地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第48回 日高貢一郎さん:方言翻訳の妙味と効果

2009年5月16日

有名な文学作品などを、もし自分にお馴染みの「方言」で読んだり聞いたりすることができたとしたら、どんな気分になるでしょうか?

近代文学の作品はもちろん、古典文学、漢詩、さらにはお経、聖書などが、各地の方言に訳されて本になったり、中にはCD付きで刊行されたりしています。

【写真1 方言翻訳本のいろいろ】
【方言翻訳本のいろいろ】
(クリックで拡大します)

漱石の「我輩は猫である」の冒頭を沖縄方言に訳すと、次のようになるといいます。
 宜志政信訳『吾んねー猫どぅやる』(新報出版、2001.11)によると……、

(わ)んねー猫(まやー)どぅやる。
名前(のー)じぇーなーだ無(ねー)らん。
何処(まーん)じが生まりたらむさっとぅ分からん。

だそうですが、読みながら、思わず「さっぱり分からん」とつぶやきたくなりました。

「百人一首」の有名な歌も、宮崎の方言に訳すと、こうなります。
 佐伯恵達『宮崎方言版 小倉百人一首』(鉱脈社、1994.11)では……、

田子ん浦かり ながめちみッと まっしるゥ
富士のちョッぺんにャ 雪(ゆっ)かふっちョる

芭蕉の『奥の細道』の冒頭を山形県の「尾花沢弁」に翻訳すると……。
 上川謙市編『思いっきり山形 んだんだ弁! おぐのほそ道(みづ)』(彩流社、2008.7)の冒頭部分「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」は、

(ない)だがよぉ、考えでみっどな、月日(つぎし)なの俺達(おらだ)
生まっで来るしょっでんがら、ずーっと旅すてるみでぇなもんだなゃ。

漢詩も『関西弁で愉しむ漢詩』(桃白歩実、寺子屋新書、子どもの未来社、2005.1)によると、有名な陶淵明の「帰りなんいざ……」の「帰去来辞」の冒頭は……、

さぁ帰ろ
さぁ 帰ろか~ イナカの田畑は荒れ放題や
これは帰らなアカンやろ 心が自由ちゃう世界で 
何をウダウダせなアカンねん ……

となって、飾らない本音が、しっかり伝わってきます。

お経も、「阿弥陀経」を名古屋弁に訳した、船橋武志『名古屋弁訳 仏説阿弥陀経』(ブックショップ マイタウン、1985.4)では……、

仏説阿弥陀経  お釈迦さまが説かれた(ときゃーた)阿弥陀経
如是我聞  私(わし)(阿難)はよー、次のよーに聞いとるがね。
一時仏在舎衛國  あるときよー、お釈迦さまが在舎衛國の、
祇樹給孤獨園  祇園精舎とゆーとこにおりゃーたときによー、
與大比丘衆  沢山(ぎょーさん)のお弟子さんたちと一緒だったわなも。

何だか、近所の人からお釈迦様の噂話を聞いているような気分になります。

『聖書』を大阪弁に訳すと、こうなるそうです。『コテコテ大阪弁訳「聖書」』(ナニワ太郎&大阪弁訳聖書推進委員会、データハウス刊、2000.11。愛蔵版は2004.3)の「第1章 イエス・キリストはんが生まれはりましたで~の巻」では……、

イエス・キリストはんの誕生の次第は次のようやった。
母マリアはんは、ヨセフはんと婚約しとったけど、二人がいっしょにならはる前に、精霊はんによって身ごもってはることがわかったんや。

これまた、事情に詳しい人からじかに話を聞くような印象があります。

こうやって見てくると、とかく堅苦しい印象を持たれがちな原作品が、その方言を日頃使っている人たちにすると、非常にわかりやすく、かつきわめて身近な響きで迫ってきて、「な~んだ、そうか~ぁ。そういうことだったのかぁ」と、改めてそのもののもつ意味あいをより深く理解できることになります。

その効果のほどは、つまり、「方言」という卑近なフィルターを通すことによって、それまで遠くにあると思っていたものを強力に身近に引き寄せ、“神秘のベール”をはがして、いわば自分と“等身大の存在”としてしっかり眺めなおすことができるようになる、といったらいいでしょうか。(もちろん翻訳者の技量にも負うところが大ですが……)

これまでにも、各地の方言を比較・対照する目的で、昔話の「桃太郎」や、夏目漱石の「坊ちゃん」など、読者にすでにお馴染みのストーリーを、全国の方言に訳して対比したものが方言概説書などによく載せられていましたが、今後も、こういった試みは多様な作品を素材にして、各地で続くのではないかと思われます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。