2009年 4月 のアーカイブ

漢字の現在:「△」のない中国とベトナム

2009年 4月 30日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第37回 「△」のない中国とベトナム

 日韓のもろもろの文化に、歴史の中で、圧倒的な影響を与えた中国では、採点記号はどうなっているのだろう。

 中国では現在、試験回答の正解には「」とチェックマークを付す。中国ではローマ字の「v」の字のように左右の線の上の高さは同じくらいともいう。ただし、博士論文の審査の時に、合格者に書かれるマークは「○」で、この丸を付けることを通常「画圏」(hua4 quan1 ホア・チュエン)という(書類の名前欄に、自分がその書類を見終えたということを記すためにも使われる)。中には「」を書いて「○を付けた」と表現することもあるそうだ。

 反対に、不正解には「×」を記す。中国では、古くから「凶」という漢字に「×」という表象を含ませたり(前回参照)、「乂」(ガイ)という形態で、草を「刈」る意を表す字などがある。後者は鋏(ハサミ)の象形との説もある。

 そして、半分くらい正解、つまり日本でいう三角には、「」の右に「ヽ」を交差させた独特な記号である「」を記す。

 それぞれの記号には、韓国と違って名前でよく呼ばれる。「」は「対号」(对号dui4hao4 ドェイ・ハオ)で、「对」(dui4)は正解の意。「×」は「叉(cha1 チャー)号」で、交差の意の名称であり、「叉儿」(char1 チャール)とも呼ばれる。「×」を付けることを「打叉」(da3 cha1 ダー・チャー)という。「○」と異なり、「打」という動詞をとるのは「」と同様だ。

 この「×」記号は、試験以外でも、誤ったもののほか、廃棄する物や犯人などの名に対しても記されるなど、否定的な意味に使用されることがある。「某」の代わりに伏せ字としても用いられている。なるほど、これは日本にもある。しかし、日本では、さらに女子中高生たちは「!!」の「.」の部分を「○」や「×」に代えてかわいらしくなるように書き、そこに好悪などの感情を含意させるようなこともある。

 そして中国でユニークなのは、先の半分正解で、その名も「半対(号)」(ban4dui4hao4 バン・ドェイ・ハオ)、正解の「チェック」と不正解「×」の両方の形を兼ねていて、あたかも漢字の指事文字や合字と共通するような発想によるデザインをもつ。これには、マイナスを示す点数を併記することがあるという。これをパソコンで入力するためのうまい方法が見付からないようで、インターネット上でもどうやったらできるのかを尋ねる中国語での質問が散見される。

 香港から広まった中華調味料の「XO醤」(エックス・オウ・ジャン)は、最高級の意である「エクストラ・オールド」(extra old)に由来するというが、この形態も何か人々の心を捉えるものがあったのであろう。概してシンボルには、普遍性をもつものと偏在性の強いものとが共存している。感覚に依存するものは、社会での慣習となって空気のような当たり前の存在と化す。「×」や「/」が交通標識や記号として、道路への進入やその場での喫煙などを禁止することを表意する。封書にも記される「〆」は、「占」の「卜」が発生の要因ではあるが、発生と定着に至る原因は、暗合ということだけでは済まされない意識が存したように思われる。

 こと採点記号については、日本は韓国に近く、中国はユニークなようだ。中国国内に住む朝鮮・韓国系の人々も、中国式の記号で採点されるのだそうで、独自の名称もなくはないようだが、やはり韓国と同様、それらの名称で呼ばれることはほとんどないのだという。

 

 それでは、ベトナムではいかがであろうか。学生の答案用紙に対して、先生が採点する際の正解の記号は「v」か「đ」だそうだ。「v」はチェックマークなのだそうで、ベトナム語で呼ぶと「正解のチェックマーク」(”dấu tích đúng” , “dấu chếch đúng”)となる。「ティック」は「チェック」の1つの語形のようだが、「チェック」という語には「ゆがんだ、傾いた」という意味も偶然であろうか存在している。「ドゥン」は正しいという意。ただ、その記号もローマ字の「ヴィー」と同じ形であるため、「vのチェックマーク」という言い方もある。また、「dấu “vê”」つまり「”vê”」という印の「ヴェー」は、「丸める」(「○じるし」)という意味だそうだ。「đ」は「đúng」つまり正しいという意味の語を頭文字だけで省略したものである。記号の名称は「dấu “vê”」あるいは「”đ” (đúng)」。

 半分正解の記号は「v」右の真ん中に「、」を書く()。これは、先に見た中国と同じ方式だが、名前は「dấu nửa chữ “vê”」と、半分という意味の語を交える。

 そして、不正解の記号は「x」か「s」だそうだ。「s」は誤るという意味の「sai」という「差」の漢越語の頭文字である。名称は、「dấu “nhân”」か「chữ “s” (sai )」。かつては「dấu gạch chéo」だったが、現在では「dấu “nhân”」も使うようになっているとのこと。この「ガッキ」は線を引く、「チェオ」は「ななめの・いびつな」という意味だ。「x」は算数・数学の「x」というローマ字と形が似ていることから、記号の名称は「dấu “nhân”」である。「エックス」と見立てる発想は、各地に見られる(前回前々回参照)。この「”nhân”」は、漢字「人」の漢越語ではなく、「掛ける・乗」という意味だそうだ。日本の九州方言と同じ発想もここにあった。

