2009年 6月 のアーカイブ

地域語の経済と社会 第53回

2009年 6月 20日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第53回 「日本国憲法」の方言翻訳本

【憲法を方言に訳した本】
【憲法を方言に訳した本】

 前回(=第48回)の、有名作品の「方言翻訳本」に続いて、今回は日本国憲法を各地の方言に翻訳した例を見てみましょう。

 刊行されているのは「日本国憲法」の「前文」や、戦争の放棄を謳った第9条に関するもので、いずれもCD付きで出ています。

 ①『おくにことばで憲法を』(青森、岩手、愛知、京都、大阪、広島、福岡、長崎、沖縄の方言で。大原穣子、新日本出版社、2004.4)、②『方言で読む日本国憲法』(大阪弁・広島弁で。大原穣子、五月書房、2004.4)、③『全国お郷(くに)ことば・憲法9条』(47都道府県の方言で。坂井 泉、合同出版、2004.5)などがあり、それぞれ各地の方言に訳されています。

②『方言で読む日本国憲法』によると、「前文」の広島弁訳は、こうなるとのことです。

 わたしらあ日本国民は、選挙の時に汚なあこたあしません。候補者の話される政策をよう聞いて、自分の頭で考え、自分の意見をしっかりもって、自分のして欲しいと願うとることを、実現させてくれる候補者に一票を投じます。ほいで、その議員さんらが、わたしらのいうことをよう聞いて、国会でああでもなあこうでもなあと議論して決めんさった事で毎日暮らしていくん。……

①『おくにことばで憲法を』の、第9条の青森(津軽)方言訳は……、

 ワダシダヂ、日本の国民(こぐみん)、オジサ、オバサ、オドサマ、オガサマ、アンサマ、アネサマ、ワラシコ、オボコ、皆して正義ゴト大切(だいじ)にして、アンヅマシグ暮らすにいい世の中ごとつくりてど、心底、願っていすてす。
 その為に戦争ごとさね、みっつの約束(やくそぐ)、決めすてす。……

③『全国お郷(くに)ことば・憲法9条』の、長崎(西彼杵郡)方言訳の場合だと、こうなるそうです。

 オイだち日本国民はさ、だいっちゃ(だれでも)、まともか考えば持っとんモンばっかいおっけんさ、世の中んヒチャガチャしてずんだるっことののーして(だらしないことのない)、安心して住まるっ世界がなんちゅうたっちゃよかさて思うとっとって。そいけん、国と国のすったもんだして「いっちょんすかん(大嫌い)」って言いおうたっちゃさ、そこにまたしゃっちが(わざわざ)出て行ってさ、持っとる武器ばつこうて相手ばくらして、黙らすっごたっことは絶対せんことに決めたっさな。……

 これらも、前回同様に、ふだんなかなかじっくりと読んでみることのない、日本国憲法に盛り込まれた理念や理想に、非常に身近な「方言」というフィルターを通して迫り、改めて見つめなおすという作業をした結果です。

 ただ、原文である日本国憲法は、当然のことですが「書きことば」によって書かれていますが、それを本来「話しことば」である「方言」に置き換えてみようというわけですから、きっと様々な困難を伴ったことだろうと思われます。

 ③の『全国お郷(くに)ことば・憲法9条』は約3か月の募集期間に全国から400を超える応募があり、その中から選ばれたものだということですが、巻末には、大分市の小学生25人が取り組んだ方言訳の試みや、12の外国語に翻訳したものも載せられています。

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
 大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

明解PISA大事典:発問1 “情報の取り出し”はスパイのおしごと

2009年 6月 19日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第7回 発問1:“情報の取り出し”はスパイのおしごと

 PISAの読解力には「情報の取り出し」「解釈」「熟考と評価」という、3つの発問の区分がある。今回から3回にわたって、そのひとつひとつについて大まかに紹介することにしよう。今回は「情報の取り出し」である。

 日本で「情報の取り出し」というと、テキストの重要な情報を一問一答で確認する作業を思い浮かべる人が多いようだ。物語文ならば5W1Hを押さえるというように。

 たしかにテキストの重要な情報を押さえることは大切だ。これはPISAでも変わらない。だが、PISAで5W1Hが問われることはない。いや、正確には、情報の問いかたが日本の国語とPISAの読解力では根本的に異なる。そもそも「情報」のとらえかたが大きく異なるからだ。

