2009年 5月 のアーカイブ
日本語社会 のぞきキャラくり 第38回 茶飲み三態
2009年 5月 10日 日曜日 筆者: 定延 利之茶飲み三態
前回述べたように、「お茶にしようかね。お茶」と言ってちゃぶ台からイソイソと立ち上がる人物像とは『親父』キャラではない。アニメ『サザエさん』で言えばフネのような『母さん』キャラである。お茶の話が出たついでに、お茶の飲み方も見てみよう。
彼は畳の上に仰むけになって、朋子のことを考えた。長い歳月の後に会った彼女はすっかり人妻らしい姿と形とをしていた。湯のみを両手にはさんで茶をのむポーズも、ハンドバッグをとりあげる仕草も、そして彼に質問をする声の調子も、むかし一平が知っていた娘時代の彼女とはすっかり違っていた。落ちつきと思慮ぶかさとが、その挙動のひとつ、ひとつににじみでていて、同じ年齢でありながら彼は自分がずっと年下のような気がした。勉強ということしか知らぬ彼にくらべて生活に裏うちされた女の重みが感じられた。
[遠藤周作『彼の生きかた』1975年]
ここでは福本一平が、幼なじみの中原朋子がお茶を飲む様子を思い返して、そこに「落ちつき」「思慮深さ」「女の重み」を備えた人妻つまり『大人の女』を見いだしている。
お茶の飲み方ひとつに、そんな大げさな。やっぱり小説だから現実とは違って――というのはおそらく誤った考えである。そもそもこの文章が小説の一節として立派に成立しているのは、私たちの(全員ではないにせよ)多くがこうした経験にそれなりに思い当たり、「わかるわかる」と思って読み進めることができてこその話ではないか。
この小説には、『ずるい人間』のお茶の飲み方も出てくる。
「それで……これは世間に黙っておいてもらいたいが、研究所のほうと相談した結果、麻酔銃を使うのがいいだろうと思うがね」
「麻酔銃でっか」
「そうだ。猿は一時的に気絶するが、しかし生命には異常はない。その銃を研究所のほうで貸してらうことにしたよ」
中本はずるそうに細君の運んできた茶を大きな音をたててすすった。[遠藤周作『彼の生きかた』1975年]
これは、猟師の自宅を観光会社の重役がたずねて、比良山のサルを捕獲する相談をしている場面である。サルを生かしたままつかまえるのに手こずっている猟師・中本は、今度は密かに麻酔銃を使えと重役に指示され、「麻酔銃でっか」と考えながらお茶を飲んでいる。
うわー、ありそうだなー。中本の身体的特徴は描かれていないが、私の中では、中本は細い目を油断なく動かし、薄情そうな薄い唇を曲げて茶をすすっている。皆さんの中ではどうだろう。もちろん、こういう細かい部分まで私たちのイメージが必ず一致するとは思わないが、「ずるそうなお茶の飲み方」、ありますよねっ。
いまの例とは正反対に「ずるい事をされる心配はないと誰でも思わないわけには行かない」「善良そのもの、正直そのもの、そして、低能そのもの」の男、つまり『正直者』のお茶の飲み方というのもあるようだ。
謙作は或(ある)時皆(みんな)と茶の間で茶を飲んでいると其処(そこ)へその植木屋が入って来た、その様子を憶(おも)い出した。腰を曲げ、膝(ひざ)をくの字なりにして、実際信行のいうようにその様子は善良そのもの、正直そのもの、そして、低能そのもののような感じを与えた。妹達はクスクス笑ったが、植木屋は少しも気がつかないような顔をしていた。話振りでも、恭(うやうや)しく茶を戴(いただ)いて飲む、そういう様子でも、総(すべ)てが馬鹿叮嚀(ていねい)で、この者に任して置いて、ずるい事をされる心配はないと誰でも思わないわけに行かないような男だった。
「然(しか)し見た通りが本統だろうか?」謙作はその時何となく疑う気がしたのであった。余りに見かけが好人物すぎた。其処に眼(め)に見えない一種の不自然さが感じられた。[志賀直哉『暗夜行路』(前編)1921年]
さあ、どうだろう。この植木屋の『正直者』キャラは、時任(ときとう)謙作の直感どおり、取り繕われた見せかけのものなのか。それとも兄の信行が言うように、心底からのものなのか。正解は『暗夜行路』には書かれておらず、読者の想像にゆだねられている。私たちは、日ごろ周囲の人物に対してしているように(第2回・第3回)、この植木屋の本性を自分で決めつけなければならない。
本性はともかく、植木屋がいかにも『正直者』らしく見えるのは、一つには、『正直者』らしいお茶の飲み方のせいだという。『正直者』らしいウーロン茶の飲み方なんて、中国にあるのかなあ。で、アメリカには『正直者』らしいコーラの飲み方が?