 ベトナムでは、以上の記号が普通用いられているのだそうだが、先生によって、採点の際の記号が違う場合もあり、また記号の名称も異なるものもあるという。採点者らによって個性が現れるという点は万国共通のようだ。

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「韓国には「×」がない?」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

『三省堂国語辞典』のすすめ その65

2009年 4月 29日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「赤ゲット」は、こうして残った。

【赤ゲットのおじいさん】(『風俗画報』臨時増刊1901.11より)
【赤ゲットのおじいさん】
(『風俗画報』臨時増刊1901.11より)

 『三省堂国語辞典』は、現代に生きて使われていることばは、なるべく広く載せようとしています。その一方で、使われなくなったことばは、細心の注意を払いつつ削除しています。せっかく載ったことばを削る作業は、なかなかつらいものです。

 今回の第六版では、たとえば、妻に甘い人を指す「サイノロ(妻のろ)」を削除しました。戦前の流行語で、戦後も、森村誠一『分水嶺』(1968年)に〈(さい)ノロの夫が妻を迎える顔をして立ち上がった。〉と出てくるのですが、時代色の濃い語と判断しました。その代わり、「死語」の項目に、この「サイノロ」を例として残してあります。

【「赤ゲット」の用例】(見坊カードより)
【「赤ゲット」の用例】
(見坊カードより)

 「赤ゲット」ということばも、今回、問題になりました。もともと、明治時代に赤い毛布(ケット)をコート代わりに羽織って都会見物に来た田舎者を指すことばでした。今ではなくなった風俗であり、当然、削除することも視野に入ります。

 もっとも、風俗はなくなっても、ことばは残ることがあります。そこで、現代語の例を探してみます。高峰秀子『わたしの渡世日記』(1976年)には、次のようにあります。

 〈私のようなバカ丸出しの赤ゲットがパリなどという見もしらぬ外国へノコノコ出かけていって、もし、とんでもないヘマでも仕出かしたら〉(朝日新聞社文庫・下巻 p.171)

 今から30年ほど前のエッセーですが、この年代の文章に出てくるなら、「赤ゲット」は現代語の範囲に含めていいでしょう。だいたいの感じですが、1970年代以降の文章に出てくることばは、『三国』に残す条件のひとつを備えているといえます。さらに、新聞の用例などを確かめると、「赤ゲット」はここ数年の例もちらほらあります。

【『月と10セント』】
【『月と10セント』】

 用例の年代に加えて、プラスアルファの理由があれば、『三国』に残す理由としては万全です。「赤ゲット」については、さらに、北杜夫『月と10セント』(1971年)に次のような記述があります。

 〈ちなみに、赤毛布は赤ゲットと読む。明治時代、東京見物などにくるオノボリさんが赤毛布をよくしょっていたことから由来した。〔略〕近ごろの若者は英語はできるようになったが、母国語にこう弱くなっては困るな。〉(新潮文庫 p.47)

 北杜夫さんは、若者が「赤ゲット」の意味を知らないことを嘆いています。それならば、ぜひ『三国』にこのことばを残し、今の若い人たちにも覚えてもらおうと考えました。

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筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(3)

2009年 4月 28日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子

(3) 『枕草子』は後宮女房日記?

 前回、『枕草子』は後宮文化の中で生まれた作品だということをお話しました。跋文(ばつぶん)と呼ばれる後書きには、『枕草子』が書かれることになったきっかけが記されています。ある時、中宮定子の兄の内大臣藤原伊周(ふじわら これちか)が一条天皇と中宮に大量の紙を献上しました。天皇はそれに中国の歴史書である『史記』を書写させたのですが、中宮の方では何を書いたらいいだろうかと問いかけたところ、清少納言が「まくらでしょう」と答えたために、自らが筆を執ることになったという事情です。

 当時、紙は貴重品で、上質の紙はなかなか手に入らないものでした。定子が時の関白の娘だったからこそ、兄伊周を通じて大量の紙が手元に入ったのです。それが、一人の後宮女房の手に渡ったとなれば、おのずから紙に書くべき内容も決まってきます。清少納言が答えた「まくら(=『枕草子』?)」がどういうものを意味しているか、未だに定説はありませんが、成り行きから考えれば、それが定子後宮の素晴らしさをアピールする役目を担っていたことは間違いありません。

 さて、定子の母の高階貴子は漢詩の作文が大変得意な女性でした。平安時代、漢字は男手とも言われ、女性がそれを使って漢詩を作ると世間から非難されるような社会でした。それでも貴子の作った漢詩は、並みの男性貴族の水準を超えており、しばしば朝廷から作文を命じられたと『大鏡』に記されています。

