三省堂国語辞典のすすめ

その77 いつまでも〔俗〕ではないぞ。

筆者:
2009年7月22日

『三省堂国語辞典』は、いわゆる俗語であっても、広く使われていることばは、できるだけ載せようという方針を採っています。語釈の冒頭には〔俗〕と表示します。今回の第六版の新規項目で言えば、「過去問」「地頭(じあたま)」などがそうです。

猿の写真
【「地アタマ」のいいヤツ】

また、改訂の時点で俗語の意識が薄れているものは、〔俗〕の表示を削ります。「(首相の)続投」「丸投げ」などは、もうなじんだと考えて、〔俗〕を削除しました。

ということは、改訂の際に〔俗〕の表示がなくなったのはどの語かを調べれば、俗語が一般化していく時期が分かりそうです。事実、第六版が刊行された時、「〔俗〕を削った語にはどんなものがありますか」というご質問をいただきました。

ただ、新旧の『三国』を比べて俗語の一般化について調べようとする人は、思い通りの結果が得られないかもしれません。というのも、改訂時に〔俗〕を削るのは、必ずしも、その時点で一般化したばかりのほやほやのことばとは限らないからです。

第4版の紙面
【この語も〔俗〕を削った】

第六版では、ざっと100か所あまりの〔俗〕を削除しました。その中には、「これはとっくに俗語でなくなっている」と判断したものが少なくありません。

たとえば、数字の「四(よん)」は、初版(1960年)以来ずっと〔俗〕と表示されていました。『三国』の前身『明解国語辞典 改訂版』(1952年)の説明を受け継いだものです。年配の人は「4B鉛筆」を「しいビー」、「3、4か月」を「さんしかげつ」と言います。でも、このような場合には「よん」と読むことが一般化してすでに久しいでしょう。

また、「水をふんだんに使う」の「ふんだんに」も〔俗〕がついていました。江戸時代の『かたこと』に〈不断(ふだん)といふべきを、ふんだんなどいふこと如何(いかが)〉とあり、昔は「ふんだん」は俗な言い方でした。現代では、これもふつうのことばです。

今回の改訂では、このような語からは、つとめて〔俗〕の表示を削りました。

こうした中で、俗語から一般語に脱皮したばかりのことばも、もちろんあります。代表例は「デジカメ」です。私は、このことばを1995年に初めて聞いた時、「デバガメ」みたいでふざけた言い方だと思いました。ところが、今では普通の文章にも見られ、私自身も使っています。「デジカメ」は、2001年の第五版で〔俗〕として登場し、今回の改訂で〔俗〕の表示を削られました。

デジカメの写真
【「デジカメ」も〔俗〕にあらず】

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。