2009年 2月 のアーカイブ

地域語の経済と社会 第37回

2009年 2月 28日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第37回「観光歓迎方言 東日本編」

 観光客を歓迎する標語には、各地の方言の「いらっしゃい」が使われています。西日本各地の例を第32回にあげました。第34回で、滋賀県長浜市の広報誌の「きゃんせ」が出ています。

 以下に東日本の実例をあげます。「おいで」系の表現が全国に広がっているので、黄色にしてみました。

(画像はクリックで拡大します)
【写真1 にいがた、来なれて】
【写真1 にいがた、来なれて】

中部 最近JRのポスターで「にいがた 来なれて」【写真1】というのを見つけました。「きなれ」と読みます。以下の例も「来る」を活用させています。「冬の新潟へ雪を見にこらっしゃい」、「パノラマキトキト富山に来られ」(こられと読みます)、「信州長和町へ きなんし」。

関東 関東地方は、東京と似た言い方になるので方言の活用には不利です。JRポスターの「おいでよ房総」は方言とは受け取られないでしょう。方言らしい言い方では「来らっせ宇都宮」が頑張っています。読み方は2種類あります。商工会議所直営の「おいしい餃子とふるさと情報館」は”来(き)らっせ”です。市内の店では「きらっせ」「こらっせ」両方の振りがながついています。本来の栃木方言なら「きらっせ」です。

【写真2 よぐおでんした】
【写真2 よぐおでんした】

東北 東北地方はことばが変わっていますから、意味が通じないかもしれません。

 「おでんせ」は岩手県の盛岡・遠野・宮古などでたくさん見られます(第36回参照)。民話のふるさと、遠野では「よーぐおでんすたなす」ともっと丁寧に迎えてくれます(第31回参照)。

 盛岡駅前では【写真2】、「よぐおでんした」が、外国語(英語、中国語簡体字・繁体字、韓国語、ドイツ語、フランス語、スペイン語)と対等に並んでいます。かつては標準語の下に位置づけられ、撲滅の対象にされた東北方言が、華々しく国際舞台に踊り出たわけです。

【写真3 来さまい】
【写真3 来さまい】

 「かさまい」は、青森県下北半島、むつ市のパンフレットで使われていました【写真3】。「来さまい」と書いて「か」と振り仮名を付けていますが、よその人には意味が通じないでしょう。

アイヌ語 なお北海道の一部の観光施設には、アイヌ語で「イランカラテ」と書いてあります。アイヌ語は日本語とは別系統の言語です。実用に供されることはほとんどなかったのですが、観光用に生命力を得たわけです。

 「有名な観光地のない県では、方言で売り込むしかない」という説をたてようとしたのですが、京都のような例外があって、うまく行きません。

 ところで、インターネットで検索したら、貴重な情報がありました。

 「Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜」「第130夜 キャッチフレーズに見る方言」です。そのうち「歓迎の方言」を探したら。次が見つかりました。

青森県 むつ市 来さまい、見さまい、あがさまい
新潟県 岩室村(現:新潟市) よりなれ!いわむろ
富山県 福岡町(現:高岡市) またこられ
滋賀県 野洲町(現:野洲市) おいで野洲!いいところ
島根県 西郷町(現:隠岐の島町) ござんせ隠岐へ
島根県 美都町(現:益田市) きんさい
島根県 弥栄村(現:浜田市) きんさい

 色々なルートをたどると、もっと見つかりそうです。きっと道路沿いの看板でも使われているでしょう。まだまだ不十分な資料ですから、情報をいただけたら幸いです。

* * *

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。
著書に『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)、『日本語は年速一キロで動く』(講談社現代新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『デジタル社会の日本語作法』(岩波書店)、『言語楽さんぽ』『社会方言学論考―新方言の基盤』(ともに明治書院)などがある。 

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

人名用漢字の新字旧字:「餅」と「餠」

2009年 2月 26日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

」と「餠」

新字の「」と旧字の「餠」の関係は複雑です。へんの部分を新字旧字のどちらにするか、つくりの部分を新字旧字のどちらにするかで、合計4種類の組み合わせが考えられます。つまり、へんもつくりも新字の「」、へんが旧字でつくりが新字(いわば旧新字)の「」、へんが新字でつくりが旧字(いわば新旧字)の「」、へんもつくりも旧字の「餠」、の4種類がありえるのです。

