地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第8回 日高貢一郎さん:交通標語と方言

2008年8月2日

大分空港からほど近い、大分県杵築市大田地区=旧・西国東郡大田村(にしくにさきぐんおおたむら)の幹線道路には、交通安全を呼びかける方言の看板がおよそ70個も点々と立てられていて、壮観です。

【方言で標語を書いた看板】

【方言で標語を書いた看板】

大田村は、長い間、村内で交通死亡事故がなく、その記録を10000日にまで伸ばそうと村を挙げて交通安全に熱心に取り組んでいます。10000日を達成するには実に27年以上の長い年月が必要です(が、残念ながらその記録は、杵築市と合併後の平成18年8月に8275日、22年8か月で途絶えてしまいました)。しかし、今また再挑戦が始まっています。

そんなこともあって、この地域はとりわけ交通安全に対する意識と関心とが高いというわけです。

写真のような方言で標語を書いた看板4個が、最初に立てられたのは1999年だったとのこと。最近は毎年10個増設し、今では、地区内の幹線道路沿いに70個も並んでいます。表と裏には別な文が書いてありますから、実に140ものメッセージがドライバーに安全運転と交通マナーの向上を呼びかけ、無事故・無違反を訴えかけています。

おそらくこれは全国一の分布密度でしょう。

「事故ゼロ一万日を めざしちょる 村じゃきな」「気をつけちょくれ のうなった命は かえらんでえ」「キープレフトを まもっちゆっくり 走っちな」「年寄りが多いいき ぐりっと廻りを 見ちょくれ!」「よそ見するなえ スピードは いいかえ」「シートベルトを ビシッと しちょるかえ」「乗る時ゃ しゃっち飲まんでん よかろうがえ」「車に乗った時ゃ 携帯電話は 罰金でえ!!」、など、多様で多彩なメッセージが書かれています。

共通語訳はついていませんが、その意味あいはほぼ理解できるだろうと思います。

共通語で同じ内容を呼びかける場合に比べると、確かに受ける印象は強いと思われます。

地元の人たちは、身近な方言で語りかけられるので、まるで両親や祖父母など家族から直接注意されているような気分になるでしょうし、よそ(特に県外など遠く)から来て、たまたまこの地域を通りかかっている人たちは、「ン? 何だ? これは……」という意外さと不思議さの入り混じったような気分になるでしょうから、両者にとってそれぞれインパクトがありそうです。

ただし、あまり看板に気をとられて脇見をしたり、この方言はどういう意味だろうと考えすぎたりして、くれぐれも事故だけは起こさないように……。ご用心、ご用心!


【参考】なお、この方言による看板は、地元の『大分合同新聞』のインターネットの動画ニュース(去年2007年6月13日掲載)でも紹介されています。
⇒//www.oitatv.com/chiiki/index.php?id=596

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。