« 『三省堂国語辞典』のすすめ その55 - 【例解小学国語辞典】メディアでの紹介 »

漢字の現在:中国での「成績」、そして漢字圏全体の比較

2009年 2月 19日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第32回 中国での「成績」、そして漢字圏全体の比較

 中国では、成績表には試験などの点数(素点)が示されるそうだ。それを5段階にすれば、100~90点は「優秀」(优秀)、89~80点は「良好」、 79~70点は「中等」、69~60点は「及格」、60点未満は「不及格」と分けるのだという。中国でも、大学の卒業論文の成績では、それらの熟語の中から、最初の漢字1字を抜き出して、「優」「良」「中」「及」と表記されていた、と中国から来た院生たちは思い出して語る。

 この成績の分け方にはもう1つ、成績の分類に「中」がない場合もあるそうだ。そこでは、「優」100点~85点、「良」84点~70点、「及」69点~60点となる。「中」があるかどうかによって「優」などの範囲が変わるため、紛らわしい。ほかに85点以上を「優良」と称し、成績が「優良」であることが条件とされる申請事項も、よくあるのだそうだ。

 さて、ここまで3回(第30回第31回)にわたって漢字圏各国の成績評価について眺めてきた。香港、台湾、北朝鮮なども気になるところだが、それはまた機会があったら調べて加えてみたい。以上のことがらを、日本式の漢字字体によってまとめてみると、次の表のようになる。

 

国別成績の表示法  *括弧内は固有語を訳したもの。ベトナムは、点数の切り方に合わせて配置をずらしてある。
国名\点数 100~90 89~80 79~70 69~60 60~ 40~
中国 不及格
日本 不可
韓国
ベトナム (賢) (可) 中平 (弱)中平 (劣)

 前回記したように、韓国の「美」は他には見られない。なお、「美」という漢語は、中国、韓国そしてベトナムではアメリカのことをも指す。日本では「米」がアメリカを指す略語として頻用され、新聞で「こめ」をカタカナの「コメ」へと追いやった。日本の「米」は、中国での古い訳が残ったもので、異彩を放っている。

 上の表では、中国では「中」を含む方式を取り上げた。そこでは90点以上が「優」であるため、単純に見たならば、日韓はインフレ気味だ。点数ごとにそれらしい意味を有する漢字1字ないし漢語1語で評価が出ることが共通しているだけに、ズレがややこしい。また表のように、中国と韓国とでは「良」の点差は平均で20点程度、最大では29点に及んでしまう。

 そして何よりのこととして、前述のとおり、「可」は、ベトナムでは84点(さらに小学校ならば90点近く)でもそれが付けられるのだが、韓国ではそれが実に落第点となるのであったのだ。「良」や「可」ばかり取っているお嬢さんは、良家のお嬢さまで良いお嫁さんになれる、という皮肉の表現も行われているそうだ。「良可(ヤンガー)」は「良家(ヤンガ)」(日本語ではリョウカよりリョウケと読むことが多い)とハングルでは一緒となる。韓国からの留学生によると、「良家ジプ(家の意の固有語)閨秀(キュス)」と称するのだという。

 「可」や「可也・かなり」という語が、中国古典では「よい」、「まあよろしい」といった意味をもっていて、日本でもそれを受け、「一応の程度まではいっているとみなす」という意味、そこから派生した、「相当な」という意味を有するいう状況に、「可」の点数の幅は関連するのであろう。

 しかし、韓国でも、成績は「A+」「A0」「A-」「B+」「B0」「B-」などローマ字と数字や記号による表示に変わってきたようだ。ベトナムのように固有語で表示しようとすれば、単音節になるとは限らないため、必ずしも1字では記せなくなるところであった。日本でも同様に、たとえば早大では成績通知書だけでなく、成績証明書も同様のローマ字表示となってきた。在学生も、知識として知っているが、漢字での表記は実際には見たことがない、というものばかりになってきた。学生からは、「なんで「D」判定だったんですか?」など、メール等で問い合わせが寄せられ、それに回答するという制度までできてきた。

 成績における「優」「良」「可」のたぐいは善くも悪しくも漢字の表意性を利用し、成績情報を凝縮させた表示であり、実際の成績より、よく見せる働きもあったようにも思われる。「国際化」の大きな流れの中で、それらは漢字圏において互いに共通性と不一致とを抱えたまま、過去のものへとなりつつあるようだ。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「漢字の現在」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「漢字の現在」目次へ

【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

* * *

【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「漢字を手放した国々の「成績」」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

2009年 2月 19日