日本語社会 のぞきキャラくり

第5回 出てこい!

筆者:
2008年9月21日
「ぬぬ、おぬし、できる!」

滞在していた某国で、事情があって日本人ばかりで小旅行に出かけたところ、「絨毯見学」とかいう名目でビルの一室に連れ込まれる一幕があった。

「隣国の絨毯に比べて、我が国の絨毯がいかに優秀か」と、絨毯屋のボスが日本語でまくし立てると、2人の男たちが絨毯を丸太のように抱えて進み出て、ザザーッと広げる。

いかがですか、こちら100万円です、お気に召しませんか、そうですか、まあ見るだけ見て行ってください。

その絨毯の上にまた別の2人が別の絨毯を広げる。

こちらシルクです、600万円です、いかがですか、まあ見るだけ見てください。

さらに絨毯を広げる。またその上に広げる。広げる。広げる。十枚以上の絨毯が広げ重ねられる。これ片付けるだけで大変な手間だよな~。

「見ているだけでは絨毯の良さはわかりませんね。踏んでみてください」と言われて、最初は絨毯に乗っていた人たちも、雰囲気に気圧されて、いつの間にか部屋の壁際に追い詰められている。

「日本の家はせまいでしょ。小さいのもあります」こんどは玄関マットが出てくる。こちら7万円です。かばんも出てくる。「お茶どうぞ」現地のお茶も出てくる。どんどん出てくる。

誰かが何か買わないと帰れないよ~。誰か犠牲になってよ~という皆の祈りが届いたのか、なんとな~く標的にロックオンされた一人の男性が店員と値引きの交渉を始めた。

「この絨毯、140万円だったかな。40万にならない?」

決裂をねらったものか、めちゃくちゃな値切り方。だが、絨毯屋は慌てない。

「絨毯の織り子さんたちの気持ちも考えてあげてください」

外国人が「~さんの気持ちも考えてあげて」? 私は目を見張った。日本人がこのフレーズにとことん弱いと、なぜ知っている。異国の地で油断していたが、こいつら、相当の手練れの者。できる!

この調子で交渉が続けば、ひょっとして。いや、まさか、そんなはずは。。。

だが、それは起きた。

「お客さん、きびしいなー。そんな冷たいこと、言わんといて」

絨毯屋はついに関西弁をしゃべりだし、『関西人』キャラになった。

この戦さの結末はあえて書かないが、絨毯屋たちの攻勢に終始したことは言うまでもない。

絨毯屋たちにこんな日本語教えた奴、出てこい! 出てきて、日本語コミュニケーションについて、論文書いてください。お願いします。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。