030mochi-new.png030mochi-old.png

これら4種類のうち、子供の名づけに使えるのは、へんが旧字でつくりが新字(いわば旧新字)の「」だけ。他の3種類は子供の名づけに使えません。新字の「」でも旧字の「餠」でもなく、いわば旧新字の「」だけが、出生届に書いてOKなのです。どうしてそんなことになってしまったのでしょう。

平成12年12月8日、国語審議会は表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体が収録されていました。この中に、旧新字の「」が含まれていました。というのも、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査では、新字の「」は4回、旧新字の「」は1206回、新旧字の「」は0回、旧字の「餠」は5回という出現頻度だったからです。この調査結果にもとづき、印刷物には旧新字の「」を用いる方が望ましい、と、国語審議会は文部大臣に答申したのです。

当時最新の漢字コード規格JIS X 0213 (平成12年1月20日制定)には、第1水準漢字に新字の「」が、第2水準漢字に旧字の「餠」が掲載されていました。文化庁は、漢字コード規格に表外漢字字体表を反映させるよう経済産業省にはたらきかけ、経済産業省は平成13年5月22日、日本規格協会情報技術標準化研究センターのもとでJCS委員会を発足させました。JCS委員会はJIS X 0213に対し、168字の字形変更と10字の漢字追加を決定し、それにもとづいて、平成16年2月20日にJIS X 0213は改正されました。改正後のJIS X 0213には、新字の「」の代わりに、旧新字の「」が第1水準漢字に掲載されていました。旧字の「餠」は、そのまま第2水準漢字に残されました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、1ヶ月前に改正されたばかりのJIS X 0213、文化庁がおこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧新字の「」は、JIS X 0213の第1水準漢字で、出現頻度が1206回でしたから、文句なしに人名用漢字の追加候補となりました。旧字の「餠」は、JIS X 0213の第2水準漢字で、出現頻度が5回しかなかったため、人名用漢字の追加候補になれませんでした。新字の「」や新旧字の「」は、JIS X 0213には掲載されていなかったので、審議の対象にすらなりませんでした。

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を、法務大臣に答申しました。この488字の中に、旧新字の「」は含まれていましたが、新字の「」も新旧字の「」も旧字の「餠」も含まれていませんでした。3週間後の9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧新字の「」は人名用漢字になりましたが、他の3種類は人名用漢字になれませんでした。ちなみに、文化審議会が先月1月29日に承認した「新常用漢字表(仮称)」に関する試案では、旧新字の「」が新たに常用漢字に追加される予定となっています。その時、他の3種類はどうなるんでしょうね。


【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。

『三省堂国語辞典』のすすめ その56

2009年 2月 25日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

ジュークボックスでCDを?

【ぶどう酒? ワイン?】
【ぶどう酒? ワイン?】

 『三省堂国語辞典 第六版』のための改訂作業は、この辞書全体に及んでいます。約4千語を追加したほか、記述を改めた箇所は1万を超えました。この中には、説明のことばが古く感じられるため、修正を加えたものがあります。

 たとえば、「シェリー」という語は、旧版では次のように記述していました。

 〈シェリー(名)〔sherry〕スペインで できる白ぶどう酒。〉

 このうち、〈白ぶどう酒〉のあたりが引っかかります。今日、「ぶどう酒」と言う人は少なくなり、多くの人は「ワイン」と言います。そこで、今回は、説明文中にある「ぶどう酒」は、原則として「ワイン」に変更しました。

【今や「レコード」は…】
【今や「レコード」は…】

 また、「レコード」ということばは、旧版までは、説明や用例の文中でよく使われましたが、今日では変更したい部分が多くなりました。たとえば、「ジャケット」の説明は、旧版では〈本・レコードの、おおい。〉となっていましたが、第六版では〈本・CDなどの、おおい。〉に変えました。

 こういった作業は、「レコード→CD」というように、機械的に変換すれば済むものではありません。ひとつひとつについて、変更していいかどうか判断する必要があります。

 「初版」ということばの場合、旧版では次のようになっていました。

 〈しょ はん[初版](名)〔書籍(ショセキ)・画集・レコードなどの〕最初の版。〉

 この「レコード」は「CD」に変えてもいいでしょうか。CDの「初版」というのはあまり聞きません。でも、新聞記事などに例がないわけでもありません。

 〈〔そろばんの歌のCDとDVDが〕初版は1500枚。大奈さんは「控えめに」とそろばんをはじくことはせず、そろばん文化の継承を願う。〉(『朝日新聞』2006.5.24 p.39)

