人名用漢字の新字旧字

第16回「凛」と「凜」

筆者:
2008年7月31日

旧字の「凜」は、平成2年3月1日の戸籍法施行規則改正で、人名用漢字になりました。新字の「凛」は、平成16年9月27日の戸籍法施行規則改正で、人名用漢字になりました。つまり現在では、「凛」も「凜」も出生届に書いてOK。ちなみに「凛」と「凜」は、実は新字旧字の関係ではないのですが、ここではあえて、「凛」を新字、「凜」を旧字と呼ぶことにしましょう。

平成2年1月16日、民事行政審議会は、新たに人名用漢字に追加すべき漢字として、118字を答申しました。この118字には旧字の「凜」が含まれており、新字の「凛」は含まれていませんでした。民事行政審議会は、旧字の「凜」を正字、新字の「凛」を俗字だと判断しており、俗字よりも正字を人名用漢字にすべきだ、という考えだったのです。平成2年3月1日、戸籍法施行規則は改正され、旧字の「凜」を含む118字は全て人名用漢字になりましたが、新字の「凛」は人名用漢字になれませんでした。ここまでは、「勁」と良く似たパターンですね。でも、この後が違うのです。

平成14年8月8日、佐賀家庭裁判所唐津支部は、新字の「凛」を含む出生届を受理するよう、唐津市長に命令しました。子供の名づけに新字の「凛」を使いたい親が、唐津市長を相手どって不服を申立てていたもので、佐賀家庭裁判所唐津支部は、この親の訴えを認めたのです。ところが、この命令に対し唐津市側は、福岡高等裁判所に即時抗告しました。正字の「凜」が人名用漢字として使えるのだから、あえて俗字の「凛」を子供の名づけに認める理由がない、というのが、唐津市側の主張でした。新字の「凛」をめぐる争いは、高等裁判所の抗告審に移ったのです。

平成14年10月31日、福岡高等裁判所は、佐賀家庭裁判所唐津支部の原審判を取り消し、唐津市側の主張を認めました。新字の「凛」は、高等裁判所に却下されたのです。親は旧字の「凜」で我慢しろ、というのです。しかし、新字の「凛」をめぐる争いは、これで終わりませんでした。 テレビ東京の『ジカダンパン! 責任者出てこい!』という番組が、平成14年12月9日の放送で、人名用漢字の不足を取り上げたのです。スタジオでは、子供の名づけを自由にさせてほしい、と、親たちが口々に訴え、名づけに使いたい漢字を掲げていました。その中に、新字の「凛」が含まれていました。この番組は、その後、法務大臣にまで直談判をおこない、平成15年1月21日、森山眞弓法務大臣は定例記者会見の席で、人名用漢字を1000字程度に増やすことを明言しました。

平成16年9月8日、法制審議会は、 人名用漢字の追加候補488字を答申しました。この488字の中に、新字の「凛」も含まれていました。「凛」は「榮」「堯」と同じく、出現頻度が50~199回の範囲内で、全国50法務局のうち8以上の管区で出生届を拒否されたことがあって、しかもJIS X 0213の第2水準漢字だったので、追加候補となったのです。平成16年9月27日、戸籍法施行規則は改正され、人名用漢字は合計983字になりました。新字の「凛」も人名用漢字になり、それ以降は「凛」も「凜」も出生届に書いてOKなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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