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『三省堂国語辞典』のすすめ その52

2009年 1月 28日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

尾根はいちばん高いところ?

【尾根のつらなり】
【尾根のつらなり】

 山の「尾根」というと、一般的には、「分水嶺の、いちばん高いところのつらなり」を指します。事実、『三省堂国語辞典』の初版には、そのような説明がありました。ところが、主幹の見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、1970年のある日、ふとひらめきました。

 〈「尾根」とは、「稜線」の意味だけでなく、「沢」の反対語の場合もあることに気づく。〉(『現代日本語用例全集 1』筑摩書房 1987 p.126)

【尾根1と尾根2】
【尾根1と尾根2】

 つまり、「尾根」とは、山頂から山頂へ延びる線を指す以外に、ふもとへ延びる線を指すこともあるというのです。今、かりに、前者を「尾根1」、後者を「尾根2」としておきます。「尾根2」の間には、細長い谷(「沢」)があります。

 「尾根2」の例を雑誌から探してみると、たしかに、次のように出てきます。

 〈稜線上は強烈な風が吹きつけるが大喰岳〔おおばみだけ〕西尾根を下り始めると弱くなり、よい天気になった。〉(『山と渓谷』1995.6 p.75)

 北アルプスの槍ヶ岳(やりがたけ)にある大喰岳の西側の「尾根」です。山頂と山頂の間にあるわけではなく、槍平まで下って行き、その先には新穂高温泉があります。

【第三版の「尾根2】
【第三版の「尾根2」】

 このような用法を踏まえて、1982年の『三国 第三版』では、「尾根」の項目が、次のように2つのブランチ(意味区分)に分けられました。

 〈(一)山の頂上と頂上を結ぶ、いちばん高いところのつらなり。稜(リョウ)線。「―道」(二)頂上から ふもとへつづく、同じ形の部分。(←→沢)〉

 「尾根」に2つの意味を認めたことは、重要な指摘でした。ただ、最後の〈……同じ形の部分。〉という説明のしかたは、いささか不十分でした。今回の第六版の改訂に際して、「意味がよく分からない」として、ブランチを削除する案も出たほどです。でも、どうやら「尾根2」のことらしいと見当がついたため、語釈を修正することになりました。

 複雑な地形を要領よく説明するのは、なかなかむずかしいものです。最初の原稿では〈頂上から ふもとへ いくすじも のびている、屋根のような部分。〉としました。でも、「屋根」ではイメージが湧かないという意見があり、没になりました。最終的には、

 〈頂上から ふもとへのびる いくすじもの山ひだの、高い部分。〉

として、決着がつきました。「尾根2」の様子をイメージしてもらえるでしょうか。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

2009年 1月 28日