【レコードをかける機械】
【レコードをかける機械】

 このような例を確認した上で、第六版では「レコード」を「CD」に変えました。

 一方、「レコード」をそのまま残した説明文もあります。たとえば、「ジュークボックス」は、旧版では〈おかねを入れ、ボタンをおすと指定したレコードが自動的に かかる機械。〉とありましたが、変更しませんでした。CDを演奏するジュークボックスもあるそうですが、ことばにともなう時代感覚を表現するためには、ジュークボックスは「レコード」をかける機械と説明したほうがいいでしょう。

* * *

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

近刊案内(2009年3月)

2009年 2月 24日 火曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部
三省堂の辞書・事典、2009年3月に出版が予定されているものは…

デイリーコンサイス英和辞典 第8版

三省堂編修所 編
B7変型判 800ページ ¥1,785 ISBN 978-4-385-10873-5
【中型版】B6変型判 ¥2,205 ISBN 978-4-385-10874-2

ハンディー英和のトップセラーとして最も信頼されてきたデイリー英和の最新改訂版。社会の変化とともに増え続ける語彙を各分野から補充して約85,000項目収録。携帯版英和の中で群を抜く見やすい紙面。学習にビジネスに、海外旅行に実用性の高い必携書。2色刷。
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デイリーコンサイス和英辞典 第7版

三省堂編修所 編
B7変型判 672ページ ¥1,785 ISBN 978-4-385-10883-4
【中型版】B6変型判 ¥2,205 ISBN 978-4-385-10884-1

英和とともに定評あるデイリー和英の最新改訂版。政治・経済から科学技術まで、社会生活の各分野から語彙を補充し、最新の現代用語約78,000項目を収録。見やすい紙面、的確・簡潔な訳語。学習に、ビジネスに、海外旅行に最適。実用的な巻末付録。2色刷。
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デイリーコンサイス英和・和英辞典 第7版

三省堂編修所 編
B7変型判 1,472ページ ¥3,045 ISBN 978-4-385-10893-3
【革装】B7変型判 ¥3,990 ISBN 978-4-385-10894-0
【中型版】B6変型判 ¥4,200 ISBN 978-4-385-10895-7

優れた携帯性、おしゃれな造本、高い信頼性で定評あるデイリー英和・和英の改訂版を一冊にした合本。携帯版の中で群を抜く見やすさ。英和・和英あわせて163,000項目収録。学習にも、オフィスにも海外旅行にも最適。いつも手もとに置きたい心強い味方。2色刷。
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UNIX によるコーパスデータの処理 (4)

2009年 2月 24日 火曜日 筆者: 阪上 辰也

学習者コーパス入門 第20回

今回は、前回に引き続き、「grep」コマンドのオプションを利用した発展的な使い方を紹介します。

検索した文字列を含む行を表示させるのが、「grep」コマンドの機能でした。前回は、行数をカウントする「c オプション」と、大文字と小文字を区別せずに検索できる「i オプション」の2つを紹介しましたが、今回は、前回の2つのオプションの復習を交えながら、もう1つ新しいオプションを紹介します。

今回紹介するオプションは、多数の正規表現を利用可能にする「E オプション」です。単純に grep コマンドを実行しただけでは、複雑な正規表現を使うことができません。たとえば、動詞の go とその変化形(went と gone)をまとめて検索するというケースを考えてみましょう。正規表現としては、「\b(go|went|gone)\b」と指定することで、3つの表現をまとめてマッチさせることができます。なお、「\b」は、語の境界を示す正規表現です。この「\b」を入れておかないと、ago や good など、目的とは違う表現が混ざってしまいます。

これまでに使用してきたサクラエディタでは、この正規表現を指定するだけで、目的の表現にマッチさせることができますが、grep コマンドを実行する際には、これらの正規表現を入力するしてもマッチさせることはできません。正規表現が使えるようにするために使うのが、「E オプション」です。この E オプションを付けることで、使える正規表現の種類が「拡張」されますので、「Extend の E」と覚えておくとよいでしょう。