でもこういうの、たしかに日本にはありますよねえ。いつも見いだしたりするわけではないけど、こういうもの、時に感じちゃいますよねえ。
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第47回
2009年 5月 9日 土曜日 筆者: 井上 史雄地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第47回「恋をはぐくむ沖縄方言」
沖縄県は方言の宝庫ですが、方言みやげの宝庫でもあって、他地方とは一味違ったものが見られます。
昔沖縄ファンの教え子がおみやげとして持ってきてくれたのは、【写真1】のハンカチでした。まだ方言手ぬぐいが主流だった時期ですから新鮮でした。それに載せてあることばも興味深いものでした。順番に読むと、出会いのあいさつがあり、家族を表す単語と「結婚」や「こども」が並びます。沖縄を訪ねた人が、恋をして結婚を申し込み、子供ができるまでのことばを並べたとも受け取れます。
つまりは、「やまとぅんちゅ」(大和人=本土の人)が沖縄に住み着くための実用単語集とも解釈できます。
さて、結婚してこどもが生まれ、成長して入学します。そこで役立つものも方言みやげになっています。
【写真2】は50音表です。小学校1年生の教室で使いそうな大きなポスターです。この表ではかな文字の使われることばが赤で示されていますが、大きなかな文字の右側の沖縄方言の言い方に、赤が見られないものがあります。エケセネヘメ、ヨロです。よく見ると、大きなかな文字の下の共通語訳の一部が赤になっています。どうしてなんでしょう。
実は沖縄の那覇市あたりの方言では、母音が基本的には三つに減りました。かつてオがウに、エがイになったのです。ですからオ段、エ段の使われる沖縄ことばを探すのはかなり厄介です。共通語訳でその発音が出るだけなのです。ここまで読み取れれば、もう沖縄人として大学生レベルです。
社会人として沖縄ことばの単語数を増やそうとしたら、辞書が必要です。これも方言みやげとして用意してあります。小さな沖縄方言辞書が付いているキーホルダーをもらったことがあります。方言豆本の小ささでは、日本一かもしれません。
沖縄の方言みやげには、こんなふうに、本土にはない発想のものがたくさんあります。2005年に沖縄に行った時に、那覇市内を回りました。方言みやげは、以前にくらべ増えていました。でも一部はもう見つからなくなっていました。方言みやげは短命なのです。目についたら買う(か記録にとる)ことが原則です。これまでに方言研究者の目にふれずに、記録されずに消えた方言みやげは、数多いでしょう。このサイトでは、一部分だけでも公開しながら、記録しているのです。ここを読んだ方、何か情報があったらお知らせください。レアものかもしれませんよ。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)、『日本語は年速一キロで動く』(講談社現代新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『その敬語では恥をかく!』(PHP新書)、『言語楽さんぽ』『社会方言学論考―新方言の基盤』(ともに明治書院)、監修に『方言と地図』(フレーベル館、最新刊)などがある。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
明解PISA大事典:PISA「二十一世紀之怪物 ぴざ」
2009年 5月 8日 金曜日 筆者: 北川 達夫第1回 二十一世紀之怪物 ぴざ
“PISA”という怪物が日本の教育界をバッコしている。
“PISA”の順位が落ちたために、学力低下が叫ばれ、「ゆとり教育」ではダメだとされた。“PISA”を強く意識して学習指導要領が改訂され、全国学テの問題がつくられた。どこでもかしこでも“PISA型学力”という、わけのわからぬものに取り組まねばならなくなった。すべて“PISA”が発端である。たいへんな破壊力だ。
では、“PISA”とはなにか?