 実はPISAの「情報の取り出し」はスパイの仕事と同じである。

 たとえば「隣国の独裁者が重病らしい」という風説が流れたとしよう。ただちに「重病説を裏づける情報を収集ありたい」との極秘電文が発せられ、スパイは「先月から独裁者が公の場に姿を見せていない」とか「某国から医師団が招聘された」などといった情報を集めてくる。

 こういうスパイの仕事を諜報活動というが、これとPISAの「情報の取り出し」は本質的に同じものなのである。

 「独裁者が重病らしい」というのは解釈である。一定の解釈を示した上で、その解釈を裏づける情報を取り出すことが、PISAの「情報の取り出し」の基本である。

 欧米の教室での発問風にいえば
 「独裁者が重病であることは、この文章のどこで分かりますか?」

 PISAの読解力の発問風にいえば
 「この課題文を読んだ人が『独裁者は重病らしいね』と言いました。この人の考えを裏づけるような事実を課題文から挙げてください」

 この問いに答えるには、常に解釈との関係性を考えながら、多数の情報から有用な情報だけを批判的に選びとらなければならない。単純に一問一答で情報を取り出す活動に比べて、はるかに「考える」要素が強いのである。

 このように解釈を成り立たせていくような情報を「インテリジェンス(intelligence)」、単なる事実の断片としての情報を「インフォメーション(information)」という。インテリジェンスは、要請に基づいてインフォメーションを収集し分析することによって「生産」されるものである。PISAの「情報の取り出し」は、テキストの数多のインフォメーションからインテリジェンスを生産する活動なのだ。

 おもしろいことに、問いかたによって、同じ内容の情報であってもインフォメーションにもなれば、インテリジェンスにもなりうる。

 たとえば物語『桃太郎』について――

インフォメーションを求める発問:
「桃太郎が腰に付けていたモノは何ですか?」

インテリジェンスを求める発問:
「桃太郎がイヌ・サル・キジを味方につける上で重要な役割を果たしたモノは何ですか?」

 答えはいずれも「きびだんご」である。だが、前者は桃太郎の腰のまわりを探すという、いわば欠けた情報を探し出して穴埋めするような活動。後者は登場人物の行動にまつわる複数の情報を統合して、その要となる一つの情報へと結び付けていくような活動。思考プロセスが根本的に異なるのだ。

 PISAの「情報の取り出し」とは、ざっとこのような性質のものである。このような性質のために、「情報の取り出し」の発問はいちばん作りにくい。一般に「情報の取り出し」の発問は簡単に作れると考えられているようだが、それは一問一答と混同したことによる誤解である。PISAのような欧米型読解問題の作問者がいちばん頭を悩ませるのが、「情報の取り出し」の発問なのである。

 「情報の取り出し」がスパイの仕事と同じならば、その発問作りはスパイの司令官の仕事と同じである。小説や映画ではスパイの諜報活動ばかりが脚光を浴びているが、司令官の仕事も意外に大変なのだ。

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。

人名用漢字の新字旧字:「勺」と「勺」

2009年 6月 18日 木曜日 筆者: 安岡 孝一

第37回 「勺」と「

新字の「勺」(勹の中に丶)は常用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。旧字の「」(勹の中に一)は、昭和56年9月30日までは子供の名づけに使えたのですが、翌10月1日以降は使えなくなりました。でも、新字の「勺」も、使えなくなりそうだったのです。

昭和21年11月16日に内閣告示された当用漢字表には、旧字の「」が収録されていました。昭和23年1月1日に施行された戸籍法施行規則は、子供の名づけに使える漢字を当用漢字表1850字に制限しました。したがってこの時点では、旧字の「」は出生届に書いてOKだったのですが、新字の「勺」はダメだったのです。昭和24年4月28日、当用漢字字体表が内閣告示され、新字の「勺」が当用漢字になりました。これを受けて法務府民事局は、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました(昭和24年6月29日)。この結果、旧字の「」も新字の「勺」も、どちらも出生届に書いてOKとなったのです。