それでは、ターミナルを起動し、NICE の学習者の作文データがあるディレクトリ(フォルダ)へと移動した上で、以下のコマンドをターミナルの画面に入力します。なお、オプションは、コマンドと検索文字列の間に、ハイフン付けて入力します。

grep -E “\b(go|went|gone)\b” *.txt [Enter キーを押す](※)

結果として、コマンドを入力した次の行以降から、go とその変化形を含む行が表示されているはずです。試しに、E オプションをつけない状態で grep コマンドを実行しても、何も結果が表示されないということも確認してみてください。厳密には、一言で grep と言っても、複数の種類がありますので、利用しているシステムよって、使えるようになる正規表現は異なります。

ここで、前回の復習もかねて、複数のオプションを同時に指定してみましょう。go とその変化形を対象として、大文字と小文字を区別することなく検索した場合に、各ファイルにどれほどの頻度で出現するかを確かめてみます。それでは、i オプションと c オプションを同時に指定した以下のコマンドを入力してください。

grep -Eic “\b(go|went|gone)\b” *.txt [Enter キーを押す]

Enter キーを押すとすぐ、検索結果として、JPN001.txt:0、JPN002.txt:2、JPN003.txt:0 のように「JPNxxx.txt:数値」という形で、どのファイルに、どれほどの頻度で go とその変化形が出現していたかを確認することができます。

ただし、この検索結果には、母語話者による添削文に含まれる go とその変化形も含まれていますから、学習者が書いた文だけを対象にこのコマンドを実施する必要があります。第10回で紹介した処理を行ってから、上記のコマンドを実行することもできますが、grep コマンドを「連続して実行する」ことによって、より簡単に学習者の文だけを対象にして検索を実行することができます。

次回も、「grep」コマンドのオプションを交えながら、効率的なデータ検索を紹介します。


▼お知らせ
2008年10月4日に、学習者コーパス「NICE」の正式版を公開しました。無償で利用可能で、特別な手続きは必要ありませんので、ぜひ研究調査にご利用ください。詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。


■筆者プロフィール
阪上辰也(さかうえ・たつや)
名古屋大学大学院 国際開発研究科 特任助教。
専門は、コンピュータを利用した外国語教育。
ウェブサイトは、sakauetatsuya.net


※編集部注
当サイト上ではいわゆる全角の引用符が表示されますが、実際の作業ではいずれもいわゆる半角の引用符を入力します。

耳の文化と目の文化(11)-視覚的な特性(4)

2009年 2月 23日 月曜日 筆者: 新田 春夫

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(40)

küssen [kʏsən]「キスをする」、wollen [vɔlən]「…するつもりである」、können [kœnən]「…できる」などにおける二重子音はもともとは子音1個の2倍の長さをもつことを表しており、子音と子音の間には音節の切れ目があった。従って、これらの語が1音節になったときは子音はひとつで表記されていた。しかし、近世になって二重子音は前の母音が短いことを表す記号になり、上記の例の発音記号を見ればわかるように子音の長さも1個分にしか発音されなくなったが、1音節の語になったときも子音を重ねてもとの語との同一であることを表示するようになった:Kuss「キス」, will(直説法現在1・3人称単数形)、 kann(直説法現在1・3人称単数形)。

従来、合成語において子音が3つ重なったときは発音どおりに子音2つで表記されていたが、新正書法では語の構成どおりに書くこととなった:Schifffahrt [ʃɪffa:rt]「船の航行」、Balletttänzer[balɛttɛntsɐ]「バレーダンサー」、Stillleben [stɪlle:bən]「静物」。また、前の母音が長いことを表す無声のhの後に接尾辞-heitがきたときもhを省略しないこととなった: Rohheit [ro:haɪt]「粗野なこと」(< roh [ro:]「粗野な」)。

語源的連関を示す個別的な例もある:vier「4」の母音は単独では[fi:ɐ]と長いが、vierzehn「14」, vierzig「40」となると[fɪrtse:n]、[fɪrtsɪç]と短母音になるが、もとのとおり長音の[i:]を表すieと表記されている。また、Zierat [tsi:ra:t]「飾りもの」は中世語ではzieren「飾る」の動詞語幹に接尾辞-otをつけた派生語であったが、Vorrat「蓄え」、Hausrat 「家財道具」などのにおける-rat「備品、用具」との連想により、Zier-ratと解釈され、発音も[zi:ɐra:t]となった。更に、nummerieren [nʊməri:rən]「番号をつける」、platzieren [platsi:rən]「配置する」などはラテン語、フランス語からの外来語であり、原語ではそれぞれnumero, placerであるから、ドイツ語でもnumerieren、 plazierenでよいのであろうが、ドイツ語では名詞をNummer, Platzと表記するために、新正書法ではこれとの関連を示して上記のように書くこととなった。