PISAとはProgramme for International Student Assessment(生徒の学習到達度調査)のこと。OECD(経済協力開発機構)が2000年から3年毎に実施している国際テストである。対象は義務教育を終えたあたりの生徒。日本では高校1年生が受ける。科目は数学・読解・科学の3つ。問題解決という科目が加えられたこともあった(2003年調査)。
この国際テストで順位を落としたことがすべての元凶である。ただ、順位を落としたといってもビリになったわけではない。57カ国が参加した2006年調査の順位は数学10位、読解15位、科学5位。良くもないが悪いというほどではない。
ところで、なぜOECDなのだろう?
OECDとは経済協力開発機構。読んで字のごとく経済専門の国際機関である。教育とはあまり関係なさそうだ。それなのになぜOECDが国際テストをやるのか?
これについて「教育・人材養成は労働市場や社会、経済と密接に関連していることから、OECDは幼児教育から成人教育までの広い範囲で、将来を見据えた教育政策のあり方を提言」「近年では経済のグローバル化とともに、世界各国の教育を共通の枠組みに基づいて比較する必要性」というような説明がなされている(1)。
つまり経済の“グローバル化”が背景にある。経済が“グローバル化”すれば日本製品が世界中で売れるように、日本人も世界中で働ける。こうなると製品の国際規格を統一すると便利なように、人材の国際規格も統一したほうが便利だ。“PISA”は各国の人材が国際規格に適合しているかどうかを測定するテストということか。
もちろん「人材の国際規格」などという露悪的な言葉を使う必要はない。むしろ「世界のどこにいっても通用する能力」といったほうが適切だろう。日本の教育の追求してきた学力とはちょっとズレるような感じはあるが、これからの世界を生き抜いていくためには必要な能力であるに違いない。
ちなみに「PISA」は「ぴさ」ではなく「ぴざ」と読む。なぜ「ぴざ」なのかというと、国際会議でそういうのが普通だからだそうだ(2)。
これは「PISA」の英語読みが「ピザ」であることに由来する。たとえば斜塔で有名なイタリアの都市PISAはイタリア語読みならば「ピサ」だが、英語読みだと「ピザ」になる。なぜ「PISA」というつづりでSが濁るのかと思うかもしれないが、「VISAカード」を「びざカード」と読んでいることを考えれば納得できるのではないか。
ただ、「PISA」を「ぴざ」と読むのは日本独特の生真面目な原音主義によるもので、ほかの国はけっこう勝手な読みかたをしている。たとえばPISAでいちやく有名になったフィンランドではフィンランド語の発音法則に従って「ぴさ」と読んでいるのである。
かくのごとく、この連載ではPISAという怪物について、特にその読解力について、虚像を排しつつ実像を探っていくことにしたい。
* * *
(1)『生きるための知識と技能3』OECD生徒の学習到達度調査(PISA)・2006年調査国際結果報告書 p002/国立教育政策研究所編/ぎょうせい 2007年
(2)有元秀文国立教育政策研究所総括研究官のウェブサイト(http://www.nier.go.jp/arimoto/index.html)の「よくある質問」より
* * *
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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)、組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
5月11日発売の『週刊 東洋経済』(5/16号)から、「わかりあえない時代の『対話力』入門」が連載開始。
* * *
【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」がスタートしました。金曜日の掲載を予定しております。乞うご期待。