昭和52年1月21日、国語審議会は文部大臣に、新漢字表試案を報告しました。新漢字表試案は、当用漢字に83字を追加し33字を削除する案で、1900字を収録していました。ところが、新字の「勺」も旧字の「」も、新漢字表試案には収録されていなかったのです。しかも国語審議会は、昭和53年6月30日の総会で、「子の名に用いる漢字及びその扱いについて」の審議を実質的にあきらめ、人名用漢字については法務省にゆだねることを決定しました。

法務省では、昭和54年1月25日に民事行政審議会を発足させ、そこで人名用漢字の審議をおこなうことにしました。審議で問題になったのは、当用漢字表や当用漢字字体表がまもなく廃止になるという点でした。新漢字表試案には「勺」も「」も収録されていなかったので、「勺」や「」が、子供の名づけに使えなくなる可能性があったのです。昭和54年3月30日に国語審議会が中間答申した常用漢字表案でも、その状況は変わりませんでした。常用漢字表案にも、「勺」や「」は収録されていなかったのです。

ところが、昭和56年3月23日に国語審議会が答申した常用漢字表には、新字の「勺」が収録されていました。これを受けて、民事行政審議会は、新字の「勺」は子供の名づけに認めるが、旧字の「」は認めない、と決定しました(昭和56年4月22日)。昭和56年10月1日、常用漢字表が内閣告示されると同時に、戸籍法施行規則も改正され、旧字の「」は子供の名づけに使えなくなりました。

ちなみに、文化審議会が平成21年1月29日に承認した「新常用漢字表(仮称)」に関する試案では、新字の「勺」が削除対象となっています。もし、常用漢字から「勺」が削除されたら、その時、人名用漢字はどうなるんでしょうね。


【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。

『三省堂国語辞典』のすすめ その72

2009年 6月 17日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

フィギュアだっけ、フィギアだっけ。

【フィギュアの演技】
【フィギュアの演技】

 この連載の「その14」でも触れたように、『三省堂国語辞典』では、「デパート」に対する「デバート」など、外来語のなまりの形を示すことがよくあります。「そんな誤った形を書き添えるべきではない」という向きもあるかもしれませんが、現代日本語を映す鏡であろうとする『三国』としては、耳にすることのある語形ならば載せたいと考えます。

 それに、なまりイコール誤りとは単純に言えないものです。「キャベツ」だって「ラムネ」だって、それぞれ「キャベージ(cabbage)」「レモネード(lemonade)」が変化したものです。ワイシャツ(white shirt)を着てズボン(フランス語 jupon から?)をはく生活をしているわれわれは、なまった語形から逃れることはできません。

 2006年のこと、大学生のレポートに〈〔スケートの〕フィギア〉という語形があるのを発見しました。ワープロの打ち間違いで「フィギュア」の「ュ」を落とした可能性もありますが、本人が「フィギア」だと信じて書いたのかもしれません。

 もしやと思い、もっと昔の学生の文章を調べてみると、複数の学生が人形のフィギュアについて書いていました。〈フィギアには私も興味を持っているので〉〈フィギアとは思えないくらい迫力があって〉(いずれも2004年)とあり、やはり、「ュ」のない形です。

【映画のパンフレットにも】
【映画のパンフレットにも】

 学生の文章に限りません。映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を見たついでにパンフレット(2007.11.3発行)を買ったら、〈映画に関連したフィギア〉と書いてありました。原稿を書いた人のことばが校正をすり抜けたといったところでしょう。

 インターネットで検索してみると、「フィギア」は100万件単位で出てきます。検索結果の数字は必ずしも信用できないのですが、少なくはないと言えます。もっとも、「フィギュア」は、(数字の上では)さらにその20倍ぐらいあるのですが。

【新聞にも出てきます】
【新聞にも出てきます】

 私は、「フィギア」の形は、書きことばよりも話しことばで多く使われると考えます。実際に発音してみれば分かりますが、「フィギュア」はたいそう言いにくいのです。おのずと「フィギア」の発音になり、それが書きことばにも表れるのでしょう。

 これは、ちょうど「シュミーズ」を「シミーズ」と言ったり、「レジュメ」を「レジメ」と言ったりするのと似ており、理屈に合います。それで、『三国』の第六版では、「フィギュア」の説明の末尾に「フィギア」の語形も入れることにしたのです。

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

UNIX によるコーパスデータの処理 (11)