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【筆者プロフィール】
新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員

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【編集部から】
「耳の文化と目の文化」をまとめて読むにはこちらです。

2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

日本語社会 のぞきキャラくり 第27回 常識言語学を超えて

2009年 2月 22日 日曜日 筆者: 定延 利之

常識言語学を超えて

 「タートルネック」や「ハイネック」のことを「トックリ」と言う。「けっきょく」と言えばいいところで「要するに」と言う。どうかすると「畢竟(ひっきょう)」と言う。しまいには「生存還付給付金付きの終身医療保険が……」みたいなことまで口走る――こんなことはみな『子供』にはできない。流行遅れのことばづかい、古くさいことばづかい、小難しいことばづかいは『大人』の専売特許である。というのは、そもそも『大人』というものは、とかく流行遅れで古くさく、小難しいことを言いたがる(あるいは言わねばならない)ものだからである。

 そういえば、「あなたも体に気をつけて」のような相手を気遣う儀礼的なことばづかいも、『大人』の技であった(第22回)。これもやはり、『大人』というものが相手を気遣うものだからである。これらは今さら言い立てるほどのこともない、常識に属する事柄だろう。

 だが、『大人』の物言いは、こうした「そもそも『大人』とはこれこれこのようなものだからこういうことばをしゃべるのだ」といった「常識言語学」でとらえ尽くせるものではない。このことの一部は、すでに見てきたことでもある。

 たとえば、「ふーん」「へぇ」と違って、「はぁ」「ほぅ」は『大人』の物言いである(第23回)。このことを「そもそも『大人』とはこうしたものだ」という常識から説明する見通しなど、立ちはしないだろう。

 またたとえば、上昇調の「あら」と違って下降調の「あら」は『マダム』、つまり一種の『大人』の物言いである(第26回)。このことも、常識的な『大人』論あるいは『マダム』論では説明しきれないだろう。

 

 「田中さん、佐藤さん、鈴木さん、山田さん、……」と言えばいいところでいちいち「と」をはさみ、「田中さんとぉ、佐藤さんとぉ、鈴木さんとぉ、山田さんとぉ、……」などと細切れにして言う(特に戻し付きの末尾上げ(第14回参照)で、「と」をことさら高く言い「ぉ」で下げて戻す)のは、『子供』のしゃべり方だと思われている。そしてそのことは、「とかく『子供』というものは考えを十分まとめないうちにしゃべり始めてしまい、しゃべりながら考えていくものだ」といった常識でかんたんに説明できそうに思える。“A, B, C, D, …”と言えばいいところでいちいち“and”をはさみ、“A, and B, and C, and D, …”と言うのが子供っぽい、という英語の事情にも思い当たれば、この説明はもうすっかり確かなものに見えてくるかもしれない。

 だが、忘れてはならないのは「留守の間に田中さんだっけ、人が来たよ」「男の人が8人だったか、荷物を届けに来た」のような物言いである。留守中に来た人物が誰であるか、荷物を届けに来た男が何人だったかを詳しく思い出さないまましゃべり始めてしまい、途中で考えていくこの言い方は、『子供』のものではなく、『大人』の技である。

 つまり「考えを十分まとめずにしゃべり始める」という行動には実は、『子供』の稚拙なものとは別に、それなりに余裕を持った『大人』の弛緩したものがある。両者は現れる構文が違っており、『子供』のそれは、たとえば「田中さんとぉ、佐藤さんとぉ、鈴木さんとぉ、山田さんとぉ、……」のような並列構文に現れるが、『大人』のそれは文中の「田中さんだっけ」「8人だったか」のような挿入構文に現れる。