人名用漢字の新字旧字:「祷」と「禱」
2009年 5月 7日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第35回 「祷」と「禱」
※編集部注:公開当初、旧字の「禱」は環境によっては「ネへんに壽」の字体で示されるかたちで表示してありましたので、フォントを指定するように変更しました。以下の本文中で意図した旧字の「禱」は「示へんに壽」で、下の画像で示す文字です。(2009年5月19日)
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旧字の「禱」(示へんに壽)は、平成16年9月27日の戸籍法施行規則改正で、人名用漢字になりました。新字の「祷」(ネへんに寿)は、つい1週間前、平成21年4月30日の戸籍法施行規則改正で、人名用漢字になりました。つまり現在では、「祷」も「禱」も出生届に書いてOK。でも、新字の「祷」が人名用漢字になるためには、高等裁判所による決定が必要だったのです。
法制審議会のもと平成16年3月26日に発足した人名用漢字部会は、JIS X 0213 (平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「禱」は、JIS X 0213の第3水準漢字で、出現頻度数調査の結果が647回でしたから、人名用漢字の追加候補となりました。一方、新字の「祷」は、JIS X 0213の第1水準漢字でしたが、出現頻度数調査の結果が95回で、不受理の法務局数が2だったため、追加候補にはなりませんでした。
平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を、法務大臣に答申しました。この488字の中に、旧字の「禱」は含まれていましたが、新字の「祷」は含まれていませんでした。 3週間後の9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧字の「禱」は人名用漢字983字に含まれていましたが、新字の「祷」は人名用漢字になれませんでした。でも、子供の名づけに新字の「祷」を使いたい親は、これに黙っていなかったのです。
平成19年2月23日、神戸家庭裁判所伊丹支部は、新字の「祷」を含む出生届を受理するよう、宝塚市長に命令しました。子供の名づけに新字の「祷」を使いたい親が、宝塚市長を相手どって不服を申立てていたもので、神戸家庭裁判所伊丹支部は、この親の訴えを認めたのです。ところが、この命令に対し宝塚市側は、大阪高等裁判所に即時抗告しました。正字の「禱」が人名用漢字として使えるのだから、あえて俗字の「祷」を子供の名づけに認める理由がない、というのが、宝塚市側の主張でした。新字の「祷」をめぐる争いは、高等裁判所の抗告審に移り、「祷」が戸籍法でいうところの「常用平易」な漢字かどうかが争われたのです。
平成20年3月18日、大阪高等裁判所は、宝塚市側の抗告を棄却しました。「祷」は「禱」に較べて「平易」なのは疑いがなく、しかも、「祷」は第1水準漢字なので「常用」されているはずだ、と、大阪高等裁判所は判断したのです。つまり、「祷」は、戸籍法でいうところの「常用平易」な漢字であり、したがって子供の名づけに使ってよい、と決定したのです。大阪高等裁判所の決定を受けて、宝塚市は、子供の名に「祷」を含む出生届を受理しました。
平成21年4月30日、法務省は戸籍法施行規則を改正し、「祷」と「穹」の2字を人名用漢字に追加しました。この結果、人名用漢字は985字になり、旧字の「禱」に加えて新字の「祷」も、出生届に書いてOKとなったのです。
—
【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
『三省堂国語辞典』のすすめ その66
2009年 5月 6日 水曜日 筆者: 飯間 浩明「おそろしい」を引くと「こわい」?