 そんな母親の血を引いた中関白家の姫君たちは、女性が漢字を使うことに引け目を感じることなく、存分に男性並みの教養を身につけていったものと考えられます。一方、軽妙な専門歌人であった清原元輔の末娘として生まれ、父親から和漢の教養を十二分に受け継いだのが清少納言でした。つまり、中宮定子と清少納言は文学的素養の面からもぴったりの相性だったと言えるでしょう。だからこそ、定子と出会った清少納言は、水を得た魚のように後宮文化の中でその才能を発揮していったのです。

 『枕草子』には、定子を中心に様々な宮廷生活の様子が書き留められています。主人周辺の出来事を記録するのは女房の役目の一つであり、前例を重んじる時代の公的記録として書かれていたのが女房日記でした。『枕草子』もそのような女房日記であると考える見方があります。主人定子の動向を女房の立場から書き留めたという点では、『枕草子』は女房日記の一種だと言えるかもしれません。

 ところが、『枕草子』と女房日記には決定的に違う点があります。それは、作品の形態です。日記であれば、その記録的性格から、時間を追って記されるものでしょう。しかし『枕草子』の場合、清少納言が宮仕えする以前から、定子と過ごした最期の年に至るまでの出来事を扱った文章が、時間的な順序も関係なく作品内に偏在しています。さらにそれらの文章が、「春はあけぼの」や「うつくしきもの」など様々な内容形態の文章の間に不規則に入り込んでいるのです。

 『枕草子』は定子後宮の記録ですが、時間の流れに沿って記される一般的な女房日記とは異なった形態を持った作品であり、そのことは女房日記とは異なる『枕草子』の文学としての性格を表していると思われます。
 それが、『枕草子』を女房日記と単純に呼べない理由なのです。

 さて、『枕草子』全体の形態について少し触れることになりましたので、次回は、それについてお話しましょう。

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【著者プロフィール】

赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「枕草子研究の動向と展望―年時考証研究の視座から―」(『十文字学園女子短期大学研究紀要』2003年12月)、「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)など。

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【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)

ドイツ語の「未来」

2009年 4月 27日 月曜日 筆者: 重藤 実

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(49)

ドイツ語に「未来」はあるか、ということを考えてみたい。とは言っても、ドイツ語の将来に悲観しているわけではなく、時制の一つ「未来形」の話である。

日本におけるドイツ語学習では、すでに英語学習の経験があることを前提としているため、できるだけ英語文法と同じ用語を使うようにしている。動詞の時制に関しても、進行形はドイツ語にはないが、それ以外は英語と同じ用語を使い、以下の6時制と説明するのが普通だろう(未来完了は使用頻度が低いので、初級文法では省略される場合もある)。

現在 現在完了
過去 過去完了
未来 未来完了

しかし時制の用法は、ドイツ語は英語とは異なる点がある。未来のことを表現する場合、英語では原則的に未来形を使うが、ドイツ語では必ずしもその必要はない。また現在の事についての推量を表現する場合にも未来形が用いられる。以下は「クラウン独和辞典」第4版からの例である。

Sie kommt morgen zu mir.(現在形)彼女は明日私のところへ来る。

Sie wird wohl krank sein.(未来形)彼女は多分病気らしい。

実際、未来形が単純に時間的未来を表現する用例は、頻度が低い。それよりも、人称にもよるのだが(詳しくは「クラウン独和辞典」巻末の文法小辞典を参照)、推量、意志・意図、命令などの意味を表現することがはるかに多い。つまりドイツ語の未来形は、その用法から考えると、時間的意味よりも、話法の助動詞と同じような意味を表現するのが普通なのである。

ドイツの文法書でも、最近は未来形を時制の一種としてではなく、話法の助動詞表現の一種と説明しているものもある。その際の根拠の一つとして、たとえば次の文のような確定的未来を表現する場合、未来形は使用不可で、現在形しか用いられない、ということが強調される。

Morgen habe ich Geburtstag.(現在形)明日は私の誕生日だ。

つまり未来形という名前ではあっても、未来を表す頻度は低いし、時間的未来を表す場合に未来形が使えない場合もあるのである。

文法用語も、名前と実態が一致している方が望ましい。しかし英語と同じ用語の方が覚えやすい、などいろいろな理由により、名が体を表さなくなっているケースもあるので、注意が必要である。


【筆者プロフィール】
重藤 実(しげとう・みのる)
東京大学大学院人文社会系研究科教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典第4版』編修委員


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

日本語社会 のぞきキャラくり 第36回 「役割」あれこれ

2009年 4月 26日 日曜日 筆者: 定延 利之

「役割」あれこれ(前)

 前回取り上げたのは、「舞台監督が鞭をふるうので仕方なく『優等生』役を子供の時からずっとやらされてきた」という、日常生活をショーに見立てた人物の述懐である。このような見立てがあくまでも見立てであって、必ずしも正しいとはかぎらないということはすでに述べた。だが、類似の見立てを行って、日常生活に生きる人々を役割という観点からとらえようとする例は少なくないし、そこで持ち出される「役割」の内実にもさまざまなものがある。見立ての是非はひとまず措いて、それらの「役割」を少し見てみよう。