 さらに言えば、『子供』は「留守の間に田中さんだっけ、人が来たよ」のような挿入構文はしゃべらないものの、たとえば家庭内でだらけ弛緩して「まぁだ食べてぬぁいのだぁあ」のようにしゃべることはめずらしくない。弛緩にもいろいろ種類があるわけである。一方、「田中さんとぉ、佐藤さんとぉ、……」のような並列構文はしゃべるとはいっても、「田中さんとだ、佐藤さんとだ、……」のように「だ」付きの並列構文はしゃべらない(それは『おやじ』という『大人』の技である)。こういうことは、「とかく『子供』は考えを十分まとめずにしゃべり始めるもの」といった常識だけで片付けられる問題ではない。

 必要なのは、「並列構文とはどういう構文か?」「「だ」付きの並列とはどういうものなのか?」「挿入構文とはどういう構文か? それはどういう意味で「弛緩」しており、それは「まぁだ食べてぬぁいのだぁあ」の「弛緩」ぶりと、どう違っているのか?」、そして「ここで『子供』と呼んでいるキャラクタ、『大人』と呼んでいるキャラクタは、実はそれぞれ何者なのか?」といった、常識を超えた問い直しである。ことばづかいを手がかりに、構文とキャラクタの双方に対する理解を「常識」レベルから深めていくこと、研究の醍醐味はまさにここにある。

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◇この連載の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

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【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

地域語の経済と社会 第36回

2009年 2月 21日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第36回「観光の方言メッセージの基本型」


【写真1 山口県観光協会,不滅の大見出し】
(クリックで全体を表示)

【写真2 基本型,東日本も基本型】
(クリックで全体を表示)

【写真3 夏らしさの演出も(岩手県盛岡市)】
(クリックで拡大)

【写真4 「来られ」は「いらっしゃい」の意】
(クリックで全体を表示)

【写真5 八丈島と都営地下鉄】
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【写真6 リピーターになってください】
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 第31回は復習でしたが,そのなかで「方言メッセージ」の《方向》について珍しい例も出して説明しました。

 そのときに,「よーぐおでんしたなす 民話のふるさと遠野さ」(第31回の「写真3」)は,観光の「方言メッセージの基本型」,と解説しました。

 そうなのです。観光の方言メッセージには,一定の『型』があるのです。「いらっしゃいませ」もしくは「いらっしゃいました」の意の方言と,「地名」または「地名+『-へ』の方言」で構成されるのが基本の型です。

 続く第32回(井上先生ご担当)では,西日本各地の例で,これをメインテーマにしていただきました。

 第32回のとおり,「おいでませ山口へ」が観光の方言メッセージの原型です。今でもこれは,山口県観光協会の不滅の大見出しとして使われています【写真1】。

 東日本でもこの構成が基本型です【写真2】。第31回「写真3」の「よーぐおでんしたなす 民話のふるさと遠野さ」は,「よーぐ」や土地のキャッチフレーズを地名の前に付けるなど,少し足されていますが,根幹の構成は基本型です。

 前半部は,「誘致」では「いらっしゃいませ」の方言,「歓迎」では「いらっしゃいました」の方言と,少し表現が異なりますね。地名以降の部分がないのも基本型の一種です【写真3】。

 さらに,「いらっしゃいませ」の部分と地名の順序が逆になった例もあります【写真4】。「逆」と言っても,元の「おいでませ 山口へ」が倒置法を使っているので,日本語の普通の語順にしただけですね。

 東京発信のものもあります【写真5】。東京都交通局が都営地下鉄の駅に出している広告で,メッセージ自体は全くの基本型です。ただし,二重の意味を持たせたちょっと珍しい例です。訪れてほしい観光地は伊豆の八丈島なのですが,広告主の東京都交通局にはもう一つの目的,羽田空港への都営地下鉄の利用促進があります。

 基本型の変種の中でも珍しい例が【写真6】です。誘致でも歓迎でもなく,来て帰ろうとするお客にリピーターになってくれることを希望したメッセージです。~この左側に「民話のふるさと」のキャッチフレーズもあるのですが,今の季節は雪で隠れています。桜が咲くころには見えるようになるでしょう~

 ところで,観光の方言メッセージには,他の構成型もあります。私の担当の次回=第41回では,それらの話を準備しています。今回のような基本型をもとに,他の内容を多く加えたものがあります。「よぐ来たなはん ついでに、あちこちよく見でくなんせ」(よくいらっしゃいました。この機会にあちこちよく見てくださいな)などです。『応用型』と呼びましょう。さらに,「いらっしゃい」も地名も入っていず,基本型とは,根本的な組み立てが異なるものもあります。「温泉さ入つて心もからだもぬぐだまつぺえす」(温泉に入って心も体も温まりましょう)などです。『発展型』と呼びましょう。第41回もお楽しみに。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 准教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,諸方言の形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

