漢字の現在:「ぼーっ」とするから「ぼう然」?
2009年 3月 5日 木曜日 筆者: 笹原 宏之漢字の現在 第33回 「ぼーっ」とするから「ぼう然」?

【「ぼーっ」とするから「ぼう然」?】
漢字を読み書きする力について、いろいろなことが世上で話題になっているが、それとは無関係に、ある学生が問う。
「がぜん」って、どういう意味ですか?
彼は「すごく」というような意味でふだんよく使っているのだが、ある時、本当の意味とは違っていると感じたのだという。「俄然」という漢字を知らない、あるいは知っていても「俄然」の「俄」の字に「にわか(に)」という意味や訓読みがあることまでは習得していない。そのために、使用される文脈と語の発音とが醸し出すイメージに基づいて生じた用法のようだ。「ガッと飛びつく」の「ガッと」というオノマトペのような副詞の働きをする語との関連も考えられる。
「…然」という副詞、連体詞のたぐいの語は、何かと話題になる(注1)。ここでは、話題にのぼりにくいものも扱いながら、少し見ていこう。
「きぜん」という語も、「キッ」とするという語のイメージと結びつきやすいようだ。学生たちに、単語を仮名で示し、漢字とその意味とを尋ねてみた。すると、「きぜん」とは「きっちりとした」「きっぱりとした」「ビシッキリッとした」という意味だとの意識を記す者がいた。漢字は、「毅」と書こうとして誤字体になるもの、同音字など全く別の字で書く者もいる。少なくとも別の字で書く人たちは、漢字の意味(字義)と漢語の意味(語義)とが、うまく結びつけられていなかったようだ。
また、「あぜん」を「呆然」と書く学生もいた。「呆れて何もいえないこと」だという。そして、「ぼう然」に対しては「ボーッとしてしまうこと」という。惜しいことに一つズレてしまい、「ぼう」と「ボー」との音のつながりが生じていたようだ。この「あぜん」には、「啞然」のほか「阿然」などの異表記も現れ、「あっけにとられる様子」、「あきれること」と、ここにも、「ア」という発音との関係づけがうかがえた。「ア然」で「口をあんぐりあけて驚いている」という回答もまた同様であろうか。
「呆然」と「茫然」を想定した「ぼうぜん」だったが、「棒然」で「棒のように立ちすくしている」(「立ちつくしている」の意であろう)という解釈もあり、また、「ぼうぜん」で「ボーッと立っているさま」、さらに「呆然」のほか「模然」で「ぼーっとする」ともいう。やはり発音から語義を理解しようとしている。
「ぶぜん」に対しては、「むすっとする様子」という回答もあり、その前頃に行われた世論調査に関する報道による影響は薄いようだった(注2)。中には「仏然」と書いて「ブスっとした態度をとること」と、仏頂面と絡めたような解釈も記されている。また、「無然」で「ぶーたれる」という。なるほどやはり発音は漢字とも関連を持たされていそうだ。
「がく然」は「がっくりする」、さらに「がっくし、しちゃうかんじ」という。「愕然」と書けた者でも、「足がガクッとなるくらい落ちこむこと」。なるほど、苦し紛れの回答なのかもしれないが、うまいと感心してしまう。
先の「ぼうぜん」に関しては、かつては「茫乎」で「ぼんやり」と読ませるような表記も小説などに見られた。実は根に同じ部分をもつ現象なのであろうか。それにしても、「…然」という漢語は、和語と音・義がしばしば類似する。「悄然」という漢語も、和語「しょんぼり」となんとなく音も意味も近接している。
これらには、漢語本来の意味の覚え方として利用できるものがありそうだ。また、言語の意味変化の一因を見た思いがする。しかし、漢語と和語とで、なぜここまで類似してしまうのだろう。偶然にしてはやや奇妙である。もしかしたらオノマトペのような性質を少しでも有する語においては、音の選択に際して日中で一致する感覚がごく一部には古くからあった、などといえるのだろうか。また、語源説としてはあまり認められてはいないが、漢語を元に生じた和語というものも、上記の中に絶無ではないのかもしれない。
上記の「俄」だけでなく「毅」「啞(唖)」「憮」「呆」「茫」「愕」は、いずれも使用頻度や使用範囲などの諸条件から「常用漢字」になっていないため、国語の授業で字種や字体、字音、字義をきちんと学んでいない。しっかりと身に付いていない状況は無理もないことであろう。「憮然」と書けた者には、「憮でるのに」変だ、と「憮」と「撫」とを混淆した解釈による感想を記す者があった。
やはり「撫」もまた表外字なのである。自分が感覚的に何となく、ことばや文字を使っているな、と気付けるように心掛け、もしそうだな思ったら自分で辞書を引くなどして確認する習慣を身に付けること。それも、ことばや文字との付き合いの中では必要なことなのであろう。
注
1 「全然」については、いかなる場合でも肯定文に用いることは教養のなさを露呈する、という評価がよく聞かれる。日本語学が明らかにしてきた語誌の成果は一部には浸透してきたが、本当の歴史はなかなか一般の耳にはなじみにくいようだ。
2 昨年の文化庁による「国語に関する世論調査」では、「憮然(ぶぜん)」の意味が本来の意味とされる下記の(ア)からずれて、(イ)と理解されている、という結果が新聞などで注目を集めた。
| 憮然 | 例文:憮然として立ち去った。 | 平成19年度 | 平成15年度 |
|---|---|---|---|
| (ア)失望してぼんやりとしている様子…… | 17.1% | 16.1% | |
| (イ)腹を立てている様子…… | 70.8% | 69.4% | |
これは、「ことばの乱れ」が進んでいると巷間でいわれている若年層のほうが、高年齢層よりもかえって本来の意味で回答していた。教育の効果も影響があったのかもしれないが、若年層はふだんそれほど使わない語であるため、語義の認識が曖昧になっており、それが回答にも反映したのではなかろうか。
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【筆者プロフィール】
笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞。
【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「中国での「成績」、そして漢字圏全体の比較」でした。
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2009年 3月 5日










































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