2009年 6月 16日 火曜日 筆者: 阪上 辰也

学習者コーパス入門 第27回

今回は、UNIX によるコーパスデータの処理についてのまとめです。

第17回から、前回の第26回にわたり、UNIX を用いた基本的なコーパス処理の方法を紹介してきました。grep や wc などのコマンドを利用することで、学習者コーパスの分析でよく行われる語数や文の数のカウントが効率よく行えることを説明しました。

学習者コーパスに限ったことではなく、コーパスの分析においては、「テキスト処理」がほぼ必須の作業であると言えます。そして、調査の目的に応じて、不要な情報の削除や分析の効率を上げるための置換といった、データの整形処理を行うことになります。

第17回の記事でも少し触れましたが、幸いなことに、コーパス検索のためのソフトウェアがインターネット上で入手できます。実際のところ、これまでに紹介した処理は、決して楽なものではありませんから、データ処理に不慣れな場合、その過程を飛ばすことのできるソフトウェアは、とても有用なもののように思えます。しかし、その過程を飛ばしてしまったばかりに、コーパス中の不要な情報を削除しないまま総語数をカウントしたり、検索条件の不備があったせいで検索漏れが生じたりするなど、誤った処理結果を導くことになりかねません。

コーパスデータの処理において大事なことは、「処理過程を明らかにすること」です。処理過程が明らかになってさえいえば、仮に間違った処理を行っていても、その誤りに気づいた人がその問題点を指摘し、解決に至ることができます。しかし、その過程を明らかにしない、あるいは、検索ソフトによって、処理過程を「ブラックボックス化」させてしまった場合には、その処理に問題があるかどうかが判断できないため、結果として、算出された数値や分析内容に対する信頼性が揺らいでしまいます。

現在、様々なコーパスが存在しますが、そのデータ形式もまた様々であり、個々のコーパスに応じたデータ処理が求められます。つまり、検索ソフト1つだけでは、しっかりとした調査を行うことは難しいのが現状です。しかし、UNIX のコマンドを使った基本的で汎用性のある処理技術を身につけることで、NICE だけでなく、他のコーパス処理にも応用できるようになり、過程を明らかにしながら調査を進めることができるようになります。これを機に、UNIX のコマンドを使ったコーパスデータの処理を始める方が増え、データ処理に関する情報共有が広くなされることを願っています。

次回は、学習者コーパスの構築方法とその問題点を扱います。


▼お知らせ
2008年10月4日に、学習者コーパス「NICE」の正式版を公開しました。2009年4月9日にはバージョンアップを行い、ver. 1.1 に更新されました。無償で利用可能で、特別な手続きは必要ありませんので、ぜひ研究調査にご利用ください。詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。


■筆者プロフィール
阪上辰也(さかうえ・たつや)
名古屋大学大学院 国際開発研究科 特任助教。
専門は、コンピュータを利用した外国語教育。
ウェブサイトは、sakauetatsuya.net

ドイツ料理の言葉(3)―「とろみ」1―

2009年 6月 15日 月曜日 筆者: 石井 正人

クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(54)

ドイツにUli Steinという人気漫画家がいる。漫画といっても、日本の漫画の影響を受けた最近のMangaというやつではなくて、昔ながらの大人向けのヒトコマ漫画Cartoonを描く。私はこの人の絵柄と古典的な味わいが好きで、手に入るだけ集めている。

さてCartoonでは、なれない料理に手を出してとんちんかんな言動をする男の様子がお決まりのテーマの一つだが、Uli Steinの“Viel Spass beim Kochen(楽しい料理)”という作品集の中の一編でも、男が台所で、コンロに乗せた鍋を前に、しかも紐をもてあましつつ、隣の部屋で用事をしているらしい奥さんに大声で語りかける。Wie bindet man eigentlich eine Sosse ? 「ソースなんていったいどうやって結ぶんだい?」この意味がすぐ分かるようだと、ドイツ語の料理用語に関する知識も一流である。


(編集部注:画像をクリックするとAmazon.deの該当書籍のページに飛びます)

bindenには、「結ぶ」という原義から発して、「結び固める>つなぎを入れて固める」という意味があり、ソースなどに小麦粉や片栗粉を入れてとろみをつけることを指す。普段料理などしたことのない男連中には、こんな用法は分らないというわけである。

