地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第17回 井上史雄さん:方言Tシャツの使用価値――大阪と沖縄――

筆者:
2008年10月4日
【大阪方言扇子】

【写真1 商談のきっかけに?】

大阪の方言みやげは近頃元気です。通天閣の近くなどには、方言みやげをたくさん並べた店があります。空港売店でも種類が増えました。しかも積極的に人に見せるための品が増えました。扇子は広げて使ったときに方言だと分かるので、商談のきっかけなどによさそうです(写真1)。Tシャツも増えました。2005年には「しばいたろか」と書いたのを売っていて、実際に外国人観光客が着ていました。ちょっと怖い感じでした。2007年には、「好きやねん」「ごめんやす」「なんでやねん」などが並んでいました(写真2)。こちらは親しめます。

【大阪方言Tシャツ】

【写真2 大阪方言Tシャツ】

そういえば2005年に沖縄に行ったときも方言Tシャツを売っていました(写真3)。「なんでかねー?」「だからよぅ…」「であるわけさ!」と書いてありました。会話のセットになっています。今の沖縄の若い人がよく使う表現で、しかも翻訳を付けなくても分かります。Tシャツで使われる方言には、読んで分かるという共通性があります。

ふと気づきました。Tシャツは日常着るものです。その人はなかば公共の場で方言の宣伝をしていることになります。昔の方言土産の定番、方言絵はがきは、実用に供したとしても、ほんの数人の目にふれるだけでした。方言手ぬぐいや方言のれんも、家の中に飾るのだと、家族とお客さんが目にするだけです。私的な空間で楽しむ方言でした。

【沖縄方言Tシャツ】

【写真3 沖縄方言Tシャツ】

さて、モノが高いか安いかの判断には、「使用価値」が働くことがあります。何万円もするとしても、よく使うものなら安くつくという発想です。その流儀でいうと、Tシャツは1語(またはワンセンテンス)で1000円前後ですから1語あたりは高いんですが、街歩きなどで実用に供した時に、目にする人の数は多いでしょう。1語あたりの読者数(?)は、方言のれんなどよりも多い計算になります。

しかも方言Tシャツは、着ている人のイメージをかもし出すことができます。仲よくなれる人も多くなるかもしれません。並みのTシャツより楽しみが大きく、効用が大きい、ということは、使用価値が大きいわけです。

方言Tシャツは、方言が公的な空間で堂々と陳列されることを意味します。そんな目的に方言が使われるようになったわけですから、方言の社会的な位置づけが違ったことになります。方言の価値が上昇したことがそのまま方言1語あたりの値段の上昇に反映したことになります。

ただしコレクションとして貯めこむだけの人には、Tシャツは高くつきます。そもそも物を収集することは、使用価値と関係のない行為なのです。

【大阪方言トランクス】

【写真4 商都大阪の方言みやげ…】

と考えたところで、売場の別の品に目が行きました。トランクスで、Tシャツと違って公共の場で見せる商品ではありません。しかし「めっちゃ好きやねん」と書いてあります(写真4)。まあ世の中には、ズボンを脱いだときにこの表現が相手の目に入って、効果的な場面もあるんでしょう。まさに一発勝負の面白さ。それなりに使用価値が大きいのです。商都大阪の方言みやげは奥が深い! 言語経済学の論理が貫徹するのです。でもあまりフカーク考えないでください。


なお大阪方言の別の扇子の写真が、次の本に載っています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。