【幽霊はこわい? おそろしい?】
この連載の「その49」で、旧版の『三省堂国語辞典』は、〈簡潔を期するあまり、〔略〕ほかの似たことばとの違いがよく分からない場合もありました〉と記しました。これはやや一面的な書き方だったかもしれません。『三国』は、「簡潔」と「ことばの特徴を際立たせること」を両立させようと工夫してきた辞書でもあるからです。
「こわい」「おそろしい」の語釈を見ると、その工夫の一端がわかります。

【初版の「おそろしい」】
初版(1960年)では、「こわい」は〈(何か自分に害がくわえられそうで)にげたい・(ちかづきにくい)気持ちだ。〉と説明されています。一方、「おそろしい」は、単に〈こわい。〉と書いてあるだけです。簡潔に傾きすぎて、ことばの特徴を際立たせられませんでした。
当時の執筆陣としても、これには不満足だったようです。次の第2版(1974年)では、記述が大幅に充実し、次のようになりました(※)。
こわい…〈(自分に害が くわえられそうで)からだが ふるえるような気持ちだ。〉
おそろしい…〈たいへんなことが起こりそうで、避(サ)けたいと思う状態だ。こわい。〉
きわめて的を射た説明です。「こわい」は、生理的な反応を伴うもので、犬にほえられたり、高いところに登ったりして、体がぶるっと来る感じを言います。〈からだが ふるえるような気持ちだ。〉とつけ加えたことで、特徴がよく分かるようになりました。
一方、「おそろしい」は、天変地異など、自分の力ではどうにもならない事態を前にして生まれる感情です。語釈では、「ふるえるような気持ち」などとせず、〈避(サ)けたいと思う状態だ。〉と、客観的な判断を伴う感情であることを示しています。

【おお、こわ。】
じつは、今回の第六版の編集時に、この「こわい」「おそろしい」にも手を入れようとしました。「高いところに登ってこわい」という場合、〈自分に害が くわえられそう〉とはちょっと違います。また、「おそろしい殺人事件」は、〈たいへんなことが起こりそう〉ではなく、もう起こったことです。こういった例を覆う語釈なら、よりよさそうです。
とはいえ、そういうさまざまなケースに対応するように語釈をくわしくすると、「こわい」「おそろしい」それぞれの特徴的な部分についての説明が弱くなり、語釈が濁ってきます。いろいろ試みる中で、第二版以来の記述が、いかに簡潔で要を得ているかを実感しました。結局、今までの記述は変えないことにしたのです。
(※注 「おそろしい」の語釈は、執筆陣が重なっていた『新明解国語辞典』初版・第二版と共通しています。)
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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
日本語社会 のぞきキャラくり 第37回 「役割」あれこれ
2009年 5月 3日 日曜日 筆者: 定延 利之「役割」あれこれ(後)
前回取り上げた『主人』『道化』『敵』などの「役割」は、その日その場での会話に密着したものであった。
参加メンバーがもっと固定的で安定している集団においても、個々人の「役割」が問われることがある。たとえば会社の『社長』『専務』『平社員』、たとえば家庭の『妻』『夫』『父』『母』などである。
会社は、目的(利益の追求)がそれなりに明確に掲げられた組織だから、『社長』『専務』『平社員』などを「役割」と呼ぶのはよくわかる。だが、家庭などはそもそも、目的を達成するための組織だろうか。「今週末は『お父さん』しないと」のような言い回しは、最近の面白い言い回しでしかないのではないか、といった目的論に関する疑問は、いま棚上げしているということに注意されたい(前回を参照)。つまり、次のような家庭内の「役割」も、とりあえず認めるということである。
「彼女はこれまで自分が愛のない秋山に対して妻の役割を務めて来たに過ぎなかったと思った。……彼女は不意に自分の周囲が、それぞれ役割を務めている人たちばかりで、充(み)たされていると感じた。秋山と大野は夫を演じ、富子もその常習の媚態(びたい)にかかわらず、結局大野との夫婦生活を大事にしている点で、妻を演じている。……「役割」という考えは、彼女に今までと違った眼で周囲を観察することを教えた。人がどれほど完全に役割を演じているか量るのに興味を持った。秋山はそれほど完全に夫の役割に忠実ではないようであった。」
[大岡昇平『武蔵野夫人』1948年]
このような、社内、家庭内その他のところでそれなりに長続きする静的な「役割」が、会話の中で動的に切り替えられるという考えも見られる。エレノア・オクス(Elinor Ochs)が提案する「社会的アイデンティティ」(social identities)とは、たとえば会話する2人の話し手が、或る瞬間には『医者』と『患者』として会話し、また或る瞬間には『幼なじみ』どうしとして、さらに別の瞬間には『同じ地域の住民』どうしとして会話するという、会話の進展とともに切り替えられる役割と言える。
以上、前回から見てきたさまざまな「役割」が、これまで取り上げてきた「キャラクタ」と関係することは確かだろう。だが、これらの「役割」は「キャラクタ」と同じではない。
