三省堂国語辞典のすすめ

その38 先生、「嘱任」って知ってます?

筆者:
2008年10月22日
【「学区」?「校区」?】
【「学区」?「校区」?】

学校用語には、その地方・地域だけで使っているものがいくつもあります。有名なところでは、関東で言う「学区」は、関西では「校区」と言います。大学の「1年生」は、京都大学などでは「1回生」です。時間割の「1時間目」は、学校によって「1時限目」「1限」「1校時」などと言います。学校制度は全国一律のようでありながら、使われる用語に少なからず違いがあるのはおもしろいと思います。

今回の『三省堂国語辞典 第六版』で採用したことばに「嘱任(しょくにん)」があります。意味は〈外部の人に仕事や役目をたのんで まかせること〉です。たとえば「嘱任手続きを進める」「新規嘱任」などと使います。でも、意味は分かるとしても、「そんなことばは使ったことがない」と言う人も多いかもしれません。

「嘱任」は、じつは、早稲田大学など一部の大学で使われていることばです。大学の先生を委嘱するときには「嘱任」、任期満了でおやめいただくときには「解任」と言います。「解任」には、その任務にふさわしくない人をやめさせるという響きがあるため、退職時に「長年勤めたのに、解任とは何だ」と憤然とされた先生もいらっしゃいます。

【「嘱任」は早大などの用語】
【「嘱任」は早大などの用語】

「嘱任」ということばが『三国』の候補に挙がった経緯はといえば、もともと、別の辞書を編集する際に、早大に関係する先生が発案されたのがきっかけでした。結局、その辞書に「嘱任」は載りませんでしたが、『三国』で採用されました。

細かく調べてみると、「嘱任」は、早大のほか、青山学院大・亜細亜大・国士舘大・多摩美術大・中央大・長岡造形大などで規則の文言などに使われています。学会でも、日本独文学会・言語科学会などでの使用例があります。大学以外での例もあります。

文学作品での例はほとんど知りませんが、戦前の海野十三の作品『十八時の音楽浴』に〈天文部長は次席のルナミに嘱任します〉とあります(「青空文庫」による)。海野は早大出身ですが、そのことと、この一節とに関係があるかどうかは分かりません。

【「嘱任する」の用例】(早大の機関の規則より)
【「嘱任する」の用例】
(早大の機関の規則より)

「嘱任」は、現在、全国どこでも使っているとはいえないのが難点ですが、「校区」「1回生」などと同じ性格をもっており、記録しておきたいことばです。もっとも、今から考えると、〔一部の大学などで〕のように補足しておけば、より親切だったかもしれません。これは、次の版での課題です。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。