2009年 2月 のアーカイブ
耳の文化と目の文化(10)-視覚的な特性(3)
2009年 2月 16日 月曜日 筆者: 新田 春夫クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(39)
(前回から続く)
次に語幹の同一表記がある。これについては音素表記の原則について述べた第6回で音素表記の原則に反するものとしていくつか例を挙げたが改めて少し詳しく見てみよう。
動詞、名詞、形容詞などは文法的に語形変化したり、合成語や派生語を形成したときは発音が異なることがある。しかし、それを発音通りに書いたのでは目で見たときに語と語との関連がわかりづらくなるので、同じ語源の語は語幹の表記を同じくして読者の便宜を図ろうとする。例えば、aとauのウムラウトも発音通りに書けばe, euとなるはずであるが、これも語幹の同一表記の原則によってä, äuと書かれる:Nacht [naxt]「夜」(女性単数1・4格形)、Nächte [nɛçtə](複数形)、alt [alt]「年老いた」, älter [ɛltɐ](比較級), fahren [fa:rən]「乗り物で行く」、fährst [fɛ:ɐst]「君は行く」, Haus [haʊs]「家」(中性単数1・4格形)、Häuser [hɔʏzɐ](複数形)、laufen [laʊfən]「走る」、läufst [lɔʏfst](君は走る)、 Läufer [lɔʏfɐ]「ランナー」。
有声音の子音[b,d,g]は文字b,d,gで表される。しかし、これらの音は語幹末にきたときは無声音[p,t,k]になるが、表記はあくまでb,d,gによってなされる: schreiben [ʃraɪbən]「書く」、schreibst [ʃraɪpst]「(君は)書く」、schrieb [ʃri:p](過去形)、Schreibzeug [ʃraɪptsɔʏk]「筆記用具」、Kind [kɪnt]「子供」(中性単数1・4格形)、 Kindes [kɪndəs](単数2格形)、Kinder [kɪndɐ](複数形)、kindlich [kɪntlɪç]「子供らしい」、genug [gənu:k]「十分な」、genügen [gəny:gən]「十分である」。
vで表記される[v]と[f]の交代もある:aktiv [akti:f]「活動的な」、 aktiver [akti:vɐ](比較級)、aktivieren [aktivi:rən]「活発にする」、Aktivkohle [akti:fko:lə]「活性炭」。
反対に、有声音の[z]は語幹末では無声音の[s]になるが、有声音のときも文字zで表記されることはなく、無声音のときと同じく文字sで表記される:kreisen [kraɪzən]「回転する」、kreist [kraɪst]「(ものが)回転する」、Kreisel [kraɪzəl]「独楽」、Kreislauf [kraɪslaʊf]「循環」。
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【筆者プロフィール】
新田 春夫(にった・はるお)
武蔵大学教授
専門は言語学、ドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員
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【編集部から】
「耳の文化と目の文化」をまとめて読むにはこちらです。
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第26回 上昇調で驚くか、下降調で驚くか
2009年 2月 15日 日曜日 筆者: 定延 利之上昇調で驚くか、下降調で驚くか
それまで当たり前だと思っていたことが違っている。思わず「あれっ!」と叫ぶ。この「あれ」は、ふつう「あ」がより低く、「れ」がより高い。つまり「あ」から「れ」にかけて声の高さが上昇する。上昇調である。
もっとも、「あれ、そのようなことを。なりませぬ、なりませぬ」などというセリフでは、「あれ」は「あ」がより高く、「れ」がより低い。これは「あ」から「れ」にかけて声の高さが下降する、下降調である。
最初に挙げた上昇調の「あれっ!」は、多くの人に発せられる。その一方で「あれ、そのようなことを」の下降調の「あれ」は、『時代劇のお嬢様』のことばといった特殊なイメージがある。(「まろは~でおじゃる」としゃべる『平安貴族』キャラのようには時代が限定できないので、ここではあえて『時代劇の』としておく。)
つまり、上昇調で発せられる驚きの「あれ」は、話し手のキャラクタが多様で特定しにくいのに対して、下降調で発せられる驚きの「あれ」は、話し手のキャラクタが特定しやすい。
「あれ」と似たことは「あら」にも観察できる。当たり前だと思っていたことが違っている時、多くの人が発する「あらっ」は、「あ」から「ら」にかけて上昇する上昇調である。「あ」から「ら」にかけて下降する下降調の「あら」は、「あら、知らなかったわ」のような『マダム』という特定のキャラクタの言い方である。
