WISDOM in Depth

#34 『ウィズダム英和辞典』と現代英語語法 (2)

筆者:
2008年9月30日

−not to doとto not do−

to不定詞を否定する際は not to do のように,通例toの前に否定語を置く。ところが,日常的なくだけた文脈では,to not do のように否定語がtoの直後に置かれることがある。

学校文法ではnot to doを使うよう教え,また多くの語法辞典や文法書でもto not doの形は不可としている。(1)にあげるSwan (2005) は,ESL/EFL学習者向けの文法書や参考書であるが,not to do を可とし,to not do を通例不可としている。

(1) Swan (2005), p. 255
Negative infinitives are normally made by putting not before the infinitive.
Try not to be late. (NOT USUALLY Try to not be late. OR Try to don’t be late.)
You were silly not to have locked your car.

一方,ESL/EFL学習者を教える教師向けの参考書であるCelce-Murcia and Larsen-Freeman (1999: 186) は,to not do という形は規範的には避けるべきであるが,(2)のような文は実際には使うことがあると述べている。

(2) Marge has decided to not pay her income tax this year.

(3) はBank of English (BOE),BOEの話し言葉サブコーパス,British National Corpus (BNC) における,not to do とto not do の割合を示したものである。いずれも not to do が圧倒的に多くの割合を占め,to not do は数%に過ぎないが,BOE spoken では to not do の,アメリカ英語を含まないBNCでは not to do の使用率が他と比べて若干多くなっていることは興味深い。

(3) BOE (spoken) とBNCにおけるnot to doとto not do

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手許の用例をいくつかあげておく。

(4) I want you to not fight me anymore.
South Park

(5) ’Cause I’m not ready for you to not be here.
Buffy the Vampire Slayer

(6) So you were willing to not look too closely at this.
Playboy

母語話者によっては,to not do の形に何の抵抗感もない人もいるし,ESL/EFL辞典などでも,to not do の形をうっかり用例として採用してしまうということも時に見られるようである。(7)はケンブリッジ大学出版初のコーパスに基づくESL/EFL辞典である CIDE (1995) の用例であるが,改訂版に当たる CALD2 (2005) では,(8)に示すように同じ用例のnotとtoの語順が入れ替えられてることは注目に値する。

(7) We were half expecting you to not come back (= thinking you might not come back).
—CIDE (s.v. EXPECT)〔ユーザー提供;cf. 井上 (2005)〕

(8) We were half expecting you not to come back.
—CALD2 (s.v. EXPECT)

to not do という形は,今の段階では相対的頻度はそれほど高くない。教育的に推奨できる形ではなく,遭遇したときに認識さえできればよいといった類の語法であろう。この語法の今後の動きに注視してゆきたい。

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《参考文献》
Celce-Murcia, M., and D. Larsen-Freeman (1999) The Grammar Book: An ESL/EFL Teacher’s Course. Boston: Heinle & Heinle Pubs., Inc.
井上永幸 (2005)「シンポジウム:英語教育におけるコーパスの果たす役割:辞書とコーパス」『立命館 言語文化研究』16巻4号,pp. 169-183.
Procter, P. (ed.) (1995) Cambridge International Dictionary of English. Cambridge: Cambridge University Press. [CIDE]
Swan, M. (1995) Practical English Usage. 2nd Edition. Oxford: OUP.
Walter, E. (ed.) (2005) Cambridge Advanced Learner’s Dictionary. Second Edition. Cambridge: Cambridge University Press. [CALD2]

筆者プロフィール

井上 永幸 ( いのうえ・ながゆき)

徳島大学総合科学部教授。
専門は英語学(現代英語の文法と語法),コーパス言語学,辞書学。
編纂に携わった辞書は『ジーニアス英和辞典初版』(大修館書店),『英語基本形容詞・副詞辞典』(研究社出版),『ニューセンチュリー和英辞典2版』(三省堂),『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店)など多数。

編集部から

辞書の凝縮された記述の裏には,膨大な知見が隠れています。紙幅の関係で辞書には収めきれなかった情報を,WISDOM in Depth と題して,『ウィズダム英和辞典 第2版』の編者・編集委員の先生方にお書きいただきます(※2018年7月現在、ウィズダム英和辞典は第3版が刊行されております)。