三省堂国語辞典のすすめ

その72 フィギュアだっけ、フィギアだっけ。

筆者:
2009年6月17日

この連載の「その14」でも触れたように、『三省堂国語辞典』では、「デパート」に対する「デバート」など、外来語のなまりの形を示すことがよくあります。「そんな誤った形を書き添えるべきではない」という向きもあるかもしれませんが、現代日本語を映す鏡であろうとする『三国』としては、耳にすることのある語形ならば載せたいと考えます。

それに、なまりイコール誤りとは単純に言えないものです。「キャベツ」だって「ラムネ」だって、それぞれ「キャベージ(cabbage)」「レモネード(lemonade)」が変化したものです。ワイシャツ(white shirt)を着てズボン(フランス語 jupon から?)をはく生活をしているわれわれは、なまった語形から逃れることはできません。

【フィギュアの演技】
【フィギュアの演技】

2006年のこと、大学生のレポートに〈〔スケートの〕フィギア〉という語形があるのを発見しました。ワープロの打ち間違いで「フィギュア」の「ュ」を落とした可能性もありますが、本人が「フィギア」だと信じて書いたのかもしれません。

もしやと思い、もっと昔の学生の文章を調べてみると、複数の学生が人形のフィギュアについて書いていました。〈フィギアには私も興味を持っているので〉〈フィギアとは思えないくらい迫力があって〉(いずれも2004年)とあり、やはり、「ュ」のない形です。

学生の文章に限りません。映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を見たついでにパンフレット(2007.11.3発行)を買ったら、〈映画に関連したフィギア〉と書いてありました。原稿を書いた人のことばが校正をすり抜けたといったところでしょう。

【映画のパンフレットにも】
【映画のパンフレットにも】
【新聞にも出てきます】
【新聞にも出てきます】

インターネットで検索してみると、「フィギア」は100万件単位で出てきます。検索結果の数字は必ずしも信用できないのですが、少なくはないと言えます。もっとも、「フィギュア」は、(数字の上では)さらにその20倍ぐらいあるのですが。

私は、「フィギア」の形は、書きことばよりも話しことばで多く使われると考えます。実際に発音してみれば分かりますが、「フィギュア」はたいそう言いにくいのです。おのずと「フィギア」の発音になり、それが書きことばにも表れるのでしょう。

これは、ちょうど「シュミーズ」を「シミーズ」と言ったり、「レジュメ」を「レジメ」と言ったりするのと似ており、理屈に合います。それで、『三国』の第六版では、「フィギュア」の説明の末尾に「フィギア」の語形も入れることにしたのです。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。