「おや」の場合、やや微妙にはなるが《上昇調で発せられる場合、話し手のキャラクタは多様で特定しにくい。下降調で発せられる場合、話し手のキャラクタは特定しやすい》という傾向はやはり動かない。もともと「おや」は『子供』のことばではないが、まだ『子供』と折り合いが付くのは上昇調の「おや」である。たとえば、教育テレビで放映されている小学校理科の番組で、『博士』と『子供』が次のように会話しているとする。
『博士』:それじゃあ、溶液に漬けた試験紙を見てみようか。
『子供』:うん。……おや、赤いリトマス紙が、青くなってるね。
この「おや」は、「お」がより低く「や」がより高い上昇調だろう。下降調ではまったく『子供』らしくなくなってしまう。
「まあ」は、「ま」がより高く「あ」がより低い下降調では発せられるが、上昇調では発せられない。この点で「まあ」は、これまでに取り上げた驚きの感動詞とは異なるが、この下降調の「まあ」が「まあ、そうなの」のような『マダム』の言い草を思わせることからすると、やはり上の傾向(いまの場合《下降調で発せられる場合、話し手のキャラクタは特定しやすい》の部分)は成り立っている。「細かいところで問題はいろいろあるが合格だ」というきもちで「まあ、合格にしときます」と言う場合のような、細部を切り捨てた判断をしてみせる際の「まあ」は『マダム』には似つかわしくないが、この「まあ」はそもそも、ここで問題にしている驚きの感動詞でないということに注意されたい。
「まあ」と同じく下降調でしか発せられない「なんと」も、『老人』キャラか『時代劇の大人』キャラにかぎられてくる。
以上で述べたのは、第一に、さまざまな話し手に広くおこなわれている、驚きの感動詞の発し方とは、低い声から高い声へと、声を上昇させて発するというものだ、ということである。こうした上昇調の一般性は、驚くということが平静状態から興奮状態への変化だということに思い当たれば、よく理解できるだろう。
第二に、感動詞によっては、下降調でも(あるいは下降調だけで)発せられるということがある、ということである。それは驚きのやり方としては、一般的ではないものであり、そのことは話し手のキャラクタの特定しやすさにも反映されている。
感心した時に、子供は「ふーん」「へぇ」とは言うが、「はぁ」「ほぅ」とは言わない。子供は、「はぁ」「ほぅ」が自分のキャラクタのことばではなく、『大人』キャラのことばだと知っている――これが第23回で述べたことである。
感心を驚きの一種と考えると、感心の「ふーん」「へぇ」「はぁ」「ほぅ」が上昇調で発せられ得ることはそのまますんなり理解できるだろう。では、下降調はどうか。
上で述べたことからすれば、下降調ということは、キャラクタが特定されやすいということである。そして実際、下降調の「ふーん」「へぇ」「はぁ」「ほぅ」を発する話し手は、『大人』キャラに特定される。その上での話だが、下降調の「ふーん」「へぇ」と下降調の「はぁ」「ほぅ」では、思い浮かびやすさが違う。「ふーん」「へぇ」の下降調は、『大人』がいかにも感に堪えかねたという場合にはあるとはいえ、思い浮かびにくい。それに比べると「はぁ」「ほぅ」の下降調の方が『大人』の物言いとして思い浮かびやすい。これは、「はぁ」「ほぉ」がそれだけ『大人』キャラのことばだということである。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第35回
2009年 2月 14日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第35回「方言かるた(おまけ)」
第33回の落穂ひろいにチャレンジしてみることにします。
さらに現物確認のできたもの
以下の2点を入手しました。
監修/藤岡大拙(出雲弁保存会会長) 制作・販売/山陰中央新報社(松江市)
*出雲弁で読み上げるCD付き
い:「出雲弁 使って ごしなって だんだん だんだん」〔= 出雲弁を使ってもらって、ありがとう〕
作/植村紀子 画/原田美夏 発行/南方新社(鹿児島市)
い:「いっだまし〔= 精魂〕入れ覚える 「魂」という字」
商業ベースに乗らないものも
また、次の2点も、方言かるたではありますが、商業ベースに乗らないところから作成されたもので、その過程がユニークなものです。
① 『安曇野方言カルタ』
制作/池田町囲炉裏端愛好会 発行人/「安曇野方言カルタ」制作委員会事務局(長野県北安曇郡池田町)
い:「いいどこじゃねえ あがっとくれや おしげなく」〔= もちろんいいですとも。召し上がってください(部屋の中へ入ってください)。遠慮することなく。〕

【『安曇野方言カルタ』】
発行人のお一人である牛越敏夫氏の主宰する池田町囲炉裏端愛好会のメンバーが、地域コミュニティの崩壊を憂い、カルタ取りを通して地域住民の融和が図られることを企図して制作。牛越氏によると、増刷を2回おこない、大変な好評をもって迎えられたとのことです。
