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日本語社会 のぞきキャラくり 第39回 キャラクタは文字に宿る

2009年 5月 17日 日曜日 筆者: 定延 利之

キャラクタは文字に宿る

 ずいぶん書いてきたのう。

 と、『老人』キャラを発動させておるのは、過去を振り返ってみようと思うからじゃ。これは『老人』がよくやることなのじゃ。回顧し、詠嘆することが得意な『老人』キャラを回顧詠嘆の際に発動させるのは、かの太宰治先生も使われた立派な「遊び」のテクニックなのじゃ(第10回第11回参照)。

 振り返ってみれば、いかにも『老人』らしい独り言「もう秋じゃのう」は言うに及ばず(第36回)、誰でも使いそうな「た」のようなことばさえ、その実、特定のキャラクタのことばづかいという面を持っておった(第28回第29回)。そもそも東京弁か関西弁か、日本語か英語かという段階から、キャラクタはことばと深く結びついておったのじゃ(第15回)。

 いや「ことば」だけではないぞ。キャラクタは驚きや否定の発言のイントネーションとも結びついておった(第26回第32回)。まだある。「住まいのための、おー原則」のようなとぎれ延伸型のつっかえは『権威者』の振る舞い(第30回)、「スー」と空気をすするのは『大人』の振る舞いじゃ(第31回)。こういうものは、広い意味での「ことば」に含めてもいいのじゃがのう。

 「動作」も忘れるわけにはいかんて。丹生夫人の眼の使い方、唇の曲げ方、煙草の吸い方は人柄の悪い『東京人』(第15回)、片手直立左右振りは『大人』(第32回)、そのグニャグニャ版は『娘』のもの(第33回)、お茶の飲み方ひとつとっても『大人の女』『ずるい人間』『正直者』と、まあいろいろあったわい(第38回)。

 両手肘付きA字合わせという『おじさん』の「姿勢」もあったのう(第34回)。「身体」も、いや、そもそも「身体」こそキャラクタが複雑に結びつくものじゃった(第13回)。

 こうしてみると、キャラクタが結びつくものには、人間の行動全般、さらに姿勢に身体と、さまざまなものがあることがわかるのう。ほんに、いろいろあったのう。

 まだあるかの。

 あるのじゃ。(もはや回顧詠嘆ではないのじゃが、『老人』キャラがとまらんのじゃ。)

 人間の行動と結びつく結果なのじゃが、キャラクタは行動の「痕跡」とも結びつくのじゃ。たとえば「書く」という行動の結果生じる痕跡、つまり文字じゃ。文字を論じる時、意図の希薄さを期待し尊び、逆に意図があからさまなものを「わざとらしい」と忌避する感覚がしばしば働くのは、そのためなのじゃ。

 「そうじゃねえんだ、この字はへたじゃあねえんだ」と栄二は力をこめて云った、「――おれも初めはそう思ってた、ついこのあいだまで、なんてまあへたくそな字だろうって思ってた、ところがおちついてよくよく見ると、へたどころか本筋の字だってことに気がついたんだ」
 手習いをするのにうまい字を書こうと思うな、と芳古堂の親方が諄(くど)いほど云った。うまい字を書こうとすると嘘になる、字というやつはその人の本性をあらわすものだ。いくらうまい字を書いても、その人間の本性が出ていないものは字ではない。上手へたは問題ではない、自分を偽らずただ正直に書け、親方はいつもそう云っていた。

[山本周五郎『さぶ』1963年]

 つまり「うまい字を書こう」という意図を捨てたところで初めて書き手のキャラクタが文字に反映される、文字に味が出る、文字とは本来そういうものということじゃ。こういう「書道論」は小説の中だけのものではないじゃろう。

 なにしろキャラクタはスタイルと違って、意図的にコントロールしてはいかんものなのじゃ。

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【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

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【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

2009年 5月 17日