2009年 8月 のアーカイブ
敬意表現とkommen
2009年 8月 31日 月曜日 筆者: 重藤 実クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(62)
ドイツ語の gehen / kommen と日本語の「行く」/「来る」を比較してみると、基本的用法は同じである。つまり、話し手が視点の中心となって主語の移動を表現する場合、話し手から遠ざかる動きは gehen /「行く」で、話し手へ近づく動きは kommen /「来る」となる。
Der Herbst ging, der Winter kam.
秋は去り、冬が来た。
しかしドイツ語と日本語とでは、違いもある。話し手が視点の中心となっている場合、主語が聞き手へ近づく動きは、日本語では「行く」だが、ドイツ語では gehen ではなく kommen を使用しなければならない。これについて、クラウン独和辞典第4版では次のように述べられている。
Kommst du auch? ― Ja, ich komme gleich.
「君も来るかい」「ああ、すぐ行く」
この場合 Ja, ich gehe gleich. と答えるのは間違いである。なぜなら、この場合の kommen は、英語の come と同じく、相手の方へ(ないしは相手の意中の場所へ)「行く」ことを意味するからである。
このような用法は、普通は敬意表現として説明される。この説明によると、本来視点は話し手にあるのだが、主語が聞き手に近づく動きを表現する場合に限り、視点を聞き手に移して聞き手への敬意を表現する、ということになる。つまり文法的体系としては敬語は日本語の方が遙かに複雑な仕組みを持っているのだが、kommen に関しては必要な視点移動が、日本語の「来る」には存在せず(ただし日本語でも数多くの方言では、このような視点移動が存在することが知られている)、敬意を表現できない、ということになる。
しかし kommen における視点移動は、随意的ではなく義務的である。これが現在でも敬意を表現しているとするのなら、聞き手へ近づく動きであってもあまり敬意を表現したくない場合には gehen のままでいいはずなのだが、実際にはそれは不可能である。
ドイツ語で視点が関わる表現は、移動動詞に限られているわけではない。たとえば誰かがドアをノックした場合、
Herein! (ノックに対して)お入りください。
と答えるのだが、視点は話し手にあるままで、聞き手への視点移動は起こらない。この場合、どうして視点を聞き手に移して(Hinein!)聞き手への敬意を表現しないのだろうか。
つまりドイツ語における視点移動は、kommen の場合は義務的で、herein の場合は不可能なのである。その起源はともかく、現在では kommen に関する視点移動を「敬意表現」として説明するのは無理があるようだ。
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【筆者プロフィール】
重藤 実(しげとう・みのる)
東京大学大学院人文社会系研究科教授
専門はドイツ語学
『クラウン独和辞典』編修委員
日本語社会 のぞきキャラくり 第54回 中国でこわかったこと
2009年 8月 30日 日曜日 筆者: 定延 利之中国でこわかったこと
前回、中国での滞在に少し触れたが、そういえば、中国ではこわい思いをしたことがある。といっても、宿舎で強盗騒ぎがあって、駆けつけた警官が5時にみんな帰ってしまった時のことではない。行くなと言われていた通りの道ばたに注射器を見つけたことでもない。家内が自転車で走っている最中にリュックの財布を盗られたことでもない。
それはA大学のA先生の研究室を訪問することになり、約束どおりの時間に、A先生の研究室のドアをノックした時のことである。
“請進(チンジン)!”
と、怒号のような厳しい声が中から聞こえてきて、私はドアの前で凍りついた。
いま「お入りください」と言った声はまぎれもなくA先生。まさか、あの温厚なA先生がこんな風に怒鳴られるとは。部屋の中ではなにか大変なことが起きていて、それで怒りにまかせてあんな声を出されたに違いない。これは、どうだろう。「お入りください」とは仰ったものの、いま自分が入っていって顔を合わせたらA先生は恥ずかしい思いをされるだろうし、自分も気まずい。入っていかない方がいいのではないか。そもそも、A先生は本当に“請進!”とおっしゃったのか。外国人である自分の聞き間違いではなかろうか――てなことが頭をかけめぐるうち、
“請進(チンジン)!”
