人名用漢字の新字旧字

第15回「𠡍」と「勁」

筆者:
2008年7月17日

旧字の「勁」(巠へんに力)は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。でも、新字の「𠡍」(圣へんに力)は、子供の名づけに使えません。旧字の「勁」は出生届に書いてOKですが、新字の「𠡍」はダメ。旧字が使えるのに新字が使えないなんて、変ですね。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

015kei-new.png

平成元年2月13日に発足した民事行政審議会の主要な議題は、戸籍に書かれている漢字の扱いに関してでした。子供の名づけに使う漢字だけでなく、姓に使われている漢字も、審議の対象だったのです。民事行政審議会の意見は、公簿である戸籍には正字を用いるべきであり、誤字や俗字が書かれている場合はこれをできる限り解消すべきだ、というものでした。名だけでなく姓に関しても、戸籍に書かれた誤字や俗字は原則として正字に改めるべきだ、という意見だったのです。ただし、ここで言う正字は常用漢字や人名用漢字であり、それ以外の字種については漢和辞典で正字とされているもの、というのが、民事行政審議会の考えでした。

また、この時の民事行政審議会では、人名用漢字の追加も議論されました。法務省民事局が全国の市区町村を対象におこなった調査(昭和63年5月)で、 200以上の漢字が人名用漢字の追加候補として挙がっており、これらの漢字をどうするかが問題となっていたのです。この追加候補の中に、旧字の「勁」が含まれていました。ちなみに、常用漢字の「径(徑)」「茎(莖)」「経(經)」「軽(輕)」では、つくりの部分は「巠」ではなく「圣」になっています。これに合わせるなら、旧字の「勁」(巠へんに力)ではなく、新字の「𠡍」(圣へんに力)を、人名用漢字に追加すべきです。しかし、戸籍に書かれた誤字や俗字は原則として正字に改めるべきだ、というのが、この時の民事行政審議会の考えでした。そして、新字の「𠡍」は、それまで俗字として扱われてきたものだったのです。

民事行政審議会は平成2年1月16日、新たに人名用漢字に追加すべき漢字として、118字を法務大臣に答申しました。この118字には旧字の「勁」が含まれており、新字の「𠡍」は含まれていませんでした。平成2年3月1日、戸籍法施行規則は改正され、これら118字は全て人名用漢字になりました。旧字の「勁」は人名用漢字になりましたが、新字の「𠡍」は人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、旧字の「勁」は出生届に書いてOKですが、新字の「𠡍」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

//srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。