② 『見附弁いろはかるた』
グリーン・ホームふたば(新潟県見附市)
い:「いらんかねー、いらんかのー リヤカーひいて野菜売り」
こちらは、福祉現場で生まれたもの。お年寄りとの生きた会話の中から発想され、制作も完全手作り。構想段階から、ケアーする方々ともども活気づいたとの由。
『上毛かるた』の規模には、及ばないものの、それぞれの地域で活用されている事例が生まれているのは、心強い限りです。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
人名用漢字の新字旧字:「真」と「眞」
2009年 2月 12日 木曜日 筆者: 安岡 孝一「真」と「眞」
旧字の「眞」は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。新字の「真」は常用漢字なので、やはり子供の名づけに使うことができます。つまり、「真」も「眞」も出生届に書いてOK。でも、旧字の「眞」には、かなりヤヤコシイ歴史があるのです。
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昭和17年6月17日に国語審議会が答申した標準漢字表には、旧字の「眞」が収録されていました。昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表では、標準漢字表とほぼ同じ字体の「眞」が官報に掲載されました。そして、昭和23年1月1日に施行された戸籍法施行規則は、子供の名づけに使える漢字を当用漢字表1850字に制限しました。したがってこの時点では、旧字の「眞」は出生届に書いてOKだったのですが、新字の「真」はダメでした。昭和24年4月28日、当用漢字字体表が内閣告示され、新字の「真」が当用漢字になりました。これを受けて法務府民事局は、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。この結果、旧字の「眞」も新字の「真」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。しかし、話はこれで終わりませんでした。
昭和52年1月21日、国語審議会は文部大臣に、新漢字表試案を報告しました。新漢字表試案1900字には、新字の「真」が収録されていて、旧字の「眞」(当用漢字表とほぼ同じ字体)がカッコ書きで添えられていました。つまり、「真(眞)」となっていたわけです。ところが、昭和54年3月30日に国語審議会が報告した常用漢字表案(中間答申)では、やはり「真(眞)」となっていたものの、旧字の「眞」の字体が変更されていました。「目」の下の部分がくっついた字体になっていたのです。昭和56年3月23日、国語審議会が文部大臣に答申した常用漢字表でも、やはり「真(眞)」となっていたものの、旧字の「眞」は「目」の下の部分がくっついた字体になっていました。
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これに対し民事行政審議会は、昭和56年4月22日の総会で、常用漢字1945字を子供の名づけに認めると同時に、常用漢字表のカッコ書きの旧字のうち、当用漢字表に収録されていた旧字だけを、子供の名づけに認めることにしました。旧字の「眞」は、常用漢字表と当用漢字表で字体が違っていましたが、民事行政審議会はこれらを同一だとみなし、「目」の下の部分がくっついた「眞」を子供の名づけに認めるべく、5月14日の答申に盛り込んだのです。「隆」の場合と違う判断ですね。昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、旧字の「眞」は人名用漢字になりました。でもそれは、「目」の下の部分がくっついた「眞」だったのです。
ところがその23年後、平成16年9月27日に改正された戸籍法施行規則で、旧字の「眞」の字体が変更されました。「目」の下の部分があいた当用漢字表の字体に戻されたのです。逆に言えば、「目」の下の部分がくっついた「眞」は、昭和56年10月1日から平成16年9月26日の間だけ、子供の名づけに使えたということになります。現在では、新字の「真」も旧字の「眞」も出生届に書いてOKですが、どちらも「目」の下の部分があいた字体なのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
『三省堂国語辞典』のすすめ その54
2009年 2月 11日 水曜日 筆者: 飯間 浩明フツーにむずかしい新用法。

【ふつうにおいしい】
「この服、ふつうにかわいいね」という表現は、「だれが見てもかわいい」という意味だと教えられたのは、2001年のことでした。変わった使い方が出てきたとは思いましたが、細かいニュアンスまではよく分かりませんでした。