と、再びやけっぱちのような大声で怒鳴られ、私はおそるおそるドアを開けて中へ入った。
正面にパソコンがある。画面を見つめている男が一人、イスをくるりと回転させてこちらに不機嫌そうに向き直った。と思った瞬間、私を認めて仏頂面がニッコリ笑顔に変わり、私の知っているA先生がそこに現れた。
その後、A先生と、どんなことをどう話したのかは覚えていない。汗にまみれた手で研究室のドアを閉めると「A先生、イツモニコニコ笑顔デ、イイ人ト思ッテタケド、ソウジャナイ。ソウジャナイヨ。ア~ア。見チャッタヨ」という思いがぐるぐる渦巻いた。
この日のことは、A先生にとっては面目を失う不名誉な出来事であろうから、私は他言をはばかっていた。だがそのうちに、日中の言語文化差について中国人研究者と話す機会があり、そこで個人名をはずしておそるおそるたずねてみると、何と、と言うべきか、それともやはりと言うべきか、中国語社会ではああいうことは恥ずかしいことでも何でもないのだそうな。「誰だかよくわからない人に対しては冷たいスタイルに出る。知人に対しては温かいスタイルに出る」という、当たり前のスタイル変化の域を出ていない。つまりA先生の温厚なキャラクタは、冷たいスタイルと、まったく問題なく両立するという。
「まったく問題なく」という部分は私も半信半疑だが、傾向としては確かにそういう日中差があるようだ。市場に買い物に来たおばちゃんどうしの罵り合い、つかみ合いのバトルなんか、何回見たかわからない。そういえばB大学のB先生も、私と一緒に街を歩く時、私には笑顔を向けて話しながら、近寄ってくる物乞いは、実に冷たく追い払っていらした。定延には笑顔で、物乞いにはしかめっ面。定延には笑顔。物乞いにはしかめっ面。笑顔は定延。しかめっ面は物乞い。間違えられたらどうしようと、ドキドキしながら一緒に歩いていたなんて、B先生ご存じないだろうなあ。
声を荒げたり、しかめっ面で人を荒っぽく追い払ったりなんて、日本語社会の『いい人』はできません。誰に対してもいつもニコニコが日本の『いい人』の基本です。どんな時でも決して笑顔を絶やさない日本のスチュワーデス、いや、最近ではフライトアテンダントと言うべきかもしれませんが、日本の『いい人』キャラをモデルにしているんでしょうか?
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第63回
2009年 8月 29日 土曜日 筆者: 日高 貢一郎地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第63回 宮崎県椎葉村に見る方言表示
先だって、大分市から車で宮崎県の椎葉村を訪ねました。その際に見かけた「方言看板」などの事例を紹介しましょう。
宮崎県東臼杵郡椎葉村(ひがしうすきぐん・しいばそん)は県の北西部、九州山地の奥深くに位置し、昔から「秘境・椎葉」と言われ、平家の落人が都から落ち延びて隠れ住んだという伝説のあるところです。
宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町から、山あいを縫うように走る国道265号線を南下して椎葉村に入ると、旅人を歓迎する方言看板が出迎えてくれました。【写真1】
これにある「ひえつき(稗搗き)節」は、平家の残党の追討に都から派遣された武士・那須大八郎と、地元の鶴冨姫との悲恋を歌った民謡で、全国的に広く知られています。
♪ 庭の山椒の木に… と始まりますが、「山椒」は「さんしょう」ではなく、「にわ~のさん~しゅう~の~き~ぃに…」と、方言的に歌われます。