【例解小学国語辞典】メディアでの紹介

2009年 2月 20日 金曜日 筆者: ogm
好評の『三省堂 例解小学国語辞典 第四版』★総ルビになってますます人気!
内容は最大級。いちばん軽くて使いやすい。
『三省堂 例解小学国語辞典 第四版』が取り上げられています★

 小学生にとって身近なことばはもちろん、学習に必要な語もしっかり解説。総ルビになってますます好評をいただいている『三省堂 例解小学国語辞典 第四版』。内容はボリュームいっぱいなのに、小学生向け国語辞典のなかでいちばん軽い。本文は教科書とおなじように子どもに配慮し書き文字に近い教科書体を採用。いちばんことばに興味があるときに、その要望に応えるようなコラムが盛りだくさん。自主学習にも最適な辞典です。

☆『三省堂 例解小学国語辞典 第四版』これまでのメディアでの紹介☆

この刊行を記念して、辞書引き学習の提唱者として著名な深谷圭助先生みずから指導してくださる「辞書引き学習体験会」もおこないました。
詳しくは⇒立命館小学校校長・深谷圭助先生の「辞書引き学習」体験会のご紹介をご覧ください。

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このウェブサイトにて、深谷先生のインタビューを掲載しています。以下をご覧ください。
 ⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《前編》
 ⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《後編》

編集部で立命館小へうかがいました。以下に訪問記を掲載しています。
 ⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記1
 ⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記2

『三省堂 例解小学国語辞典 第四版』の概要

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◆編集部による関連記事◆

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 ⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記1
 ⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記2

漢字の現在:中国での「成績」、そして漢字圏全体の比較

2009年 2月 19日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第32回 中国での「成績」、そして漢字圏全体の比較

 中国では、成績表には試験などの点数(素点)が示されるそうだ。それを5段階にすれば、100~90点は「優秀」(优秀)、89~80点は「良好」、 79~70点は「中等」、69~60点は「及格」、60点未満は「不及格」と分けるのだという。中国でも、大学の卒業論文の成績では、それらの熟語の中から、最初の漢字1字を抜き出して、「優」「良」「中」「及」と表記されていた、と中国から来た院生たちは思い出して語る。

 この成績の分け方にはもう1つ、成績の分類に「中」がない場合もあるそうだ。そこでは、「優」100点~85点、「良」84点~70点、「及」69点~60点となる。「中」があるかどうかによって「優」などの範囲が変わるため、紛らわしい。ほかに85点以上を「優良」と称し、成績が「優良」であることが条件とされる申請事項も、よくあるのだそうだ。

 さて、ここまで3回(第30回第31回)にわたって漢字圏各国の成績評価について眺めてきた。香港、台湾、北朝鮮なども気になるところだが、それはまた機会があったら調べて加えてみたい。以上のことがらを、日本式の漢字字体によってまとめてみると、次の表のようになる。

 

国別成績の表示法  *括弧内は固有語を訳したもの。ベトナムは、点数の切り方に合わせて配置をずらしてある。
国名\点数 100~90 89~80 79~70 69~60 60~ 40~
中国 不及格
日本 不可
韓国
ベトナム (賢) (可) 中平 (弱)中平 (劣)

 前回記したように、韓国の「美」は他には見られない。なお、「美」という漢語は、中国、韓国そしてベトナムではアメリカのことをも指す。日本では「米」がアメリカを指す略語として頻用され、新聞で「こめ」をカタカナの「コメ」へと追いやった。日本の「米」は、中国での古い訳が残ったもので、異彩を放っている。

 上の表では、中国では「中」を含む方式を取り上げた。そこでは90点以上が「優」であるため、単純に見たならば、日韓はインフレ気味だ。点数ごとにそれらしい意味を有する漢字1字ないし漢語1語で評価が出ることが共通しているだけに、ズレがややこしい。また表のように、中国と韓国とでは「良」の点差は平均で20点程度、最大では29点に及んでしまう。

