明解PISA大事典

第11回 PISAの発問と指導 発問番外地:あなただったらどうしましょう?

筆者:
2009年7月17日

「あなたが作中人物だったらどうしますか?」

最近、このような発問が流行っていると聞く。たとえば『ごんぎつね』であれば、「あなたが“ごん”だったらどうしますか?」あるいは「“兵十”だったらどうしますか?」と聞くのである。これこそ“PISA型の発問”、つまり児童・生徒に「考えさせる」発問ということで流行しているようだ。

たしかに「あなたが作中人物だったらどうしますか?」は、PISAの背景にある欧米型の読解教育では「よくある発問」である。フィンランドの国語教科書を見ても、参照ページを指定する必要がないほど頻繁に見出すことができる(*)

だが、この発問を気軽なものと考えると、それは大きな誤解である。「あなたが作中人物だったらどうしますか?」に行き着くまでには長い長い道のりがあり、それを省略すると読解教育の意味がなくなってしまうからだ。

その長い長い道のりをざっと説明することにしよう。

第一に、作中人物が「どのような問題をどのように解決したのか?」を読み取る。物語の正確な読み取りが重要なのは、日本の国語でもPISAの読解力でも同じなのである。

これはPISAの発問区分でいうと「情報の取り出し」になる場合が多い。ただ、作中人物の心理描写が中心の小説などでは問題や解決が明示されていないことがあり、この場合は推論を要するので「解釈」ということになる。

第二に、作中人物が「なぜそのような解決方法をとったのか?」を推論する。作中人物の性格や言動が手がかりになるだろう。作中人物の置かれている状況についても徹底的に分析する必要がある。

第三に、作中人物にとって「ほかの解決方法はなかったのか?」を推論する。もちろん「ほかの解決方法」といっても、物語の条件下で成立する方法でなければならない。だが、どのような状況であっても唯一絶対の解決方法ということはありえないので、必ず「ほかの解決方法」が見つかるはずだ。そのうえで「ほかに解決方法があるにもかかわらず、なぜ作中人物はその解決方法をとったのか?」を推論するのである。

ここまではPISAの発問区分でいうと「解釈」である。そして、ここからが「熟考と評価」になる。

第四に、作中人物のとった解決方法を評価する。欧米の読解教育では「あなたは作中人物のとった解決方法に賛成ですか? それとも反対ですか? 文中から根拠を挙げて、賛成または反対の理由を説明しなさい」と問うことが多い。あるいは作中人物のとった解決方法について、状況に鑑みて「良い点」と「悪い点」を挙げさせる場合もある。

このように作中人物のとった解決方法を評価して、ようやく「あなたが作中人物だったらどうしますか?」を問うことができる。この発問に行き着くまでには、最低でもこれだけのプロセスが必要なのである。

それはなぜか?

欧米型の読解教育では、物語の作中人物の行動を“人生における問題解決の「手本」”ととらえる。もちろん「良い手本」の場合もあれば、「悪い手本」の場合もあるだろう。いずれにしても、読者がそれを“自分の人生”に活かしていこうと思うなら、まずは「手本」の徹底的な分析と評価が必要なのだ。

「あなたが作中人物だったらどうしますか?」の発問には、もうひとつポイントがある。それは自分と作中人物を同一視しないこと。つまり「別個の存在」としてとらえること。当然のことながら、人間はひとりひとり完全に別個の存在である。だから、決して「作中人物になりきって」考えてはならない。もちろん、置かれている条件はすべて同じと仮定する。違うのは、その条件下で行動するのが作中人物ではなく「自分」であるという点のみ。そこで、たとえば“作中人物は勇敢だから、このような解決方法が可能である。では、臆病な自分ならば、どうすればいいのだろうか?”というように考えるのである。

物語を楽しく読んでいるとき、人は往々にして作中人物に感情移入しがちである。かつて高倉健さんの仁侠映画を観た人が、映画館を出るときに肩で風を切って歩いたように、自分と作中人物とを同一視しがちである。そのような状態で「あなたが作中人物だったらどうしますか?」と聞いても仕方ない。ニセ高倉健さんの行動パターンがわかるだけだ。

作中人物と自分とを完全に別個の存在として認識すること。そうすることによって、初めて作品を人生の手本とすることが可能になるのである。

* * *

(*)「フィンランド国語教科書」*シリーズ(小学校低学年~5年生)経済界 2005~2008年

筆者プロフィール

北川 達夫 ( きたがわ・たつお)

教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

編集部から

学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」金曜日に掲載しています。