ところでドイツ語でいわゆる「片栗粉」=でんぷん粉のことをStärkeという。元来形容詞のstarkの名詞形だから「強さ・強み」という意味だが、洗濯糊に使ったり、料理で「つなぎ」に使ったりするところからきた名前らしい。

ドイツには専用の「とろみ剤」があって、ソースに直接入れてもダマにならない便利なものだ───などと書こうとしたら、妻に見つかって、日本にも(株)丸三美田実郎商店の「とろみちゃん(ダマならない顆粒片栗粉)」という製品があるそうだし、そもそもドイツのStärkeについても、19世紀末創業の粉屋の老舗Mondamin社の歴史から説き起こさねばならないそうで、いい加減なことを書くなと叱られた。大きなことを言っても、私自身Uli Stein描くところの男連中と変わりはない。ちなみにダマのことはドイツ語でKlümpchen (<Klumpen) である。


【筆者プロフィール】
石井 正人(いしい・まさと)
千葉大学教授
専門はドイツ語史
『クラウン独和第4版』編修委員 


【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。

日本語社会 のぞきキャラくり 第43回 ことばとキャラクタの結びつき方

2009年 6月 14日 日曜日 筆者: 定延 利之

ことばとキャラクタの結びつき方

 前回まで見てきたのは、キャラクタと結びつくものといえば、私たちのことばだけでなく、動作や身体、さらに生まれ育ち、氏素性など、かぎりがないということであった。

 その中にあって、特筆に値するような多様な形でキャラクタと結びついているのが、ことばである。ことばとキャラクタの結びつき方は一様ではなく、少なくとも3つの結びつき方がある。

 第1の結びつき方は、ことばがキャラクタを直接表すというものである。たとえば、年配の男性を評して「あの人は『坊っちゃん』だ」「あいつは『子供』だ」などと言うことがあるだろう。この時、『坊っちゃん』『子供』といったことばは、その人物の自己中心的あるいは幼児的なキャラクタを直接表している。

 ことばとキャタクタの第2の結びつき方は、動作を表現することばが、その動作をおこなうキャラクタまでを暗に示すというものである。たとえば、或る人物について「たたずんでいる」などと言えば、その人物がそれなりの雰囲気を備えた『大人』キャラであることが暗に示される。いくらじっと黙って立ち続けても、アニメ『サザエさん』のタラちゃんは「タラちゃんがたたずんでいる」とは表現されない。同様に、桃太郎侍のような正義の味方や天才バカボンのママのような良妻賢母は「笑みがこぼれる」ことはあっても「ニタリとほくそ笑み」はしない。「ニタリとほくそ笑む」のは『悪者』キャラである。

 ことばとキャラクタの第3の結びつき方は、ことばが、そのことばの内容とは別に、そのことばを発するキャラクタを暗に示すというものである。「そうじゃ、わしが知っておる」は老博士のことば、「そうですわよ、わたくしが存じておりますわ」はお嬢様のことば、といった金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(2003, 岩波書店)の指摘は、この結びつき方を示している。

 夏目漱石の『坊っちゃん』(1906)は、文字どおりの坊っちゃんつまり男児の物語ではなく、中学校の先生の物語である。『坊っちゃん』とはその先生の『お山の大将』のような、幼児的なキャラクタを指したものである(第25回参照)。

 林芙美子の『放浪記』(1930)では、『勇ましい男』のはずの恋人が親の前では「眼をタジタジとさせ」「オドオドした姿」だとなじられている(第6回参照)。

 太宰治の『春の枯葉』(1946)では、若い男女が「~じゃからのう」と『老人』キャラでふざけている(第10回参照)。

 もちろん、これらはそれぞれ、第1の結びつき方、第2の結びつき方、第3の結びつき方の例である。

 「ことばがキャラクタと結びついて……」と聞くと、大人たちは「どうせ最近の若者の、一時の流行に過ぎないもの」と思いたがる。

 とんでもない。私たちは昔からこんなことをやってきたのである。

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◇この連載の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

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【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