なお、宮崎県にはもう一つ、これまた全国区で有名な、高千穂地方の「刈り干し切り唄」があります。これを「切り干し刈り唄」だと思っていた人に出会ったことがありますが、「切り干し」は冬場に大根を千切りにして干した食べもの。一方「刈り干し」は冬の間の牛馬の餌にするために、晩秋、山の斜面に生えている草を「刈って干し」て保存しておくこと。その刈り取り作業のときの労働歌が「刈り干し切り唄」ですから、まったくの別物です。
ともに同じ宮崎県の産物で、ちょっと似た響きの語ですから、頭の中で混線してしまったのかもしれません。
町の商店のドアには、「飲酒運転をやめましょう!」と呼びかける、宮崎県警察のポスターが貼ってありました。「(飲酒運転で命を落としたら)母ちゃんが泣くぞ、子供が泣くぞ。飲んで乗ったら終わりだぞ!」と方言を活かしたアピールになっています。【写真2】
村内を走っていたら、道路脇の土手に、今は使われなくなった大きな甕を伏せ、それに「かてーりの里」と白い字で大書した、非常に目立つ“看板”がありました。【写真3】
「かてーり」とは、地元の方言で「助け合い」という意味だそうで、この地区の公民館(集落センター)の前にも、「かてーりの館」と書いた甕がで~んと置かれていました。
その他にも、要所要所に、案内標識としてこの甕が利用されており、うまい活用法だと感じました。
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)
日高貢一郎(ひだか・こういちろう)
大分大学 教育福祉科学部 教授(国語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと、“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986)、「宮崎県における方言グッズ」(1991)、「「~されてください」考」(1996)、「方言の有効活用」(1996)、「医療・福祉と方言学」(2002)、「方言によるネーミング」(2005)、「福祉社会と方言の役割」(2007)など。
【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
社会言語学者の雑記帳4 世界最先端の岡崎敬語調査
2009年 8月 28日 金曜日 筆者: 松田 謙次郎世界最先端の調査:「敬語と敬語意識の半世紀」
ちょっと「社会言語学者になるまで」シリーズをお休みして、今回は現在関わっている敬語調査のお話をしましょう。この調査は、国立国語研究所が2007年から行っているもので、愛知県岡崎市での敬語使用と敬語意識に関するものです。岡崎市は本州のちょうど真ん中辺りにある小さな町で、八丁味噌でその名が知られる土地でもあります。以前NHK朝の連続ドラマの「純情きらり」の舞台となりました。
敬語も日本語の一部ですから、当然時代とともに変わります。実際に敬語をどのように使うかということに加えて、何を敬語と捉えるかという意識も変化していきます。これを岡崎市民の方々について調査しようというのが岡崎敬語調査です。岡崎市民の、と言うからにはそのサンプルが岡崎全体を代表しているのか、ということが問題となります。そこで、調査対象者は「ランダム・サンプリング」という手法を用いて選ばれています。これは、テレビの視聴率調査や世論調査などでも使われている手法です。なお、そもそもこの調査で岡崎が選ばれたのは、方言と共通語がほどよく使われているからというのが理由のようです。
さて、これだけであれば、「よくある言語調査」の一つ(!)になってしまいそうです。でも実はこれが世界最先端の調査なんです。なぜこの調査が世界最先端なのでしょう?