後に、この「ふつうに」の意味について、授業で大学生たちに聞いてみました。すると、「だれが見ても」という意味でいいと言う人もいれば、「非常にではないが、わりと」の意味だと言う人、「標準程度に」だと言う人もいました。解釈がこれほど分かれるようでは、このことばは意味伝達の役に立つのかどうか、心配になります。
実際、「ふつうに」の新しい用法は、意味の取りにくい場合がよくあります。タレントの山口智充さんが、テレビ番組でクイズの答えを間違えた時、次のように言いました。
〈はずれた! ちょっと、ふつうにショックですね。〉(NHK教育「たっぷり見せます!学校放送のツボ」2004.10.30 23:00)

【本の説明もさまざま】
このせりふの意味を学生に聞いてみると、またしても意見が分かれました。「だれもがこういう場合に感じるのと同様にショックだった」「演技でなく、本当にショックだった」「ちょっとショックだった」などの意見がありました。
これらの意見は、必ずしも互いに対立するとは言えません。むしろ、ここでの「ふつうに」は、これらの意味を漠然と指すものでしょう。「だれもがごく自然に感じる程度にはショックだった」とまとめられるものです。
『三省堂国語辞典 第六版』では、これを次のように短く記しました。
〈ごく自然に考えて。わりあいに。「―に おいしい」〉

【「お前ふつうに変だよ」】
一方、程度が問題にならない場合もあります。ドラマで、ハンバーガー店の女性たちが「独身のいい男がいない」と話していると、店長が来て、一言つぶやきました。
〈ぼくもふつうに独身ですけど……。〉(日本テレビ「プリマダム」2006.4.19 22:00)
これは、「意外でも何でもなく、当然独身です」という感じです。第六版では、このような例に対応するため、もうひとつのブランチ(意味区分)を立てました。
〈当然(であるかのように)。「ぼくも―に独身ですけど」〉
この意味で、「ぼくはふつうに試験に落ちた」などと使われます。
◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ
◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ
◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ
◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ
◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
UNIX によるコーパスデータの処理 (3)
2009年 2月 10日 火曜日 筆者: 阪上 辰也学習者コーパス入門 第19回
今回は、前回紹介した「grep」コマンドの発展的な使い方を紹介します。
簡単に復習しておきますと、grep コマンドを使うことで、ある(複数の)ファイルを対象として、検索した文字列を含む行を表示させることができます。この grep コマンドには、複数の「オプション」が存在し、そのオプションを利用すると、より高度なデータ処理ができるようになります。今回は、2つのオプションを紹介します。
まず1つめのオプションは、行数をカウントする「c オプション」です。ターミナルを起動し、NICE の学習者の作文データがあるディレクトリ(フォルダ)へと移動した上で、以下のコマンドをターミナルの画面に入力します。なお、オプションは、コマンドと検索文字列の間に、ハイフン付けて入力します。
grep -c “I think” JPN001.txt [Enter キーを押す](※)
結果として、コマンドを入力した次の行に、3 という数値が表示されているはずです。つまり、JPN001.txt の中には、「I think」というフレーズが3回出現していたということを示しています。
今度は、1つのファイルだけでなく、全ファイルを対象に行うと、各ファイルに含まれる「I think」の出現数を数えることができます。以下のコマンドを入力してください。
grep -c “I think” *.txt [Enter キーを押す]
Enter キーを押すとすぐ、JPN001.txt:3、JPN002.txt:3、JPN003.txt:1、というように、各ファイルごとの出現数が表示されます。このように「c オプション」を利用することで、コーパス中に現れる表現の頻度を簡単に数えることができます。
次のオプションは、大文字と小文字を区別せずに検索できる「i オプション」です。例えば、大文字と小文字を区別せずに,「it」をまとめて検索する場合は、以下のようにコマンドを入力することになります。
grep -i ” it ” *.txt [Enter キーを押す](it の前後に、半角スペースを入れてください。)
検索結果が一気に表示されますが、小文字の「it」はもちろんのこと、文頭にある「It」もヒットしていることを確認してください。ちなみに、オプションは、複数のものをまとめて指定することができます。例えば、以下のように、c オプションと i オプションをまとめて指定することで、「it」が各ファイルにどれだけ含まれているかを確認することができます。
