることができるのです。

 裁判員制度では、一般の人が法廷内のやりとり(言ったこと、示されたこと)だけから判断します。いかに的確に誰にも伝わるように、「話しことば」が使われたかが、判断を左右することになります。用語自体がやさしいこと、同時に、伝え方もやさしく聞きやすいことが大切です。符丁では通用しません。

 例えば、「焼損」という用語の検討は興味深いものでした。説明文は結局「建造物の全部又は一部が焼けて壊れること」と落ち着きました。これだけを見ると単なる辞書的説明にも見えますが、このことばが出てくるまでの前提条件が様々にあって、少し深入りするとかえって分かりにくくなってしまうからでした。

 そもそも「しょうそん」と聞いて漢字を思い浮かべることは難しいでしょう。また、「ぜんぶまたはいちぶ」ならば「どんな場合も」ではないのかなどとも考えてしまいます。しかも燃え方をめぐって、既遂と未遂の分かれ目はどこか、考え方が二つあるというのです。それによって罪の質が違います。法律に疎い私などには混乱の極みです。ことばそのもので戸惑い、判断の場面では立ち尽くすしかなさそうです。実際には、こみ入ったところは話して説明することで補うことになるのでしょう。

 仮に、法律の専門家が私のような一般人に伝える場面を思い浮かべてみましょう。

 「しょうそんとは……。くわしくいうとこれにはかんがえかたがふたつあって……。ひとつは……もうひとつは……。こんかいのじけんでは……。したがって……なのです。ようくかんがえてはんだんしてください。」という具合に口頭(つまり、話しことば)の説明が続いていくことになります。

 耳から入る「話しことば」は平仮名で示したように「音」の連なりです。このことばは語句だけではなく、音のまとまり方や、音の高低、速度、間合い、明瞭度などで意味を明確化して伝えていきます。

 例のように、様々な要素を含んだ話が、いくつもの分岐点を越えて時に方向を変えながら進んでいく場合は、それなりの表現が必要になります。単なる音の連なりではなく、意味合いが分かるようメリハリつけて伝えるのです。具体的には、話の文脈が変われば音(高低や速度、質など)も切り替わるということです。私どもがアナウンサーの指導にあたる時は「音でできていることば」の特性を知って扱おう、と言っています。

 ちゃんと中身があるのに分かりにくい話し方は日常的に経験します。裁判員には限られた時間の中で的確に分かってもらわなければなりません。一般の人にとって用語をやさしく、話を聞きやすく、この2つがそろってこそ、法律家は適切な判断材料を提供できる環境を整えたと言えるのでしょう。今、その一歩目を踏み出したところです。

筆者プロフィール

幸田儔朗(こうだ・ともお)
法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム副座長
(財)NHK放送研修センター日本語センター部長・エグゼクティブアナウンサー
NHKにアナウンサーとして入局。ニュース番組のアナウンサーとして活躍、記者やディレクター職も担当。2001年よりNHK-CTI日本語センターに転籍し、職員研修、外部一般研修など「話しことば」による情報伝達をテーマに人材育成に携わる。

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【編集部から】
来年から始まる裁判員制度。重大な刑事裁判に一般市民が裁判員として参加し、判決を下す制度です(⇒「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)。
もし突然裁判員になったら……さまざまな不安が想像されます。自分以外にもっとふさわしい人がいるじゃないか、とは言っていられません。
不安な要素の一つとして、法廷で使われることばがわからなかったら、裁判の内容がわからなかったり、正しい判断ができないのではないか、ということが挙げられると思います。
日本弁護士連合会では「法廷用語の日常語化に関するプロジェクト」を発足、「これまで法律家だけが使ってきたことば、法廷でしか使われないことばを見直し、市民のみなさんが安心して参加できる法廷を作ろう」と、検討が重ねられてきました。
その報告書とともに、法律家向けに『裁判員時代の法廷用語』、一般の方向けに『やさしく読み解く裁判員のための法廷用語ハンドブック』の2冊が刊行されました。
ぜひこれを皆さまにご紹介したいと思い、このたびプロジェクトチームの方々からご寄稿いただいております。次回は最終回!

2008年 6月 8日