それはこの調査が1953年以来、ずっと継続されて行われている息の長い調査だからなんです。この間1972年に2度目の調査が行われ、今回が第3次調査ということになります。最初の調査から数えると実に半世紀以上の年月が流れているわけですね。
調査では、上に書いたようにランダム・サンプリングで選ばれた方々306名に加えて、前回に調査させていただいた方々62名、さらに前々回に調査させていただいた方々20名にも再び調査に伺いました。最初の調査に参加された方は、当時20歳であったとすると、75歳になっていらっしゃるわけです! その人に、「実は50年以上前にこういう調査でお伺いしました…」などと言いながら調査のお願いに上がるんです。もうほとんどドラマの世界ですね(笑) こんなとんでもない長さで行っている言語調査は、世界中を探しても国語研くらいなもののようで、こういうわけで「世界最先端の調査」となるのでした。
さて、岡崎敬語調査は敬語の変化そのもの以外にもさまざまなことを教えてくれます。特に、ことばの変化そのもののメカニズムについては、画期的なデータとなります。たとえば、言語学の常識の一つとして、「人はいったん言語習得期を過ぎたら、ことばの基本的な部分は変わらない」というのがあります。ところがこの常識が最近になり見直されてきています。変わりにくいとされてきた発音、アクセント、文法についても、言語習得期がとっくに終わったはずの人々で変わってきているというデータが次々と出てきているのです。こうした変化のことを、生涯変動(lifespan change)と言いますが、生涯変動分析は岡崎敬語調査のように、数十年というスパンで同じ人々を観察するような調査(実時間調査、横断調査)が次々と出てくるようになった最近になってやっと可能になったものです。
なお、似たような調査を国立国語研究所は山形県鶴岡市と、北海道富良野市でも行っています。これは地域社会で進行する共通語化をテーマとした調査ですが、やはり長期にわたる大規模言語調査を粘り強く続けています。国立国語研究所は、本当に凄いところですね。
岡崎敬語調査については、国立国語研究所に「敬語と敬語意識の半世紀」というサイトもあります(http://www.kokken.go.jp/okazaki/)。調査計画、研究成果、そして調査の写真までアップしてあります(笑) こちらもどうかご覧下さいますよう<(_ _)>
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【筆者プロフィール】
松田謙次郎(まつだ・けんじろう)
神戸松蔭女子学院大学文学部英語英米文学科、大学院英語学専攻教授。Ph.D.
専攻は社会言語学・変異理論。「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」と称して、自然談話データによる日本語諸方言の言語変化・変異現象研究や、国会会議録をコーパスとして使った研究などを専門とする。
『日本のフィールド言語学――新たな学の創造にむけた富山からの提言』(共著、桂書房、2006)、『応用社会言語学を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2001)、『生きたことばをつかまえる――言語変異の観察と分析』(共訳、松柏社、2000)、『国会会議録を使った日本語研究』(編、ひつじ書房、2008)などの業績がある。
URL:http://sils.shoin.ac.jp/%7Ekenjiro/
【編集部から】
「社会言語学者の雑記帳」は、「人がやらない隙間を探すニッチ言語学」者・松田謙次郎先生から キワキワな話をたくさん盛り込んで、身のまわりの言語現象やそれをめぐるあんなことやこんなことを展開していただいております。
今回は、実際の調査のお話。世界最先端の調査が、日本でおこなわれています。
明解PISA大事典:発問 問題解決型の読解問題
2009年 8月 28日 金曜日 筆者: 北川 達夫第16回 発問:問題をつくろう(初歩)
欧米型の読解問題、つまり“PISAの読解力で出されているような問題”には「大枠」となる原理がある。いくつかの原理が存在するのだが、今回は最も基本的な「問題解決方式」を紹介することにしよう。
何らかの問題に対処する場合、自分が過去に積み上げてきた知識と経験だけで解決することも不可能ではない。だが、第13回で述べたように、急激で予測不能な変化をする社会においては、過去に積み上げた知識や経験は必ずしも通用しない。そこで、新たな知識を取得し、それを過去に積み上げた知識や経験と関連付けながら問題解決を図っていくことが必要になってくる。
このように、新たな知識(外部情報)と、自分の知識や経験(内部情報)とを統合して問題に対処することを、「創造的問題解決(Creative Problem Solving:CPS)」という。
PISAの読解力においては、この創造的問題解決の能力が求められている。すなわち、テキストに含まれる情報(外部情報)を取り出し、自分の知識や経験(内部情報)と関連付けながら解釈し、熟考し、評価するということだ。
PISAの読解力の創造的問題解決としての側面に注目し、それを大枠とした発問の原理のことを問題解決方式というのである。
