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『三省堂国語辞典』のすすめ その64

2009年 4月 22日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

わかってることばも、『三国』で引いてみる。

【身受けしてくなんし】
【身受けしてくなんし】

 辞書作りにたずさわる以上、当然とも言えますが、私は国語辞書をよく引きます。この連載の1回分を書くためにも、何回となく『三省堂国語辞典』を参照します。語釈を引用する場合はもちろんですが、多くは、自分の表現がこれで適切かどうかを確かめるために使います。この段落を書くにも、すでに数回、『三国』を引いています。

 たとえば、「参照」ということばを『三国』で見てみます。すると、〈〔まちがいの ないように、また、考える材料にするために〕(くらべて)見ること。〉とあります。この説明は、ちょうど私の表現したいことと一致しており、安心して「参照」が使えます。

 こんなわかりきったことばを辞書で引くというと、不審な顔をされることがあります。でも、何の変哲もない語句を、ついうっかり不適切に使ってしまうことは、だれにでもあります。「このことばはわかっている」と決めてかかるのは、たいへん危険なことです。

【少年を身受け?】
【少年を身受け?】

 ある週刊誌の記事で、警察に捕まった少年を〈知り合いのオヤジが身受けして自分の食堂で働かせていた〉と記した文がありました。おそらく、書いた人は何の疑問も感じなかったことでしょう。ところが、「身受け」の意味は、『三国』ではこうなっています。

 〈芸者などの前借り金(キン)を代わりに はらってやって、その商売をやめさせること。落籍(ラクセキ)。〉

 ほかの主な辞書を引いても、身受けの対象は芸妓・遊女などです。捕まった人の身柄を引き取ることを指すのは異例です。もっとも、手元にはもう1例、これと同じ使い方をした例がありますが、現在のところは、一般に広まった使い方とは言えないでしょう。

 こうした「ことばの選び方の間違い」を避ける方法はただひとつです。わかりきったことばだと思っても、文章を書くときや、書いた後に、念のために辞書で確かめてみることです。その辞書とは、まず第一に国語辞書であり、私の場合は、特に『三国』です。

【相談相手にして】(旧版凡例より)
【相談相手にして】(旧版凡例より)

 「すると、文章を書くためには、すべての単語を辞書で引かなければならないのですか」と言う人があるかもしれませんが、さすがに、それはやりすぎです。でも、一段落を書く間にも何回か辞書に当たるのが有効なことは、賛成してくださる人も多いでしょう。

 自分が今書いている文章のことばは、これで適切なのかどうか。それを判断するために、『三国』は、きっといい相談相手になるはずです。

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

2009年 4月 22日