地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第53回 日高貢一郎さん:「日本国憲法」の方言翻訳本

2009年6月20日

前回(=第48回)の、有名作品の「方言翻訳本」に続いて、今回は日本国憲法を各地の方言に翻訳した例を見てみましょう。

刊行されているのは「日本国憲法」の「前文」や、戦争の放棄を謳った第9条に関するもので、いずれもCD付きで出ています。

【憲法を方言に訳した本】>
【憲法を方言に訳した本】

①『おくにことばで憲法を』(青森、岩手、愛知、京都、大阪、広島、福岡、長崎、沖縄の方言で。大原穣子、新日本出版社、2004.4)、②『方言で読む日本国憲法』(大阪弁・広島弁で。大原穣子、五月書房、2004.4)、③『全国お郷(くに)ことば・憲法9条』(47都道府県の方言で。坂井 泉、合同出版、2004.5)などがあり、それぞれ各地の方言に訳されています。

②『方言で読む日本国憲法』によると、「前文」の広島弁訳は、こうなるとのことです。

わたしらあ日本国民は、選挙の時に汚なあこたあしません。候補者の話される政策をよう聞いて、自分の頭で考え、自分の意見をしっかりもって、自分のして欲しいと願うとることを、実現させてくれる候補者に一票を投じます。ほいで、その議員さんらが、わたしらのいうことをよう聞いて、国会でああでもなあこうでもなあと議論して決めんさった事で毎日暮らしていくん。……

①『おくにことばで憲法を』の、第9条の青森(津軽)方言訳は……、

ワダシダヂ、日本の国民(こぐみん)、オジサ、オバサ、オドサマ、オガサマ、アンサマ、アネサマ、ワラシコ、オボコ、皆して正義ゴト大切(だいじ)にして、アンヅマシグ暮らすにいい世の中ごとつくりてど、心底、願っていすてす。
 その為に戦争ごとさね、みっつの約束(やくそぐ)、決めすてす。……

③『全国お郷(くに)ことば・憲法9条』の、長崎(西彼杵郡)方言訳の場合だと、こうなるそうです。

オイだち日本国民はさ、だいっちゃ(だれでも)、まともか考えば持っとんモンばっかいおっけんさ、世の中んヒチャガチャしてずんだるっことののーして(だらしないことのない)、安心して住まるっ世界がなんちゅうたっちゃよかさて思うとっとって。そいけん、国と国のすったもんだして「いっちょんすかん(大嫌い)」って言いおうたっちゃさ、そこにまたしゃっちが(わざわざ)出て行ってさ、持っとる武器ばつこうて相手ばくらして、黙らすっごたっことは絶対せんことに決めたっさな。……

これらも、前回同様に、ふだんなかなかじっくりと読んでみることのない、日本国憲法に盛り込まれた理念や理想に、非常に身近な「方言」というフィルターを通して迫り、改めて見つめなおすという作業をした結果です。

ただ、原文である日本国憲法は、当然のことですが「書きことば」によって書かれていますが、それを本来「話しことば」である「方言」に置き換えてみようというわけですから、きっと様々な困難を伴ったことだろうと思われます。

③の『全国お郷(くに)ことば・憲法9条』は約3か月の募集期間に全国から400を超える応募があり、その中から選ばれたものだということですが、巻末には、大分市の小学生25人が取り組んだ方言訳の試みや、12の外国語に翻訳したものも載せられています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。