地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第47回 井上史雄さん:恋をはぐくむ沖縄方言

筆者:
2009年5月9日

沖縄県は方言の宝庫ですが、方言みやげの宝庫でもあって、他地方とは一味違ったものが見られます。

【写真1】
【写真1】
【写真1】(クリックで拡大、下は一部拡大)

昔沖縄ファンの教え子がおみやげとして持ってきてくれたのは、【写真1】のハンカチでした。まだ方言手ぬぐいが主流だった時期ですから新鮮でした。それに載せてあることばも興味深いものでした。順番に読むと、出会いのあいさつがあり、家族を表す単語と「結婚」や「こども」が並びます。沖縄を訪ねた人が、恋をして結婚を申し込み、子供ができるまでのことばを並べたとも受け取れます。

つまりは、「やまとぅんちゅ」(大和人=本土の人)が沖縄に住み着くための実用単語集とも解釈できます。

さて、結婚してこどもが生まれ、成長して入学します。そこで役立つものも方言みやげになっています。

【写真2】は50音表です。小学校1年生の教室で使いそうな大きなポスターです。この表ではかな文字の使われることばが赤で示されていますが、大きなかな文字の右側の沖縄方言の言い方に、赤が見られないものがあります。エケセネヘメ、ヨロです。よく見ると、大きなかな文字の下の共通語訳の一部が赤になっています。どうしてなんでしょう。

【写真2】
【写真2】
【写真2】(クリックで拡大、下は一部拡大)

実は沖縄の那覇市あたりの方言では、母音が基本的には三つに減りました。かつてオがウに、エがイになったのです。ですからオ段、エ段の使われる沖縄ことばを探すのはかなり厄介です。共通語訳でその発音が出るだけなのです。ここまで読み取れれば、もう沖縄人として大学生レベルです。

社会人として沖縄ことばの単語数を増やそうとしたら、辞書が必要です。これも方言みやげとして用意してあります。小さな沖縄方言辞書が付いているキーホルダーをもらったことがあります。方言豆本の小ささでは、日本一かもしれません。

沖縄の方言みやげには、こんなふうに、本土にはない発想のものがたくさんあります。2005年に沖縄に行った時に、那覇市内を回りました。方言みやげは、以前にくらべ増えていました。でも一部はもう見つからなくなっていました。方言みやげは短命なのです。目についたら買う(か記録にとる)ことが原則です。これまでに方言研究者の目にふれずに、記録されずに消えた方言みやげは、数多いでしょう。このサイトでは、一部分だけでも公開しながら、記録しているのです。ここを読んだ方、何か情報があったらお知らせください。レアものかもしれませんよ。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。