grep -ic ” it ” *.txt [Enter キーを押す](it の前後に、半角スペースを入れてください。)
Enter キーを押すとすぐに、JPN001.txt:17、JPN002.txt:3、JPN003.txt:3、というように各ファイルに含まれる「it」の頻度が表示されます。
なお、検索文字列として「it」という短い文字列を指定した場合、「i と t が並んでいるもの」が検索結果として表示されるだけです(つまり、コンピュータは、「it」が代名詞であると理解して、その単語を検索してくれるわけではありません)。さきほど、it の前後に半角スペースを入れたのは、「with」や「Italy」などのように、単語中に it を含むものが結果に混ざらないようにするための対策でした。ただし、この場合、「it’s」 のような縮約系を含んだ表現はヒットしないため、実際には、複数回検索を繰り返すなど、慎重に検索作業を進める必要があります。
次回も、「grep」コマンドのオプションを使ったデータ処理方法を紹介します。
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▼お知らせ
2008年10月4日に、学習者コーパス「NICE」の正式版を公開しました。無償で利用可能で、特別な手続きは必要ありませんので、ぜひ研究調査にご利用ください。詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。
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■筆者プロフィール
阪上辰也(さかうえ・たつや)
名古屋大学大学院 国際開発研究科 特任助教。
専門は、コンピュータを利用した外国語教育。
ウェブサイトは、sakauetatsuya.net。
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※編集部注
当サイト上ではいわゆる全角の引用符が表示されますが,実際の作業ではいずれもいわゆる半角の引用符を入力します。
濱川先生の思い出
2009年 2月 9日 月曜日 筆者: 赤司 英一郎クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(38)
ムージルを読んでいたら etwas hinter den Sinnen (感覚の奥にあるなにか)という表現が出てきた。ムージルといえば現実や自我の解体をとらえた作家というふうに評価されることがあるが、むしろ、現実や自我を解体しても解体しても解体されえないものを見つめていた。この語句の置かれている文は、ihre Sinne waren ganz wach und empfindlich, aber etwas hinter den Sinnen wollte still sein, sich dehnen, die Welt über sich hingleiten lassen . . .(かの女の感覚はすっかり目覚めて敏感になったが、感覚の奥にあるなにかが静まって広がり、その上に世界を滑らせようとした…)である。そのつどの感覚は、その奥にあるなにかの上で生起している、と考えられている。そのつどの思考についても同じようなことがいえるのであり、言語化することのむずかしいこの「なにか」が、人びとの意識や感覚の奥にあるさまをムージルは見ていた。
それは各人の精神の構えのようなもの、あるいは人柄の地や骨組のようなものである。このところ日本では、いや世界でもそうかもしれない、わかりやすい言葉遣いや人びとに安心をさそう表現、つまるところは言語化され媒介されるものばかりが尊重されているから、そうした言葉の奥に控えているものにはあまり目が向けられないが、そもそも人の魅力とはそうした場所から発せられるのではないだろうか。このように書きながら、濱川祥枝先生(クラウン独和辞典第2版までの編修主幹で、第3版から監修にまわられ、2年前に逝去された)のことを思い出している。レッシングに心服され、ゲーテとシラー、トーマス・マンとムージル、フロイトとユングの翻訳にもたずさわれた先生には、いつも精神の大きな構えが感じられた。また、ルートヴィヒ・トーマやレーナ・クリストを愛されたことには、それぞれに固有の人生にとらわれた者たちへの温かいまなざしが感じられる。
辞書の仕事とは、まさに言葉自体を扱うものであるが、先生はけっして言葉だけを見ておられたのではなかったと思うのである。大学院生時代に出席した、辞書をよむ演習が忘れられない。Paul の辞書を主なテキストとし、各学生には、割りふられた語についてGrimm をふくむ他の辞書を調べて発表することが求められた。そのため学生は、ある一つの語が時代や作家によってどのように異なるニュアンスで使われたかを自分で整理しなくてはならず、辞書室にある様ざまな辞書におのずと触れるようになっていた。授業のなかで例文をとおして学んだのは、一つひとつの言葉の重さと同時に、言葉にあらわれた、その言葉を使う精神のかたちであり、時代精神のありかたであった。辞書の仕事に参加するようになっても、この演習の続きに出席していると思えるときがあった。それだけに、先生のいない編修会議は寂しい。
