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ドイツ料理の言葉(2)

2008年 7月 7日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(16)

パンやケーキの生地(Teig)という語も、菓子作りに通じていないと難しい。見場は地味だが、ボリュームがあって味わいの深いドイツパンやドイツ菓子を私は大好きなのだが、食べているばかりでは辞書は書けない。何しろ生地はパンや菓子の基本だから。ケーキ作りの得意な妻を質問攻めにしてうるさがられることになる。

このたび驚いたのは、Biskuitteigが、そのまま「ビスケット生地」と訳せるようなものではないということだった。独々辞典では、ろくな説明は載せていない。辞書を書くような人間は、ケーキは作らんということだ。ドイツの料理の本や雑誌の記事の写真を見ると、Biskuitteigはむしろもっとふわふわした、スポンジ台を作る生地であるということがようやく分かった。強いて訳すなら、「スポンジ生地」とでもすべきところか。言葉のイメージと違うじゃないかと、知り合いのドイツ人に聞いてみたが、そうだねえと口ごもるばかりだった。まだ語源的な調べはつかない。

クッキーみたいな固い生地、タルトの台になっているのは、Mürbeteig。もう少し柔らかい、バターケーキくらいのケーキ生地は、Rührteig。本当は柔らかさの度合いでこれらの生地が区別されるのではなく、その柔らかさを出すために、卵を別に泡立てて後から混ぜ込むか、それとも最初から一緒に混ぜるかといった、製造過程の違いなのだそうだが、もうこうなると、普通の辞書で扱える範囲ではない。

その他、イースト生地(Hefeteig)、パイ生地(Blätterteig)、シュー生地(Brandteig)。またPlätzchenteigは「クッキー生地」であっても、のばして抜き型で抜いて、本当にクッキーにする生地である。どれも落とせないところだが、他にも載せたい語は尽きず、さりとてスペースに限りはあり。そこで見出し語として立項できなかったが、どうしても載せたい語を「複合語」の欄にまとめて入れて、言葉の別の広がりを紹介してみた。担当になったので、張り切って色々提案して原稿を書いたのに、ずいぶんボツにされた。幸い「シュー生地」と「クッキー生地」はTeigの「複合語」欄で救われた。

ケーキの生地がどうこうと、こういうことにいちいち私は深く驚愕したり、感動したりしているのだが、既に辞書執筆の世界に没入して、常軌を逸した状態らしい。いくらこちらが熱く話してみても、こんな知識は先刻ご承知の妻などは何の感動もしないし、全く知らない人々は、初めから何の関心も持ってくれないから。


【編集部から】
「ドイツ料理の言葉」(第1回)はこちらです。
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。


【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員 

2008年 7月 7日