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日本語社会 のぞきキャラくり 第49回 『下』から『上』へ?

2009年 7月 26日 日曜日 筆者: 定延 利之

『下』から『上』へ?

 ここ数回、理屈っぽい話が続いた。少し「実践」に戻ってみよう。

 「佐々木商店」という個人商店は、店主の佐々木庸平が元気なうちはよかったが、庸平が病死すると、未亡人のよし江が懸命に切り盛りしても、だんだんと傾いてきた。すると、取引先の野村という業者も、佐々木商店に対する振る舞いが以前とは違ってくる。山崎豊子『白い巨塔』の一節である。

 夫の庸平が達者で店を繁昌(はんじょう)させていた時は、卑屈なほどの腰の低さで出入りし、よし江にも御寮人(ごりょうにん)はんとお世辞がましく呼んでいた野村が、掌(てのひら)を返したようにぞんざいな口調で奥さんと呼び、くわえ煙草(たばこ)で、すっかり品薄になった店内を見廻した。

[山崎豊子『白い巨塔』(四)1969.]

 うわーっ、えげつなーい! いくら昔とは状況が違うからって、やっぱり変えちゃいけないものはあるでしょうに。商売人って、特にナニワの商売人って、やだなー――と思う人もいるかもしれない。だが、『白い巨塔』には、野村とは違った感覚を持ったナニワの商売人・大村も登場する。

大村伝助は、じろりと野村を見、
「あんたとこは、われわれに抜けがけで商品を引き上げ、一番債権が少ないはずやのに、まだその上、気忙(きぜわ)しゅうに云いはりまんのか、佐々木庸平さんの生存中には揉(も)み手(で)で出入りしてたことを思うたら、女手で今日まで頑張って来はった奥さんの話から、先に聞くぐらいの気持はおまへんのか」
 窘(たしな)めるように云い、佐々木よし江の発言を促した。

[山崎豊子『白い巨塔』(五)1969.]

 そうだそうだ。大村さん、もっと言ってやって。いい気味、いい気味。

 だけど、野村って、こういうことを言われても、けろっとして、あんまりこたえないみたいなんだよなあ。

「野村はん、うちの主人の生存中は揉(も)み手をして、この店の敷居を跨(また)いだあんたが、よりにもよって業界の中でも一番きつい真珠湾攻撃をかけはるとは思うてまへんでした。しかも死んだ主人の控訴審の承認調べを目前にしてるわたしらに、ようこんな酷いことをしはりましたな、その上、この返品伝票に判まで捺(お)せといいはるのだすか」
「へい、そうだす、そうせんと、あとでぼったくりの、強盗のと、もめられると困りまっさかいな」
 野村は平然とそう云い、ポケットから印肉を出して、よし江の前に置いた。

[山崎豊子『白い巨塔』(四)1969.]

野村って、なんで「平然」としてるのかなあ。(つづく)

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【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

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【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

2009年 7月 26日