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地域語の経済と社会 第37回

2009年 2月 28日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第37回「観光歓迎方言 東日本編」

 観光客を歓迎する標語には、各地の方言の「いらっしゃい」が使われています。西日本各地の例を第32回にあげました。第34回で、滋賀県長浜市の広報誌の「きゃんせ」が出ています。

 以下に東日本の実例をあげます。「おいで」系の表現が全国に広がっているので、黄色にしてみました。

(画像はクリックで拡大します)
【写真1 にいがた、来なれて】
【写真1 にいがた、来なれて】

中部 最近JRのポスターで「にいがた 来なれて」【写真1】というのを見つけました。「きなれ」と読みます。以下の例も「来る」を活用させています。「冬の新潟へ雪を見にこらっしゃい」、「パノラマキトキト富山に来られ」(こられと読みます)、「信州長和町へ きなんし」。

関東 関東地方は、東京と似た言い方になるので方言の活用には不利です。JRポスターの「おいでよ房総」は方言とは受け取られないでしょう。方言らしい言い方では「来らっせ宇都宮」が頑張っています。読み方は2種類あります。商工会議所直営の「おいしい餃子とふるさと情報館」は”来(き)らっせ”です。市内の店では「きらっせ」「こらっせ」両方の振りがながついています。本来の栃木方言なら「きらっせ」です。

【写真2 よぐおでんした】
【写真2 よぐおでんした】

東北 東北地方はことばが変わっていますから、意味が通じないかもしれません。

 「おでんせ」は岩手県の盛岡・遠野・宮古などでたくさん見られます(第36回参照)。民話のふるさと、遠野では「よーぐおでんすたなす」ともっと丁寧に迎えてくれます(第31回参照)。

 盛岡駅前では【写真2】、「よぐおでんした」が、外国語(英語、中国語簡体字・繁体字、韓国語、ドイツ語、フランス語、スペイン語)と対等に並んでいます。かつては標準語の下に位置づけられ、撲滅の対象にされた東北方言が、華々しく国際舞台に踊り出たわけです。

【写真3 来さまい】
【写真3 来さまい】

 「かさまい」は、青森県下北半島、むつ市のパンフレットで使われていました【写真3】。「来さまい」と書いて「か」と振り仮名を付けていますが、よその人には意味が通じないでしょう。

アイヌ語 なお北海道の一部の観光施設には、アイヌ語で「イランカラテ」と書いてあります。アイヌ語は日本語とは別系統の言語です。実用に供されることはほとんどなかったのですが、観光用に生命力を得たわけです。

 「有名な観光地のない県では、方言で売り込むしかない」という説をたてようとしたのですが、京都のような例外があって、うまく行きません。

 ところで、インターネットで検索したら、貴重な情報がありました。

 「Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜」「第130夜 キャッチフレーズに見る方言」です。そのうち「歓迎の方言」を探したら。次が見つかりました。

青森県 むつ市 来さまい、見さまい、あがさまい
新潟県 岩室村(現:新潟市) よりなれ!いわむろ
富山県 福岡町(現:高岡市) またこられ
滋賀県 野洲町(現:野洲市) おいで野洲!いいところ
島根県 西郷町(現:隠岐の島町) ござんせ隠岐へ
島根県 美都町(現:益田市) きんさい
島根県 弥栄村(現:浜田市) きんさい

 色々なルートをたどると、もっと見つかりそうです。きっと道路沿いの看板でも使われているでしょう。まだまだ不十分な資料ですから、情報をいただけたら幸いです。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。
著書に『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)、『日本語は年速一キロで動く』(講談社現代新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『デジタル社会の日本語作法』(岩波書店)、『言語楽さんぽ』『社会方言学論考―新方言の基盤』(ともに明治書院)などがある。 

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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2009年 2月 28日