そんな先生がお好きだったお酒の話でこの拙文を閉じる。ドイツでは先生はいつもミュンヒェンに滞在されたが、そこから列車で一時間ほどのオーストリアのインスブルックに昼食に行った、と伺ったことがある。レストランで飲むワインがきれいな赤紫色で、うまいのです、と。古い映画を観ていたら、それとおぼしいワインが出てきた。「Valpolicelliというアルプスで採れる葡萄でつくられた」ワインで、「山の空気が沁みこんでいる」からおいしいという。このワインだったのでしょうかと尋ねてみたいが、もうかなわない。それから、北ドイツが話題に上ったときのこと。Pharisäer というラム酒の入ったコーヒーがあるのです、見た目にはアルコール入りとわからないので、そんな名前で呼ばれるのでしょう、と笑いながら話された。先日ふとそれを思い出したので、調べてみると、他の辞書には「パリサイ人」や「偽善者」といった意味しか載っていないのに、クラウン独和辞典には「ファリゼーア(ラム酒と泡立てたクリームを入れたコーヒー)」とある。これはきっと先生が書き込まれたにちがいない。いつの日かこのコーヒーを注文してみよう。
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【筆者プロフィール】
赤司 英一郎(あかし・えいいちろう)
東京学芸大学教授
専門はドイツ・オーストリア文学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第25回 『小マダム』と『深窓令嬢』
2009年 2月 8日 日曜日 筆者: 定延 利之『小マダム』と『深窓令嬢』
前回述べた『お嬢様』キャラは、「子供がちやほやされ甘やかされた結果、増長し、わがままに育った」というそれなりの歴史、人生史を持っている。このキャラは『しもべ』を得てさらに成長すればやがて『マダム』キャラに進化するであろう。これを『お嬢様』キャラのタイプ1、わかりやすく『小マダム』としておく。
『お嬢様』キャラには『小マダム』とは別のタイプが存在する。このタイプ(タイプ2)は「子供が皆にかわいがられ、何不自由なく育った」という、『小マダム』とよく似た人生史を持っているが、その結果は『小マダム』とは異なっている。具体的には、おっとりして屈折がなくノーブル、誰に対しても敵愾心を持たない「育ちのいい」タイプ、「あーやっぱり、いいところのお嬢さんは違うよねぇ」などと、折に触れ私たちが感嘆し合うような『深窓令嬢』である。
『小マダム』と『深窓令嬢』は『お嬢様』キャラの2面に過ぎないと考えられるかもしれないが、ここではひとまず『小マダム』と『深窓令嬢』を別キャラとしておきたい。というのは、両者はことばづかいが微妙に違っているからである。たとえば召使いのような下位者に対して「田中、早く私の部屋の掃除をおし!」といったぞんざいな口をきくのは『小マダム』キャラ、「田中さん、部屋のお掃除をお願いします」と丁寧な口をきくのは『深窓令嬢』キャラである。
現実世界に深窓令嬢がいまどきどれほど棲息しているかはわからない。だが、『平安貴族』キャラを例に挙げて述べたように(第14回)、キャラクタとはイメージに基づくものであって、『深窓令嬢』キャラは今なお日本語社会に息づいている。
たとえば、連続ドラマ『富豪刑事』(原作:筒井康隆)で毎回、「たった○○億円ぽっちのために人を殺すなんて」と嘆息していた神戸美和子(深田恭子)は『深窓令嬢』キャラと言ってよいだろう。また、一般に『ぶりっ子』とは「『かわいい子』ぶる子」のことだが、そこで取り繕われる『かわいい子』というものは、セックスに無知であることも含めて生まれ育ちのよい娘だとすれば、これも結局は『深窓令嬢』(の端くれ)ではないか。
『深窓令嬢』がそのまま成長すれば「金はある」「一般常識にうとい」「罪がない」という特徴をもった天然系のかわいいおばさんに進化する。バラエティ番組に出てくる朝丘雪路という人は、これだと言われているらしい。
『お嬢様』キャラが『小マダム』と『深窓令嬢』に二分化しているように、『坊ちゃん』キャラにも似た分化が見て取れる。つまり、わがままで自己中心的な『お山の大将』(タイプ1)、おっとりした穏やかな『王子様』(タイプ2)である。
自分の倫理観に基づいて人を殴って反省しない『坊ちゃん』(原作:夏目漱石)の主人公は、痛快ではあるがもし実在すれば『お山の大将』と言わざるを得ない。『細雪』(第3回)の奥畑がしゃべるスピードをわざと遅くして取り繕っていた(と幸子の目に見えた)のは、関西で言うところの『ええ氏の子』、つまり『王子様』(タイプ2)である。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第34回
