三省堂国語辞典のすすめ

その22 夕方だけど、おはようございます。

筆者:
2008年7月2日

もうずいぶん前からのことですが、学生が教師に会ったとき、それがどの時間帯であっても、「おはようございます」とあいさつするようになりました。朝だけでなく、午後でも、夕方でも「おはようございます」なのです。友だちには「おはよう」となります。

【「やあ、おはよう」】
【「やあ、おはよう」】

この言い方は、アルバイト先で身につけたものだとも指摘されます。飲食店などでは、朝・昼・晩いつでも、仕事始めには「おはようございます」を使うよう指導しているところがあります。

「こんにちは」「こんばんは」でも十分ではないかと思いますが、それでは親しすぎる感じをもつ人もいるのでしょう。「おはよう」の場合、「ございます」をつければていねいに言えるので、便利に使われています。

【テレビ業界の慣例だった】
【テレビ業界の慣例だった】

もともと、深夜でも「おはようございまーす」とあいさつするのは、テレビ業界の慣例でした。江國滋『日本語八ツ当り』(1989年刊、連載は1986年から)を見ると、テレビ業界の「おはようございます」は〈まだ、さいわいなことに一般社会には伝染していないようだが〉とあります(p.33)。江國さんを信じるならば、1980年代には、飲食店や学生の間ではまだ一般化していなかったことになります。

そう考えると、『三省堂国語辞典』の対応は素早いと言うべきです。1992年2月刊の第四版で「おはよう」の新用法を取り入れました。次のように説明してあります。

〈2 芸能人が楽屋へはいるとき使うあいさつことば。夕方でも使う。
  3 〔学〕その日はじめて会ったときの あいさつことば。午後にも使う。〉

この記述から、学生の「おはよう」のあいさつは、今だけの流行ではなく、十数年以上前から使われていたことが分かります。今回の第六版でも、基本的にこの語釈を踏襲しました。ただし、2は〈芸能人や放送関係者などが職場へはいるとき……〉と修正しました。

【第六版の「おはよう」】
【第六版の「おはよう」】

「おはよう」について、ここまで詳しく説明している辞書は、当時はもちろん、今でもほかにありません。特に、3の学生用語に言及している辞書は『三国』だけです。

学生のあいさつといえば、授業の後で教師に「おつかれさまでした」と言って帰る学生が少なくありません。説教や助言をされた人が、最後に「おつかれさま」と言うのと同じく、奇妙な感じです。『三国』でこれについて触れるべきか、考え込んでしまいます。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。