『主人』『道化』『敵』といった「役割」との違いを述べる中で前回強調した、「会話なしでも想定できる」というキャラクタの特徴は、この瞬間には『医者』として会話している、次の瞬間には『幼なじみ』として会話しているといった社会的アイデンティティとキャラクタをも区別してくれるだろう。
しかしながら、何と言ってもやはり最大の違いは、切り替えに関するものである。或る「役割」から別の「役割」へ、場面や相手や話の内容に応じて、意のままに切り替え可能という動的な性質は、これまで述べてきたキャラクタのものではない。
「常務が一時的に欠けたので、今月いっぱい、専務の田中が常務を兼務します」という田中の「役割」変わりを聞いても私たちは別にショックを受けたりしない。「お前たち泣くな。明日からはオレが母さん役もやってやる」と宣言した親父が、いわゆる「男の料理」で炊事をこなし、不器用に、豪放磊落(ごうほうらいらく)に家事をこなすという「役割」変わりも同様である。
だが、この親父が、主婦業がすっかり板につき、まるで眠っていた何かが開花してしまったように、「お茶にしようかね。お茶」と言ってちゃぶ台からイソイソと立ち上がったり、縫い物の糸を口でかみ切ったり、皿を洗いながら「ラララ~♪」と腰を振って流行歌を口ずさんだり、何かの拍子に「うれしいわあ」などと「シナを作ってみせた」りすると(第11回)、私たちはなんだか居心地の悪いものを感じたりする。それがキャラ変わりである。キャラクタは変わらないことになっているのである。
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◇この連載の中国語版と英語版
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定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
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地域語の経済と社会 第46回
2009年 5月 2日 土曜日 筆者: 田中 宣廣地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第46回「『かきくけこ』―5文字で完結する観光の方言メッセージ―」
今回取り上げるのは,「かきくけこ」【写真1】です。
このたった5文字が,観光の方言メッセージになっています。
発信元は岩手県山田町で,目的は観光客の「誘致」です。
「かきくけこ」は,昨年からテレビCMで放映され,2008年度「ふるさとCM大賞」に輝きました。岩手朝日テレビウェブサイト内『ふるさとCM大賞』「2008年度受賞作品」のページ【写真1】(http://www.iat.co.jp/FurusatoCM/2008prize.html)から『実物』を見ることができます。年配の人たちが,「カキー,クーケーコー」と一部の音を延ばして発音して女の子(みさきちゃん)を呼びます。
その「かきくけこ」の意味は次のとおりです。
「かき」は,牡蠣です。山田町は,岩手県の太平洋沿岸地帯の中部に位置し,牡蠣の養殖が盛んです。牡蠣や帆立の養殖棚で一面が覆われた山田湾は,なかなかに壮観です。
「く」=「クー」は,(牡蠣を)「食う」ですね。
「け」=「ケー」は,理由の「から」です。山田町や宮古市,久慈市など岩手県の太平洋沿岸部で使われる語法です。正確な発音は[ケァー]で,普通の[ケー]よりも広く口を開けます。
「こ」=「コー」は,「来い」です。東北地方の太平洋側(岩手県・宮城県・福島県)で使われます。例えば,「コッツァコー」(こっちに来い)などと使います。
以上より「かきくけこ」は,「(今から)牡蠣を食べるから,(あなたも一緒に食べに)来い」であることが分かります。
CMでも,牡蠣を焼いている場面に「カキ食うけぇ来お(カキを食べるからおいで)」との解説も併せて入ります。
また,つい最近も,「三陸山田かき祭り」のポスター【写真2】【写真3】(全体)に採用されています。
「かきくけこ」は,私の担当回(第31回・第36回・第41回)で説明している,観光の方言メッセージの構成方式つまり『型』では,『応用型』です。
なお,山田町は『基本型』もきちんと押さえてあります。2例紹介します~【写真4】【写真5】。いずれも,JR山田線「陸中山田」駅に掲示されている歓迎メッセージです。
おめぁさんがど,いつど,やまださ きなさんせ。
(みなさん,一度,山田へ いらしてください)
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
田中宣廣(たなか・のぶひろ)
岩手県立大学 宮古短期大学部 准教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,諸方言の形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載。
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2007年









