« 社会言語学者の雑記帳3-2 - 日本語社会 のぞきキャラくり 第34回 キャラクタの姿勢 »

地域語の経済と社会 第43回

2009年 4月 11日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第43回 自転車を「降りチャリ、押しチャリ」

 北九州市のJR小倉駅のすぐ近くで、道路に描かれたおもしろい標示を見つけました。

【写真1 公共連絡通路の出入り口】
【写真1 公共連絡通路の出入り口】
(クリックで拡大します)
【写真2 路面の標示「押しチャリ」「降りチャリ」】
【写真2 路面の標示「押しチャリ」「降りチャリ」】
(クリックで拡大します)

 線路の下のガードを通り抜ける「公共連絡通路」の片側を利用して、有料の自転車置き場が設けられています。その出入り口【写真1】とガード内の路面上に、【写真2】のような注意事項が描かれています。

 曰く、①「降りチャリ」、②「押しチャリ」と……。出入り口には①②が並んで描かれており、ガード内の路面には②が点々と描かれていて、利用者に協力を呼びかけています。

 「チャリ」はカタカナで書いてありますが、これは言うまでもなく「自転車」を意味する(若者)ことば「ちゃりんこ」の短縮形で、もちろん「(ここでは)自転車から降りてください。押してください」という意味です。

 ところが、実はこれにはもうひとつ別な意味がかけてあります。

 「~シチャリ」は「~してやりなさい」という意味の、この地方の方言です。「押しやり(なさい)」がここの方言では「押しやり」となりますが、それがさらに「押しちゃり」と変化したもので、「降りチャリ」も同様です。

 「(ここでは自転車での通行は禁止ですよ。歩く人のために)自転車から降りて、押して通りましょう」というわけですが、ことば遊びのユーモアがあって、思わず気分がほぐれます。なかなか効果的な呼びかけのメッセージだといえるでしょう。

 方言で交通安全を呼びかける掲示や看板は、最近あちこちで見かけますが、共通語の場合に比べると、より印象的でインパクトがあります。それにさらにちょっとひねったユーモアがあると、いっそう効果的です。この小倉の場合もなかなかおもしろく、秀逸な例だと思います。

【写真3 通路の壁に貼ってあるポスター】
【写真3 通路の壁に貼ってあるポスター】
(クリックで拡大します)

 壁に貼ってあるポスターには「自転車マナーアップキャンペーン / 少しは、考えチャリ / 平成17年 交通モラル・マナー回復運動元年 福岡県警察」という1枚と、「自転車マナー守っチャリ運動 /1 降りチャリ押しチャリ 2 避けチャリ 3 点けチャリ / 小倉北区交通安全推進協議会・小倉北交通安全協会・小倉北警察署」という1枚が並んでいました。【写真3】

 なお、そこから100mほど離れた小倉駅構内にも自転車での通行禁止を示す標示が通路上に描かれていますが、これには③「ここは歩道です。自転車の方は、降りて通行してください。小倉駅長」とあり、ごくふつうの共通語です。

 先の駐輪場を利用するのは地元の人で、駅構内は旅行者など地元以外の人も利用するから……というわけでしょうか? しかし、考えてみると自転車を利用するのはまず地元の人でしょう。(長距離サイクリングでたまたま来たというケースもなくはないでしょうが……)

 つまり、これは管轄する機関の違いで、北九州市(福岡県警)の①②「方言版」とJRの③「共通語版」とがすぐ近くに並んでいると見るべきでしょう。それにしてもおもしろいコントラストです。

 さらに見て回ったら、もうひとつ、小倉駅の構内にも、中を横切る公共通路があり、そこにも先の①②と同じ標示が路面に描かれていました。ここもJRの管轄のはずですが……。

 「あれぇ? ここもJRの管轄のはずだろうに……」と思って駅に聞いたところ、「駅の構内ではあるが、この通路の管轄は北九州市です」とのことでした。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」目次へ

【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
 大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

2009年 4月 11日