 いわゆる社交を論じる中で、山崎正和氏は、会話にうち興ずる人々の役割について次のように述べている。

「その日ごとに、また刻々と変わる話題ごとに、参加者は暗黙のうちにおのおのの役柄を選んでそれを演じる。主人役はもちろん、主客をあいてに笑いを誘う道化役、わざと議論を挑む敵役(かたきやく)など、多彩な登場人物が生まれて芝居の一座が形成される。ここでも最大のタブーは場違いであって、自分の居場所、役柄を直感的に把握できない人は、その一座の外に置かれることになる」

[山崎正和『社交する人間 ホモ・ソシアビリス』2003]

 ここで持ち出されている『主人』『道化』『敵』といった役割は、これまで私が取り上げてきたキャラクタとは(つながりはするが)違っている。私が取り上げてきたのは、たとえば「もう秋じゃのう」と独り言を言う『老人』キャラのように、他者との会話なしに想定できるものである。

 さらに、会話の場にかぎってみても両者には大きな違いがある。山崎氏が挙げられる役割は、会話の進展とともにどんどん変わり得る動的な性質を持っている。

 いやもちろん、これまでに私が取り上げてきたキャラクタにも、動的な面がないわけでは決してない。たとえば、相手が強烈な『姉御』キャラならこちらもいつもの『姉御』キャラというのはなかなか難しく、『妹』キャラで行く方が無難なことがあるというように、キャラクタが(変わってはいけないことになっているが)会話の相手次第でひそかに変わり得るということは、すでに述べてきたとおりである(第8回参照)。相手の強烈な『東京人』キャラに釣り込まれて自分も『東京人』キャラになったり、かえって反発して『大阪人』キャラになったりというのも、まさしく同じことである(第15回第16回第17回)。

 だが、山崎氏が持ち出される役割は、それよりもはるかに動的であり、しかもあからさまである。話題が変わるとたちまちA氏が皆の見ている前で『主人』から『敵』に変わり、それに応じてB氏が皆の前で『敵』から『道化』に早変わりするというようなあけすけな動的性質を、これまで私が述べてきたキャラクタは持っていない。

 むしろ、これまで述べてきたキャラクタは、遊びの文脈を別とすれば、「意図のままに変えられない(ことになっている)」という、少なくとも表面レベルでは静的な性質を持っている。そもそも、ことばやコミュニケーションを考える際、従来の「スタイル」とは別に「キャラクタ」という概念を導入する必要性は、まさにこの静的性質にあるのだった。(次回に続く。)

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◇この連載の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

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【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

地域語の経済と社会 第45回

2009年 4月 25日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第45回「お隣さんの方言の流入―「じょんのび」を例に―」

居酒屋「じょんのび」
居酒屋「じょんのび」
【居酒屋「じょんのび」】

 長野市内に、「じょんのび」(新潟方言で[気分ののんびりゆったりしたさまや、ゆったりした気分]の意)という名前の居酒屋さんがあります。

 新潟県上越出身のご主人が営むお店は、明るい雰囲気で、おいしい肴と新潟の地酒をいただくことができます。のんびりとくつろげる店内は、まさに「じょんのび」の名にふさわしいものです。しめの「長岡ラーメン」も、新潟の気分を盛り上げてくれます。

 ところで、信州になぜ新潟の方言が?と思われるかもしれません。が、もともと上越地域と交流の深い長野県の北部(北信地方)では、新潟とほぼ同じように「じょんのび」を使う地域(とくに飯山以北)もあり、なじみやすい表現でもあるのです。

 2004年には、JR飯山線(長野市内と新潟県の越後川口を結ぶ)を、「快速飯山線じょんのび風っ子号」が走りました(長野駅~十日町駅間)。また、現在はなくなってしまいましたが、飯山市内で「じょんのび祭り」という市民祭が行われていたこともありました。

 新刊の『方言と地図』(井上史雄監修 フレーベル館 2009.2)は、「おもわず声に出したくなる47都道府県のじまんの方言」がキャッチフレーズですが、長野県のページに「じょんのびだ(楽だ)」、新潟県のページにも「じょんのび してくんないかい(ゆっくりしてくださいね)」が取り上げられています。

 ここで、「じょんのび」の本家・新潟県内に目を向けてみると、事業所にその名を冠する所が数か所見つかります。

新潟市
 じょんのび館……食堂の経営
柏崎市
 じょんのび村協会……温泉施設の経営
糸魚川市
 じょんのび……グループホームなどの名

(ハローページより)

 そういえばかつて、90年代にはやった大手メーカーによる、いわゆる「ご当地」ビールでも、新潟県限定ビールは、「じょんのび」(キリン)の名で売られていました。また、長岡出身の女優星野知子さんが、地元紙の新潟日報に連載されたエッセイも「じょんのび」を冠したものでしたね。

 お隣さんの方言の流入では、松本市に「やっとかめ」(名古屋方言で[お久しぶり]の意)という居酒屋さんがあり、北信の「じょんのび」と好一対です。

 ところで、長野県外に「出ていった」方言には、どんな語があるのだろうか、という興味がわいてきます。

(今回は「年齢確認の必要な」例が多く、失礼をいたしました。)