地域語の経済と社会 第52回

2009年 6月 13日 土曜日 筆者: 井上 史雄

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第52回「お菓子のバーチャル方言博物館」

【写真1】
【写真1 京都弁カステラ(中身)】
【写真1】
【写真2 京都弁カステラ(箱)】

 京都で、包み紙に方言が書いてあるので、お菓子を買いました。開けてみたらミニカステラまんじゅうで、1個1個に焼印で方言が記してあります。真空包装で字がつぶれて読み取りにくいですが、「おいでやす」「おへん」「そうどすえ」「ごめんやす」で、あいさつことばでした。

 冷凍庫に入れて永久保存しようかと思いましたが、スペースがありません。包み紙に書いてあることばと同じなので、記録写真を撮って、食べてしまいました。

 方言みやげの大部分は保存できるので、誰かが手元にとどめてくれるでしょう。しかし保存できないお菓子の実物は困ります。飾っておくわけには行かないし、冷凍庫に入れて永久保存しても、取り出して眺めるたびに解凍が進むのでは厄介です。

 写真に撮るのが一番で、このカラー写真も貴重な記録になります。それに、インターネットで公開すれば、バーチャル方言博物館ができます。

(この続きの大阪の話は、5週間後、第57回に続きます。)

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 そういえば、この稿の筆者の社会言語学・計量方言学に関する英語論文が、三省堂のホームページに載りました。インターネットでバーチャルな本が出版されたようなものです。もっともこの日本語記事を読んでいる人は、英語論文に興味がないでしょうから、世の中うまく行かないものです。

English Papers on Sociolinguistics and Computational Dialectology
――Language Market, New Dialect and Dialect Image――
(社会言語学・計量方言学英語論文――言語市場・新方言・方言イメージ――)
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/index_eng.html

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【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『社会方言学論考―新方言の基盤』『日本語ウォッチング』井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)、『日本語は年速一キロで動く』(講談社現代新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『その敬語では恥をかく!』(PHP新書)、『言語楽さんぽ』『社会方言学論考―新方言の基盤』(ともに明治書院)、監修に『方言と地図』(フレーベル館、最新刊)などがある。

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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

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この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

明解PISA大事典:PISA型読解力「PISA型読解力はなかった?…」

2009年 6月 12日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第6回 PISA型読解力はなかった? PISAをめぐる誤解あれこれ

 PISA型読解力など存在しない――と言うとびっくりするかもしれないが、事実なのだから仕方がない。そのようなものはハナから存在しないのである。

 PISAの読解力は、欧米ではありがちな「reading」の問題である。決してPISA特有のものではない。私の翻訳したフィンランドの国語教科書を見て「さすがPISA型読解力の発問ばかりだ」と感心する方々がいる。しかし、あれが欧米では普通なのだから感心するだけソンなのだ。このことは日本のPISA読解力班主査の有元秀文先生が最初からおっしゃっているのだが(1)、意外に浸透していない。

 これまでにも述べてきたように、PISAの読解力は多文化主義をとることによってグローバル・スタンダードを目指している。その点で特異といえば特異である。だが、この「グローバル・スタンダード」という言葉が新たな誤解を生んだ。

 私たちは「グローバル・スタンダード」というと、なんとなく高度なものを想像しがちである。PISAの読解力の問題も、形式は一般的な欧米型であるにしても、内容は高邁であるような気がしてしまう。

 ところが、欧米型の「reading」の問題として見た場合、PISAの読解力は決して高度な内容ではない。おおざっぱな表現だが、欧米各国の「reading」の問題と比較すると、PISAは明らかにカンタンなのである(2)

 グローバル・スタンダードの設定が多文化主義によって最大公約数的なものにならざるをえない以上、これは当然の帰結といえる。素材文の受け止めかたが文化によって異なるのだから、あまり突っ込んだ質問はできないのだ。

 もうひとつ、「グローバル・スタンダード」というと、万国共通の公平中立なものだと思うかもしれない。これも国際社会の現実からすれば大きな誤解である。

 さまざまな分野に「グローバル・スタンダード」が存在するが、その設定にあたっては各国の思惑や利害が真正面からぶつかりあう。だいたいは強者の論理が強烈に反映され、それに対して弱者が異議を唱え続けるという構図になりがちである。

 これはPISAにおいても例外ではない。この連載の第2回に「欧米のスタンダードを『グローバル・スタンダード』というのはおかしい」と異議を唱えた話を書いた。だが、そもそも「グローバル・スタンダード」とは、その程度のものなのである。欧米寄りの設定に異議を唱える日本もいれば、そういう設定だからこそ頑張る韓国もいるということだ。