2009年 2月 7日 土曜日 筆者: 山下 暁美地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第34回「知ったかぶりカイツブリ」
最近、滋賀県産のアニメ歌「知ったかぶりカイツブリ」【写真1】(BBCびわ湖放送・藤井組 http://www.fujiigumi.com/kaitsuburi/)がホットな話題になっています。歌って踊る兄ツブリと、一緒にちょこまか動くちびツブリがアニメの中で歌っています。カイツブリは、滋賀県の県鳥です。びわ湖放送の頭にBBCがついているのも、イギリスのむこうを張っているようで意気込みが感じられます。
【写真2】 「ふるさと寄付金 長浜二番」チラシ

【写真3】 長浜市広報紙(2008年10月1日号)
まずは、アクセスして、「告白の唄②」と「告白の唄③」を聞いてみましょう(Flash Playerが必要です。CDも市販されています)。
「やンス、こンス、きゃンスといえば 湖北の人なんです(いるよ、来るよ、来るよの意味)」(告白の唄②)、「野洲(ヤス)駅の看板に『おいで野洲(ヤス)』(いらっしゃいの意味)」(告白の唄③)、「『このご飯こわい』は、硬いの意味です(超こわい~ カチ・コチ)」(告白の唄③)などメロディに乗せて方言が楽しく使われています。
湖北にある長浜市の広報誌に「こんす」「きゃんす」「してやんす」が出ています【写真2】。「きゃんせ」は「いらっしゃい」に少し親しみをこめた言いかたです【写真3】。
すでに皆さんも気がつかれたと思いますが、現代の地域語の商業的利用は、「明るく使う」、「使って楽しい・うれしい」というアクセサリー的条件が必須でしょう。これまで連載でとり上げた例では、聞く(ハローキティー・自販機)、見る(アニメ)、読む(のれん・絵葉書)、触る(はんなり豆腐)、着る(Tシャツ)・味わう(酒・茶碗・ほっこり鍋・饅頭)、飾る(ホルダー)、遊ぶ(かるた)などがありますが、どれも楽しいです。
「イカイいかだでイカッタ」(リンク先は試聴用)では、「行カッタ」「行かハッタ」が引用されています。
(前略)
イカイは大きいのことYO♪
遊びにイカッタは、
怒ってるんじゃないYO(中略)
イカッタは、行かはったのことYO♪
「~ハル」は滋賀県でもよく使われます。「行カッタ」は「行かハッタ」が変化した形です。都市部を離れると、高年層は、「ラッタ」も使います。近所の知り合いで、少し年上の人のことを言う場合などに用います。「ラッタ」は、「~られた」という尊敬語です。
「野洲のおっさんカイツブリ」(リンク先は試聴用)には、以下のような歌詞が登場します。
きらった(~こられた:尊敬語) ※(歌詞には左のように書いてあります)
しらった(~された:尊敬語)
チェケラッた?野洲のおっさん酔っ払ってらった
野洲のおっさんみたらし食ってらった(続く……)
長い沈黙をやぶった滋賀県産の方言ヒット作品と言えましょう。これらの歌詞は視聴者からの投稿によって作られています。皆さんも参加してみてはいかがでしょう。
滋賀県では、なかなか方言みやげ・グッズが見つかりません。これまで滋賀弁は、京都弁の傘にすっぽり入っていたようです。世の中、多様性に向かっています。京都弁で「そやねんで、そんでな」というのは、滋賀弁では「ほやねんで、ほんでな」となります。「ほーほー」言うなと京都の人に言われても、自信を持って、「ほーか?我らビワコ・バイリンガル!!(共通語+ビワコ弁)」と言い返す勇気が大切なのです。Viva Biwa♪ VIVA BIWA♪日本地図に琵琶湖がないと、必ず書き込むといわれる滋賀県民のことばをご紹介しました。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

山下暁美(やました・あけみ)
明海大学外国語学部・大学院応用言語学研究科教授。博士(学術)。
専門は、日本語教育学・社会言語学。研究テーマは、移民百年を迎えた、ブラジル、アメリカ合衆国などにおける日本語の変化、外国人の日本定住化による共生時代の日本語教育政策。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
漢字の現在:漢字を手放した国々の「成績」
2009年 2月 5日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第31回 「漢字を手放した国々の「成績」」
お隣の韓国では、大学で得られる「単位」のことを「学点」(學點 ハクチョム)と呼ぶのは、日本語のばあいよりも的を射ていないだろうか。ベトナム語でも「単位」(ドンヴィ)だが、中国では「学分」(シュエフェン)という。
韓国での成績評価は、日本と似ているが少し違っていて、「秀」「優」「美」「良」「可」となっている。かつて、それらのハンコを通知表に押す学校もあったようだ。むろん、現在では、日本語に訳した成績証明書などを除き、ハングルで「수」「우」「미」「양」「가」という表記に変わってきている。これは小学校では通知表にも使われていたそうで、「スウミヤンガ」と続けて覚えているそうだ。ともあれ、なんと成績に「美」があるのだ。