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

大橋敦夫先生監修の本大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生2

2009年 4月 24日 金曜日 筆者: ogm

【編集部から】
 先週に引き続き立命館小学校校長・深谷圭助先生のインタビューを掲載します。
 このインタビューの経緯は以下をご覧ください。
 ⇒インタビュー「辞書引き学習」の深谷圭助先生《前編》
《前編》の目次
  ■「辞書引き学習」を始めたきっかけ
  ■辞書を自分のものにしていく子どもたち
  ■付箋を活用するメリット
  ■1冊目の辞書が付箋でいっぱいになったら…

辞書は知への扉 さまざまな世界への入り口を自分の手もとに――
深谷圭助先生インタビュー《後編》

辞書や資料はさまざまなものを

――立命館小学校では、子どもたちがいろいろな国語辞典を使っていました。また、「辞書引き学習体験会」の際、先生は、学校と家庭で別の辞書を使うことを提案なさっていましたが、複数の辞典をすすめる理由はどんなところにあるのでしょうか。

深谷先生 いろいろな辞書に触れることで、同じ「国語辞典」という名前がついていても、ある一つのことばを調べたときにそれぞれ書いてあることが違うということに気づきます。一つのことばでも、いろいろな意味の書き方があると知ることは、「ものの見方や考え方にはさまざまある」ということに気づくきっかけとなります。
 ご家庭では、たとえば、お父さんお母さんもご自分の辞書を持ち、お子さんが辞書を引くときに、いっしょになって同じことばを引いて、それぞれの記述が違うことを確かめ合うのもいいと思います。
 そのうちに、国語辞書を手がかりとして、自分の知りたいことを見つけるためにはどんなものが必要か、子ども自身が模索を始めます。そうして、友だちの辞書がうらやましくなったり、もっと大きな辞書をと思ったり、図鑑など他の資料に触れるようになったり……と、自らで解決方法を考えるようになります。

――そのように新たな資料に触れたとき、子どもたちはどのように接していきますか。また同じように付箋を立てていくのでしょうか。

深谷先生 そのころになると、子ども自身が工夫するようになり、同じように付箋を付ける子もいれば、引きやすいようにインデックスを付ける子もいます。あえて付箋を立てることを細かく指導しているわけではないので、子どもたちには工夫のしがいがあり、付箋を付けるにしても色を分けてみたり、上に付けたり横に付けたりと、それぞれのオリジナルの辞書ができあがります。この「工夫できる余地」というのも大切なことだと思います。そして、そうやって新しい資料も自分のものとして使いこなすようになります。また、そこから自分の知らない世界があるということを知り、興味を深め、探求していくようになります。

さまざまな知への入り口となる辞書

――その様子を見て、先生はどのように感じられたのでしょうか。

深谷先生 知っていることばをまず探す、国語辞書が入り口となり、知らないものがあるということを知る、自分が何に興味があるかを知るきっかけとなる、と。

――辞書引き学習の最大の意義とはそこにあると。

深谷先生 辞書引き学習というと限られたイメージをもたれている方もいらっしゃるのかもしれませんが、辞書のなかには非常にいろいろな分野の知があります。辞書引きによって、自分が何に興味をもっているか、自分が何をしたいのか、気づく重要なきっかけがそこにあり、そしてそれは、人に与えられたものでなく、自ら切り拓いていく知への窓口だと思うのです。
 使い古された表現ではありますが、「自分探しの旅」への、33,000語収録の辞書だったら33,000の扉がある。小学1年生から、自分の好きな自分の扉を自分の力で見つけ、自由に出入りすることができる。一冊の辞書を持つことで、さまざまな世界への入り口を自分の手もとに持つことができると思います。
 五十音順という、ある意味で整理された情報を自分の生活や体験につなげることができる。ことばの学習はそうあるべきだと思うんですね。

自らの道を切り拓いていく子どもたちに

――だからこそ、自分の辞書を持つということが大切であるということですね。先生の教育を受けて、子どもたちは自分で自分の道を切り拓いていっているのではないかと思いますが、愛知県でこの学習法を始めたころのお子さんたちは、成長してどのように育っていらっしゃるのでしょうか。

深谷先生 小学1年生のときに担任した子どもたちを、中学3年になったときに再び担任するという機会があったんですね。クラスの係で、ある子は社会科係になって、自分たちで取材して新聞にまとめるという活動をしていたんです。
 その新聞をつくる際にですね、そのとき社会科は公民をやっているのですけど、時事問題と引きつけて、自分で取材したり、新聞に出てくるキーワードを辞事典で調べたり、実際にマスコミや中央省庁に電話をして尋ねたり、そういう自分たちの手で調べ、取材し、要点をまとめて、わかりやすい情報の発信のしかたをするということを、一年間続けていたんですね。小学1年で辞書引きをしているから、調べることは全く苦にならない。中3にもなって受験以外の係活動に熱心になっていたので、おうちの方はもしかしたら心配していたのかもしれませんが(笑)、学習そのものが生活になっているその様子は、辞書引きがあってこそなのだと思いました。
 自ら知識を求め、その知識が連鎖していく。彼・彼女らにとっては、たとえばテストでいい点をとるとか、難易度が高い高校に入るとかといったこととは別の価値観で、学習そのものが、学習という意識がなく実現されている、むしろ自分たちにとって大切にしたいことなのだと確信しました。