 ただ、PISAを「欧米諸国が手前勝手に実施しているテストに日本が無理に参加して、悪い点をつけられて返されている」ととらえるのも大きな誤解である。

 2006年調査のOECD・PISA運営理事会の議長は日本人だし、国際調査実施の中枢機関である国際コンソーシアムには日本の国立教育政策研究所も名を連ねている(3)。日本はPISAの単なる受検国ではなく、むしろ主催国なのである。

 このようにPISAに関する誤解は数多い。これらの誤解を解くことによって、かえってPISAの意義に疑問を抱いた方もいるかもしれない。

 たしかにPISAの読解力は欧米型の読解問題である。しかも突っ込みの足りない問題である。だが、スタンダードが欧米寄りに設定されたという事実は、むしろ世界の現実を強烈に反映したものともいえる。突っ込みの足りない問題なのも、世界中のありとあらゆる子どもを視野に入れたテストなのだから、当然といえば当然なのである。また、一見すると突っ込みの足りない問題であっても、国内では見落とされがちな「国際的な能力」を求めている場合があるので注意を要する。これについては今後の連載の中で徐々に明らかにしていくことにしよう。

 PISAの現実に失望したかもしれない。だが、PISAの現実は世界の現実なのである。

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(1)たとえば『国際的な読解力を育てるための相互交流のコミュニケーションの授業改革』序文(ii) 渓水社 2006年
(2)たとえばアメリカのNAEP(全米対象の学力調査)「reading」の問題(http://nces.ed.gov/nationsreportcard/reading/)を参照されたい。
(3)『生きるための知識と技能3』OECD生徒の学習到達度調査(PISA)・2006年調査国際結果報告書 p007/国立教育政策研究所編/ぎょうせい 2007年

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。

漢字の現在:「都」に流行るもの

2009年 6月 11日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第40回 「都」に流行るもの

(画像をクリックすると全体を表示します)






 
  

 京都での気鬱な会合の前に、市内を散策してみる。さすが千年のみやこ、「都」という漢字がどこにでも書かれている。東京からの新幹線の車内で座席を立とうとする時点で、その電光掲示板に、次の停車駅は「京都」と表示が出る。これがドット文字ながら、明朝体風であり、やはり日本を代表する車両に出るその地名にふさわしく、惚れ惚れするような実に見事なバランスに仕上がっている。

 前から京都を歩くたびに、気になっていることの一つが、その「都」という漢字のとある姿だ。それは、「東京」は昔、「東亰」と書かれ、トウケイと読まれた、という通説とは関係がなく、「都」に点のある、いわゆる旧字体かどうか、ということでもない。

 その「都」の気に掛かる姿とは、「都」の「者」の部分の「ノ」の起筆位置の低さである。今回は、2時間くらいの間に、10種類以上の品々で、その字体と邂逅した。それは、街中の看板や自動車のナンバープレート、はては路上の目印に至るまで、溢れかえっている。同じ看板屋が手掛けたなどという単純な結果でないことは、一目瞭然であろう。隷書、行書、楷書、さらに各種のデザイン書体、ロゴマークと実に多彩だ。

 この字体を目にする頻度は、首都とされる東京都内を歩くときに比しても、明らかに高いと感じている。また、連載開始時の「那覇」(第1回第2回)の時と違って、別に探そうと思ったわけではないが、上下、左右、前後(?)から、自然に目に入ってくるのである。

 この「都」の字体は、他の地域でも全く見ないわけではない。日本道路公団が高速道路での可読性を高めるためとして使用した案内標識用の書体にも、同一あるいはよく似たもの(「土」の部分の「|」がそのまま下に伸びて左にはらうようにも見える)があり、今回も京都市内でもその書体を見掛けたような気がする。ただ、京都では、そのたぐいの字体の公私を問わない使用媒体での出現数の多さと、この字体の使用の割合が高いと考えられる点(いずれ検証してみたい)から、一種の「地域文字」として位置付けることも可能ではないかと思っている。

 この字体の使用状況について、理由を少し考えてみたい。(次回に続く)

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【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

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【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「「ふすま」と「アオザイ」の共通点――「襖」」でした。

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