韓国の人にとっては、これは当たり前のことで気にすることもないそうだが、日本人からするとニュアンスがわからない。留学生の携えてくる高校以降の成績証明を面接などで見ると、やはりハングルで記されている。ミャンマー辺りの生徒の成績証明書の原物は、どれもクルクルとした模様のように見えてしまい、それらが良いのか悪いのか全く見当が付かないが、ハングルも慣れていなければ、パッと見では優秀なのかどうなのかなかなかつかみにくい。
実際に、現在の韓国の学生は、「秀」や「美」という漢字を知らずに、音だけでそれらを成績の序列としてとらえているケースが多いそうだ。つまり「美人」や「美醜」の「美」と結びつけず、あたかもドレミのミのようにとらえているのだ。中学で漢文を習ってはじめて、それらの個々の漢字と意味を知る。逆にそういった機会がなければ、それは無理もない。漢字を廃止すれば起こる当然の帰結である。訓読みを定着させなかったことも、字義の把握を困難にしたという面がある。
この「美」という成績評価は、日本人であれば、「この上なく素晴らしい成績に違いない」などと感じてしまう人も少なくない。しかし、これが平均か中の下くらいで、あまり芳しいものではないのだ。「不可」は小学生には酷なので、それをなくすために「美」を加えて、一つずらしたのであろうか。それにしても一般に知られているように「八方美人」が純粋に褒めことばになるような、一部で「美人大国」などとも称される国である。中年男性でも整形手術をしないとなかなか出世できないとも報じられる。ミスコリアでも、第1位(グランプリ)、第2位(準グランプリ)、第3位までが「真」「善」「美」(진 선 미)と表現されており、「美」は意外なことに最高位にはならないようだ。
その「美」が加わって、「良」「可」が1つずれて、「可」は日本でいう「不可」、つまり落第だ。学校によって違うのかもしれないそうだが、ともあれ日本の女子学生はいう、「「可」が日本でいう「不可」であるというのはなかなかいい。「不」の字を見るとなんだか気持ちが沈んでしまうので、「不」は成績関連では使わないほうが精神的には良いです」。
ベトナムは、漢字を公用しなくなってから1世紀以上の時を経ているが、成績の表示はどうなっているのだろうか。ベトナムの知人たちに教えてもらったところ、近年、教育省は大学については以下のように定めたという。右端は語義、括弧のないものが純粋な漢越語である。
A=100~85=Giỏi (賢)
B=84~70=Khá (可)
C=69~55=Trung bình 中平
D=54~40=Trung bình yếu (弱)中平
F=40以下 =Kém (劣)
上記のA・Fではベトナムの固有語、Bは古い時代にベトナム語に入った漢語らしきもの(「可」の漢越語とは声調だけが異なる)、Cは漢越語で中位、平均の意、Dは漢越語と固有語との混種語というように、語種つまり語の出自はバラバラになっている。
なお、ベトナムでは95点以上だと「出色」(Xuất sắc シュアット・サック 出色、卓越、優秀の意)とも称される。また「優点」(điểm ưu ディエム・ウウ)などの表現もあるのだそうだ。一方、50点未満だと成績表には「dưới điểm trung bình」(中平点の下)とも記されたものらしい。
ベトナムでの成績評価語の出自の不揃いは、表音文字で記される言語においては、容易に起こりうることである。上記の韓国では、まだ漢語にとどまっていたが、ハングルによって原義が忘れられつつあることも生じており、風前の灯火なのであろう。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「可」もなく「不可」もなく?――成績の漢字」でした。
この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。








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![『新明解国語辞典 第七版[革装版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の革装版。丈夫で使うほどに手になじむ。判型は並版・特装版と同じB6判。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[革装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kawaso.jpg)
















































































































































2007年