――辞書引き学習の経験があるかないかで、なにか、差のようなものは感じましたか。

深谷先生 差というわけではありませんが、辞書引き学習を通して、自分の持っている知識や概念を吟味・咀嚼することで、情報に対しての接し方が変わってくるように思います。普通に生活をしていると自覚する機会があまりないことですが、知っていることばこそ引いてみる、そしてそれがしっくりこない、という経験を通じて、自分の知っている情報に問題があるのか、資料の側に問題があるのか、考えるきっかけとなる。世の中に流布されている情報というのが、実は、とくに意図的でなくても操作されている情報であるということに気づきます。情報に対する判断の誤りを振り返るきっかけともなり、情報の取捨選択ができるようになる。これはまさに情報リテラシーであり、クリティカルシンキングにつながると思うんですね。

子どものころは、まず、紙の辞書を

――情報の取捨選択というと、現在では、調べる媒体は辞書でも紙、インターネット、電子辞書があり、また辞書に似た役割として使われているものもあります。教育の観点から、このようなものをどうとらえていらっしゃいますか。

深谷先生 子どものころは、まず、紙の辞書を引くことに意味があると思います。小さいときに紙の辞書を用いて、ページをめくって調べるということをきちんとおこなう。紙の辞書を引くと、その過程でいろいろなことばに触れることができる。やはりそのプロセスが大事だと思うんです。たくさんのことばと出会うことができる。また五十音の順を意識することも重要です。そうして、ことばの感覚を磨いていくことができる。
 “使い込んだ電子辞書”というものはあまり聞きませんが、紙の辞書は使い込むことができる。電子メディア、たとえばフロッピーディスクのデータが1000年後に使えるかは確信もてませんよね。何千年もの間、紙はずっと残ってきたすぐれたメディアであり、そこには安心感があり、豊かさがある。もう少し紙の辞書を引くことを大切にしたほうがいいと思います。
 また、インターネット上にはいろんな人が書き込み、さまざまな立場の人が参加して辞書のようなものをつくっているものもありますが、そういうものを通じてまた、ことばの意味や定義は人によってずいぶん違うということを知ることもできます。こういうものがあると、紙の辞書としては、どういうスタンスでつくっているか、というところが問われてくると思います。
 辞書づくりというのは非常に重要なことで、いろいろな辞書があることもやはり大切ですよね。日本にはたくさんの辞書が出版されていて、子ども向けの辞書も豊富にあります。そのことは誇るべきことであって、もっともっと使うようにさせたいと思います。

大人にとっても辞書は良きパートナー

――ありがとうございます。それでは、最後に保護者の方や一般の方にメッセージをいただきたいと思います。まず保護者の方へお願いします。

深谷先生 大人が辞書をどのようにとらえているか、というのはすごく大きな問題だと思いますね。わからないことばを調べるというのは辞書の機能の一つであると思って、もっと豊かに使ってほしいと思います。
 たとえば、「まだ五十音もわからないのに辞書を与えるなんて」とは言わないで、むしろ辞書をつかって五十音の感覚を身につけたらどうか、というふうに、辞書を使ういろいろなアプローチがあっていいと思うんですね。子どもが何かできるようになってから、というのではなくて、そういうことを許容できるような大人のスタンスが必要だと思います。
 ぜひ、大人がやわらかくなってください。

――一般の方へお願いします。

深谷先生 いろいろ習い事をしたり資格をとったりということをなさる方はいると思うのですが、もっとも安くて、半永久的にあなたの先生であるのが辞書です。辞書は時と場所を選びません。いまさら聞けないけれどよくわからないことばのようなものも気軽に聞くことができる、子どもよりも、むしろ学校を出た人にとって、生涯の先生として、また気兼ねなく相談できる良きパートナーとして最適だと思います。手軽にこれだけ多くの辞書に触れることができ、安く手に入れられるこの国に生まれたことを感謝するというか、そういう国でなくてはと思います。

――貴重なお話をありがとうございました。では、最後になりますが、先生にとって理想の辞書とはどのような辞書でしょうか。

深谷先生 すべての辞書の基本は、辞書の王様は、国語辞典だと思うんですね。調べたことがすべてそこに書いてあるというのもつまらない。書かれていることにある一定の制限があり、ちょうどよい物足りなさがそこにあります。
 辞書から何か次の知につながるきっかけを得られる、まわりみちをたくさんして戻ってくる辞書が理想ですね。

【プロフィール】

深谷圭助(ふかや・けいすけ)
1965年生まれ。愛知教育大学卒業。名古屋大学大学院博士後期課程修了。博士(教育学)。
1989年愛知県刈谷市立亀城小学校に着任。国語辞典を学校生活のさまざまな場面で取り入れることで、児童が主体的に学ぶ指導法(辞書引き学習)を展開。この実践を『小学校1年で国語辞典を使えるようにする30の方法』(明治図書)にまとめ、教育界の注目の的に。
2005年立命館小学校の設置メンバーとなり、06年4月から同校教頭、08年4月には校長に就任。辞書引き学習の普及にと、校内だけでなく全国各地を飛び回りながら、学習法のさらなる向上のため研究活動に没頭する毎日。
おもな著書に『7歳から「辞書」を引いて頭をきたえる』(すばる舎)、『辞典・資料がよくわかる事典―読んでおもしろい もっと楽しくなる調べ方のコツ』(PHP研究所)、「辞書引き学習自学ドリル」シリーズ(MCプレス)などがある。

