地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第27回 井上史雄さん:古株じゃん 新米じゃね

筆者:
2008年12月13日

方言みやげをみると、何が地元で有名なことばとされているかが分かります。ただあることばが実際に使われていても、方言みやげに登場するには、時間がかかりそうです。100年以上前から使われていた「じゃん」と近頃出てきた新方言の「じゃね」をくらべてみましょう。

【愛知県の米袋】
【図1 愛知県の米袋】

静岡市に行きました。方言を使ったポスターなどが色々手に入りました。駅の地下街の飲み屋では「じゃん」を使った歌をテープで流していました。「じゃん だら りん」はお隣、愛知県三河地方の方言として有名で、コメの袋などにもみられます【図1】。

【JR東海のパンフレット】
【図2 JR東海のパンフレット】

「じゃん」の発祥地は山梨県と思われます。明治時代に甲府の方言文献に記録されているので、もう100年以上になります。長野県と静岡県には大正・昭和になって広がったようで、愛知県全体に広がったのはもう少しあとのようです。その後「じゃん」は横浜を経て戦後東京に入りました。

「じゃん」は関西を飛び越えて西日本各地にも広がりつつあります。広島県の観光キャンペーンでは「ええじゃん広島」【図2】をキャッチフレーズにしています。「わしじゃ」のように「だ」の意味で「じゃ」を使うから、なじみやすいのでしょう。

この古株「じゃん」にならって、最近出たのが「じゃね」です。東京付近の若者が使うのに、最近気づきました。いくつかの大学の知り合いに頼んでアンケートを集めたら、東北から関東にかけての男子学生がかなり使っています。

ゼミの受講学生に実際に発音してもらったら、どうも全体の調子に特徴があります。共通語と違って、栃木か茨城の「尻上がり」と言われるイントネーションに似ています。試しに「雨じゃね」と「飴じゃね」を言ってもらうと、同じになります。「雨」と「飴」を単独で言ってもらうと、区別があるのですが。また「降るんじゃね」と「晴れるんじゃね」も、最後に向けて高くなる調子で、「降る」の頭高のアクセントと、「晴れる」の中高のアクセントの区別がなくなって、全部平板になります。

貴重な現象なので、ゼミの学生の録音をとりました【表】。スピーカーのマーク三つをクリックすると、東京都内と千葉県の若者の発音が聞こえるはずです。

首都圏の「じゃね」の発音 2008
共通語 東京都区内 千葉県浦安市 千葉県市原市
降るのではないか フンジャネ↗ フルンジャネ↗ フルンジャネ↗
晴れるのではないか ハレンジャネ↗ ハレルンジャネ↗ ハレルンジャネ↗
雨ではないか アメジャネ↗ アメジャネ↗ ア]メジャネ↗
飴ではないか アメジャネ↗ アメジャネ↗ アメジャネ↗
父生育地 神奈川県 東京 市原市
母生育地 千葉県 浦安市 松戸市

 

古株の「じゃん」にくらべると、「じゃね」は新米の言い方で、こちらは土地の方言としてなじんでいません。若い人が使う言い方なので、パンフレットや広告などにも使われていません。これから100年経つと、土地のことばとして有名になるのでしょうか。生きて確かめることができないのが、心残りです。

なお「じゃね」については以下のエッセイでも取り上げました。

<ことばの散歩道>123「新方言じゃね」『日本語学』27-9(2008年8月)

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。