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地域語の経済と社会 第7回

2008年 7月 26日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第7回 辞書にない方言「おくしょい」の値打ち

【「おくしょい」の個装袋】
【「おくしょい」の個装袋】

 「おくしょい」というお菓子が手に入りました。袋には、富山県入善地方の方言で「美しい」の意味だと書いてあります。手元の方言辞典で「おくしょい」を引いてみましたが、どれにも載っていませんでした。これまでに出た方言辞典は、各地で印刷・出版された学術的な方言集などをもとにしていて、方言みやげなどは資料にしないからでしょう。

 気になってインターネットで「おくしょい」を検索しているうちに、「奥書院」を見て気付きました。これが語源でしょう。「奥書院」というのは寺の庭のことです。北陸は、浄土真宗の門徒衆の多いところですから、「奥書院」も見事で、よく手入れされています。「おくしょいん」の最後の「ん」を取り去って、「美しい」という形容詞にしたのでしょう。

 日本語の形容詞は新しいことばを生み出す力を失ったと言われます。関西などで昔「きれい(だ)」から「きれかった」「きれくない」などを生み出したことがあります。隠語・流行語としては「はくい」「やばい」「ださい」などが生まれたし、「ナウな」から「ナウい」が生まれました。今東京付近では動詞の「違う」から「違かった」「違くない」ができて、さらに「ちげえ」という新形容詞が生まれました。富山県入善の「おくしょい」はまれな仲間にあたります。

 方言の語源は、手順をふんで推定できます。形が似ていて、意味につながりがあることが条件です。形つまり発音が変化するには一定の規則性があります。意味の変化にもパターンがあります。現代の新語や若者ことばや新命名にも、法則性が見られます。この規則性や法則性を利用して、方言の語源も推定できます。古語に由来する方言は、たくさん見つかっています(注)。

 もしこのお菓子が出なかったら、「おくしょい」という珍しい形容詞に気づかなかったでしょう(第2回に出した富山方言番付表には「おきしょい」が載っていました)。お菓子の値段がいくらか、今は分かりません。しかし記録に残したという点からいうと、値打は無限大で、英語でいうpriceless(値段が付かないほど価値がある)にあたります。貴重なので全体を冷凍保存すればいいのですが、大型冷凍庫もないし、袋だけとっておくことにしました。甘いお菓子なので、太ると困るのですが、中身の誘惑には勝てませんでした。

 方言みやげなどは俗っぽいと、ばかにしてはいけません。各地の方言が消え失せようとしている今、手がかりになりそうな情報にはすべてアンテナを張っておく必要があります。

 そういえば今はインターネットを通じて多くの方言情報が手に入ります。ただし放っておくと削除されることもあります。現時点で全情報を集めて、整理するという企画が考えられますが、さて誰かやってくれないでしょうか。

(注)
真田信治・友定賢治『地方別方言語源辞典』(東京堂出版、2007)
井上史雄「方言」(『日本大百科全書』小学館、1986)

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。
著書に『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)、『日本語は年速一キロで動く』(講談社現代新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『デジタル社会の日本語作法』(岩波書店)、『言語楽さんぽ』『社会方言学論考―新方言の基盤』(ともに明治書院)などがある。 

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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2008年 7月 26日