* * * インタビュー「辞書引き学習」深谷圭助先生 おわり * * *

【編集部からのお知らせ】

「辞書引き学習」基本のステップは五つ! 今すぐ始めたい方はこちらをご覧ください。
 ⇒「辞書引き学習」とは(監修:深谷圭助)
 「やってみよう!」 「辞書引き学習」への取り組み―先生方・保護者の方へ―

最新のイベント情報は右にあります「おすすめ記事」からご覧ください。今後のイベント情報、また、これまでの報告など関連情報は以下からもご覧いただけます。
 ⇒辞書引き学習についての情報

三省堂では、書店さんといっしょに「辞書引き学習」の体験会を考えました。活動のもようは以下をご覧くださいませ。
 ⇒深谷圭助先生の「辞書引き学習体験会」のご紹介

編集部で立命館小へうかがいました。以下に訪問記を掲載しています。
 ⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記1
 ⇒「辞書引き学習」の立命館小訪問記2

★深谷先生から推薦をいただいております

例解小学国語辞典 第四版
編者:田近洵一
B6判 1,216ページ 1,995(本体1,900)円 ISBN 978-4-385-13821-3
[ワイド版] A5判 2,205(本体2,100)円 ISBN 978-4-385-13822-0

 

例解小学漢字辞典 第三版 新装版
編者:林 四郎(主幹)・大村はま
B6判 1,152ページ 1,995(本体1,900)円 ISBN 978-4-385-13817-6
[ワイド版] A5判 2,205(本体2,100)円 ISBN 978-4-385-13818-3

 

★立命館小学校で使われています

クラウン学習国語百科辞典
監修:金田一春彦 編者:三省堂編修所
A5判 1,200ページ 3,990(本体3,800)円
ISBN 978-4-385-15048-2

 

サーバー停止・メンテナンスのお知らせ

2009年 4月 23日 木曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部

サーバー停止・メンテナンスについてお知らせいたします。

  1. 2009年4月26日(日) AM2時~5時の間の約2時間
  2. 2009年5月 1日(金) AM9時~PM1時(予定)

回線保守点検、および電源設備保守点検などのため、上記の日程でウェブ・サーバーが停止いたします。これにより、この時間帯は三省堂辞書サイトのご利用ができなくなります。
ご不便をおかけいたしますが、なにとぞご了承いただけますようお願い申し上げます。

人名用漢字の新字旧字:「歩」と「步」

2009年 4月 23日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第34回 「歩」と「

新字の「歩」は常用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。旧字の「」は人名用漢字なので、やはり、子供の名づけに使うことができます。つまり、新字の「歩」も旧字の「」も、どちらも出生届に書いてOK。でも、新字の方が旧字より画数が多いなんて、めずらしいですね。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「」が収録されていました。ただし、当用漢字表のまえがきには「字体と音訓の整理については、調査中である」と書かれていました。当用漢字表の字体は、まだ変更される可能性があったのです。字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。教科書に用いる活字字体を整理すると同時に、一般社会で用いられる活字字体をも整理しようともくろんだのです。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。

活字字体整理案の目的は、当用漢字の部分字体の統一にありました。たとえば、「面」と同じ部分字体にするために、「回」を「」に、「高」を「髙」に整理することが提案されました。あるいは、「凍」と同じ部分字体にするために、「」を「錬」に、「」を「欄」に整理することが提案されました。同様に、「劣」や「省」と同じ部分字体にするために、「」を「歩」に整理することが提案されました。活字字体整理案は、部分字体の統一が主眼であって、画数の増減には、あまりこだわっていなかったのです。

報告を受けた国語審議会では、昭和22年12月から昭和23年5月にかけて、字体整理に関する主査委員会を組織しました。主査委員会では、むしろ、当用漢字の画数を減らす方向で議論が進みました。活字字体整理案で画数が増えてしまっていた「」や「髙」は、「回」や「高」に戻すことになったのです。ただし、「歩」は違いました。「歩」は「」に較べてデザインのバランスがいいことから、そのまま「歩」で行くことになったのです。昭和23年6月1日、主査委員会は国語審議会に当用漢字字体表を報告し、当用漢字字体表はそのまま国語審議会答申となりました。

この間、昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、旧字の「」が収録されていたので、「」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。ところが、昭和24年4月28日に内閣告示された当用漢字字体表には、新字の「歩」が収録されていました。これに対し、法務府民事局は昭和24年6月29日、「」も「歩」もどちらも子供の名づけに使ってよい、と回答しました。

その後、常用漢字表の時代になって、新字の「歩」は常用漢字になりましたが、一方、旧字の「」はそれまで子の名に使えてきた経緯を踏まえて、人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、新字の「歩」と旧字の「」の両方が、子供の名づけに使えるのです。