問題解決方式においては、テキストを「問題と解決例の提案者」と見なす。テキストが「こんな問題があったので、このように解決しましたが、いかがでしょうか?」と提案しているととらえるのである。
たとえば、「桃太郎」であれば「鬼という問題があったので、こらしめて宝物を奪取するという解決策をとりましたが、いかがでしょうか?」となる。「スイミー」であれば、「まぐろという問題があったので、みんなで大きな魚の姿をつくって追い出すという解決策をとりましたが、いかがでしょうか?」となる。(これらは問題と解決例の設定の一例に過ぎない。同じ物語であっても、ほかのかたちで問題と解決例を設定することは可能である)
テキストの提案を受けて、「ほかの方法はなかったのか?」「ほかの方法があるのに、なぜその方法がとられたのか?」「その方法の利点と難点は?」というように、提案された解決例について徹底的に検証する。そのうえで「最善の解決策」を自分の意見として提案していく。第11回でも述べたことだが、「最善の解決策」を求める場合、「あなたが主人公だったら、どうやって問題を解決しますか?」と問うことが多い。
つまり、テキストに示された解決例を外部情報として、それと自分の知識や経験(内部情報)と関連付けながら、より良い解決策を見出していく。まさに創造的問題解決なのである。このような読解教育は、グループ学習で他人と相談しながら進めると、さらに効果的である。他者の意見や知識や経験も外部情報として利用できるからだ。もちろん、PISAのようなペーパーテストでは、独力で創造的問題解決するしかないのであるが。
この問題解決方式を大枠として発問を組んでいく。もっとも単純な発問の組みかたは、原理通りに聞くことである。たとえば――
・主人公が遭遇した問題は何ですか?
・主人公はその問題をどうやって解決しましたか?
・その解決方法の良い点と悪い点をあげなさい。
・そのほかに解決方法はありませんか?
・あなたが主人公だったら、どうやって問題を解決しますか?
これでもかまわないのだが、いかにも工夫がない。では、どのように工夫して聞けばいいのか? これについては、次回以降で説明することにしよう。
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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)、組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。
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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。
人名用漢字の新字旧字:「駆」と「驅」と「駈」
2009年 8月 27日 木曜日 筆者: 安岡 孝一第41回 「駆」と「驅」と「駈」
新字の「駆」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「驅」は子供の名づけに使えません。新字の「駆」は出生届に書いてOKですが、旧字の「驅」はダメ。でも、俗字の「駈」は子供の名づけに使えるのです。
昭和21年4月27日、国語審議会は常用漢字表を審議していました。この時点の常用漢字表は1295字を収録していましたが、「駆」も「驅」も「駈」も含まれていませんでした。国語審議会は、この常用漢字表に対して再検討が必要だと判断し、6月4日、常用漢字に関する主査委員会を発足させました。
常用漢字に関する主査委員会は、「驅」を常用漢字に追加するにあたって、当時一般に使われていた俗字の「駈」ではなく、新字の「駆」を簡易字体として採用することにしました。「区(區)」や「欧(歐)」に字体を合わせたのです。また、主査委員会は表の名称を、常用漢字表から当用漢字表へと変更しました。将来、漢字を全て廃止することも想定されていたので、「常に用いる漢字の表」では都合が悪かったのです。
昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表を答申しました。この時点の当用漢字表は手書きのガリ版刷りでしたが、新字の「駆」が収録されていて、直後にカッコ書きで旧字の「驅」が添えられていました。つまり、「駆(驅)」となっていたわけです。翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表でも、やはり「駆(驅)」となっていました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が当用漢字表1850字に制限された結果、新字の「駆」だけが出生届に書いてOKとなりました。旧字の「驅」や俗字の「駈」は、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。