 そして何よりのこととして、前述のとおり、「可」は、ベトナムでは84点(さらに小学校ならば90点近く)でもそれが付けられるのだが、韓国ではそれが実に落第点となるのであったのだ。「良」や「可」ばかり取っているお嬢さんは、良家のお嬢さまで良いお嫁さんになれる、という皮肉の表現も行われているそうだ。「良可(ヤンガー)」は「良家(ヤンガ)」(日本語ではリョウカよりリョウケと読むことが多い)とハングルでは一緒となる。韓国からの留学生によると、「良家ジプ(家の意の固有語)閨秀(キュス)」と称するのだという。

 「可」や「可也・かなり」という語が、中国古典では「よい」、「まあよろしい」といった意味をもっていて、日本でもそれを受け、「一応の程度まではいっているとみなす」という意味、そこから派生した、「相当な」という意味を有するいう状況に、「可」の点数の幅は関連するのであろう。

 しかし、韓国でも、成績は「A+」「A0」「A-」「B+」「B0」「B-」などローマ字と数字や記号による表示に変わってきたようだ。ベトナムのように固有語で表示しようとすれば、単音節になるとは限らないため、必ずしも1字では記せなくなるところであった。日本でも同様に、たとえば早大では成績通知書だけでなく、成績証明書も同様のローマ字表示となってきた。在学生も、知識として知っているが、漢字での表記は実際には見たことがない、というものばかりになってきた。学生からは、「なんで「D」判定だったんですか?」など、メール等で問い合わせが寄せられ、それに回答するという制度までできてきた。

 成績における「優」「良」「可」のたぐいは善くも悪しくも漢字の表意性を利用し、成績情報を凝縮させた表示であり、実際の成績より、よく見せる働きもあったようにも思われる。「国際化」の大きな流れの中で、それらは漢字圏において互いに共通性と不一致とを抱えたまま、過去のものへとなりつつあるようだ。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「漢字を手放した国々の「成績」」でした。

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『三省堂国語辞典』のすすめ その55

2009年 2月 18日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

あーあ、ああん? あーんあん。

【ンーン……】
【ンーン……】

 『三省堂国語辞典』の主幹だった見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、「国語辞書の最後に来る項目」は何であるべきかについて、突きつめて考えていました。

 辞書によって、最後の項目は「んとする」「んば」「んぼう」などいろいろですが、見坊が『三国』の最後に据えたのは「んんん」でした。〈ひどく ことばに つまったり、感心したときなどの声〉、つまり「うーん」と同様のことばです。また、主に女性が〈打ち消しの気持ちをあらわす〉声、つまり「ううん」と同様のことばでもあります。

 ただのうめき声ではないか、と思う人もいるかもしれませんが、一定の語形、一定の意味を持っている以上は、「んんん」も立派な日本語です。しかも、現代語としてふつうに使われます。この語を『三国』に採用した見坊の考え方には敬服します。

 では、ここで、辞書の最初のほうを開いてみましょう。一番最初の項目は、もちろん「あ」です。どの辞書も、「亜流」の「亜」などのことばが来ています。でも、その近くに抜けていることばはないでしょうか。「んんん」という感動詞を載せるならば、「あああ」という感動詞もあってよさそうです。

【あーあ……】
【あーあ……】

 〈疲労感とも、虚脱感とも異なる、何ともいえず落ち着かない、ふわふわとした気分が広がっていく。/あーあ、だ。〉〔乃南アサ・風の墓碑銘 49〕(『週刊新潮』2006.6.1 p.82)

 「あああ」は、単なる「ああ」とは異なります。2番めの音を下げ、3番めの音を上げて、〈いやなことが・ずっと続く(やっと終わった)〉という気持ちや、〈どうしようもない〉という気持ちを表現します。単に口から漏れる音ではなく、これも立派な日本語です。今回の第六版で、新規項目として採用しました。〈あああ[あーあ](感)〉と表示して、通常は「あーあ」の形で表記されることを示しました。

【ああん……】
【ああん……】

 「あああ」の近くに、もうひとつの感動詞を採用しました。「ああん」です。困ったときに「ああん、どうしよう」などと使う以外に、尻上がりの口調で「分かったか、ああん?」のようにも使います。さらには、副詞やサ変動詞として「ああんと泣いた」「口をアーンする」という使い方もあり、日常欠かすことのできないことばです。

 こういった単純な感動詞のたぐいは、「ことば」として私たちの意識に上りにくいものです。でも、日本語の大切な構成員であり、辞書の中にきちんと位置づけたいと考えます。

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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