【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。

『三省堂国語辞典』のすすめ その64

2009年 4月 22日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

わかってることばも、『三国』で引いてみる。

【身受けしてくなんし】
【身受けしてくなんし】

 辞書作りにたずさわる以上、当然とも言えますが、私は国語辞書をよく引きます。この連載の1回分を書くためにも、何回となく『三省堂国語辞典』を参照します。語釈を引用する場合はもちろんですが、多くは、自分の表現がこれで適切かどうかを確かめるために使います。この段落を書くにも、すでに数回、『三国』を引いています。

 たとえば、「参照」ということばを『三国』で見てみます。すると、〈〔まちがいの ないように、また、考える材料にするために〕(くらべて)見ること。〉とあります。この説明は、ちょうど私の表現したいことと一致しており、安心して「参照」が使えます。

 こんなわかりきったことばを辞書で引くというと、不審な顔をされることがあります。でも、何の変哲もない語句を、ついうっかり不適切に使ってしまうことは、だれにでもあります。「このことばはわかっている」と決めてかかるのは、たいへん危険なことです。

【少年を身受け?】
【少年を身受け?】

 ある週刊誌の記事で、警察に捕まった少年を〈知り合いのオヤジが身受けして自分の食堂で働かせていた〉と記した文がありました。おそらく、書いた人は何の疑問も感じなかったことでしょう。ところが、「身受け」の意味は、『三国』ではこうなっています。

 〈芸者などの前借り金(キン)を代わりに はらってやって、その商売をやめさせること。落籍(ラクセキ)。〉

 ほかの主な辞書を引いても、身受けの対象は芸妓・遊女などです。捕まった人の身柄を引き取ることを指すのは異例です。もっとも、手元にはもう1例、これと同じ使い方をした例がありますが、現在のところは、一般に広まった使い方とは言えないでしょう。

 こうした「ことばの選び方の間違い」を避ける方法はただひとつです。わかりきったことばだと思っても、文章を書くときや、書いた後に、念のために辞書で確かめてみることです。その辞書とは、まず第一に国語辞書であり、私の場合は、特に『三国』です。

【相談相手にして】(旧版凡例より)
【相談相手にして】(旧版凡例より)

 「すると、文章を書くためには、すべての単語を辞書で引かなければならないのですか」と言う人があるかもしれませんが、さすがに、それはやりすぎです。でも、一段落を書く間にも何回か辞書に当たるのが有効なことは、賛成してくださる人も多いでしょう。

 自分が今書いている文章のことばは、これで適切なのかどうか。それを判断するために、『三国』は、きっといい相談相手になるはずです。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

UNIX によるコーパスデータの処理 (8)

2009年 4月 21日 火曜日 筆者: 阪上 辰也

学習者コーパス入門 第24回

今回は、「uniq コマンド」を紹介します。

コーパスの中には、同じ単語が何度も出現します。これらの頻度を数えて、コーパスの語彙頻度表を作成しようとする場合、今回紹介する「uniq コマンド」が必要になります。その uniq コマンドの機能は、「重複した行を1行にまとめる」ことです。

しかし、まず注意しなければならないのは、重複しているかどうかを確かめる uniq コマンドの条件として、「隣接する行との比較が行われている」という点です。つまり、事前に、前回紹介した sort コマンドを使って、予め並び替えをしておく必要があります。

前回と同様に、1行1単語になっているファイル(nice_all.txt)を準備します(参照:第13回の記事第14回の記事)。そのファイルに対して、まずは、以下のように sort コマンドを実行し、結果を保存しておきます。

sort nice_all.txt > nice_all_sort.txt [Enter キーを押す]

上記のコマンドにより、並び替えられたデータは、nice_all_sort.txt という名で保存されることになります。今度は、このファイルに対して、uniq コマンドを実行します。その際、「c オプション」を加えて実行します。この c オプションを付け加えることで、重複した行がいくつあったのかを数える(「count の c」と覚えておくとよいでしょう)ことができます。つまり、ある単語がコーパス中に何回出現したのか、その単語の頻度を求めることができるようになるわけです。それでは、uniq コマンドに「c オプション」をつけて実行してみましょう。

uniq -c nice_all_sort.txt [Enter キーを押す]

実行されると、各行において、「数字(スペース)単語」という形式で結果が表示されるはずです。この数字が、その単語の頻度ということにあります。

これまで見てきたように、単語頻度一覧表は、1) データを1行1単語に整形する、2) sort コマンドによる並び替えを行う、3) uniq コマンドによる頻度計算を行う、という3つの手順を経て作成されることになります。

次回は、複数のコマンドの組み合わせについて紹介します。


▼お知らせ
2008年10月4日に、学習者コーパス「NICE」の正式版を公開しました。2009年4月9日にはバージョンアップを行い、ver. 1.1 に更新されました。無償で利用可能で、特別な手続きは必要ありませんので、ぜひ研究調査にご利用ください。詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。


■筆者プロフィール
阪上辰也(さかうえ・たつや)
名古屋大学大学院 国際開発研究科 特任助教。
専門は、コンピュータを利用した外国語教育。
ウェブサイトは、sakauetatsuya.net

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