半世紀後の平成16年2月10日、法制審議会は人名用漢字の見直しを決定、人名用漢字部会を発足させました。3月26日に発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。俗字の「駈」は、漢字出現頻度数調査の結果が430回で、全国50法務局のうち11の管区で出生届を拒否されたことがあって、JIS X 0213の第1水準漢字だったので、人名用漢字の追加候補となりました。一方、旧字の「驅」は、出現頻度が2回で、出生届を拒否した窓口は1管区しかなく、しかも第2水準漢字だったので、追加候補になりませんでした。
平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を、法務大臣に答申しました。この488字の中に、俗字の「駈」は含まれていましたが、旧字の「驅」は含まれていませんでした。3週間後の9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。それが現在も続いていて、新字の「駆」と俗字の「駈」は出生届に書いてOKですが、旧字の「驅」はダメなのです。
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【筆者プロフィール】
安岡孝一(やすおか・こういち)
京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。
京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)、『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal で、断続的に「日記」を更新中。
『三省堂国語辞典』のすすめ その82
2009年 8月 26日 水曜日 筆者: 飯間 浩明「道の駅」から連想する場所は…。

【道の駅 八王子滝山】
『三省堂国語辞典』の語釈の末尾に、しばしば「⇒:」(白抜き矢印にコロン)の記号がついています。単に「⇒」だけならば、「説明をすべて以下の項目に譲る」という印ですが、「⇒:」は、「以下の項目も参考に見てください」という印です。
たとえば、「盲導犬」ということばを引くと、説明の末尾に〈⇒:補助犬。〉とあります。補助犬は、盲導犬・介助犬・聴導犬をまとめて言うことばで、今回の第六版で新規項目としました。飲食店などの入り口に「Welcome! ほじょ犬」のシールをよく見かけるようになった今日、「盲導犬」を引いた人に、ついでに、関連語として「補助犬」も知ってもらおうと考えて、「⇒:」の印をつけたのです。

【刈谷ハイウェイオアシス】
こうした関連語は、必ずしも初めから決まっているわけではありません。辞書の作り手は、「あることばとあることばに関連がある」と、まず気づくことが必要です。
今回、「浮き実」を新規項目に入れました。〈スープに うかせて、味を引き立てたり、見ばえをよくしたりするもの〉、つまり、パセリのみじん切りなどのことです。ところが、この語釈を書くうちに、「似たものが和食にもあったな」と思い至りました。吸い物の「吸い口」がこれと同じものです。それで、「浮き実」と「吸い口」を互いに関連語として扱いました。こうすれば、「吸い物の浮き実」などと言うことが避けられるでしょう。
最近、国道などの幹線道路沿いに「道の駅」という名の施設が増えてきました。高速道路のサービスエリアの一般道路版とでも言いましょうか。軽食堂や、特産品を売るコーナーなどがあって、ドライバーがひと休みできる所です。

【この記号に注意】
この「道の駅」も新規項目のひとつですが、語釈を書くうちに、またしても、似たような施設のことを思い出しました。「ハイウェイオアシス」がそうです。
ハイウェイオアシスは、高速道路のサービスエリアなどに併設された公園で、軽食堂や売店はもちろんのこと、施設によっては、フィールドアスレチックや回転木馬、観覧車まであります。地元の人が子連れで遊びに来られる場所になっています。
道の駅の中にはハイウェイオアシスと一体となったものもあるので、両者は関連すると言うことができます。結局、「ハイウェイオアシス」も新規項目に立てた上で、「道の駅」と互いに関連語として扱うことにしました。
◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ
◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ
◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ
◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ
◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」
筆者プロフィール
飯間浩明(いいま・ひろあき)
早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)
【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。
学習者コーパス入門のまとめ
2009年 8月 25日 火曜日 筆者: 阪上 辰也学習者コーパス入門 第31回
今回は、30回に渡ってお伝えした「学習者コーパス入門」のまとめをしたいと思います。
まず、学習者コーパスとは、外国語を学習する人が、その学んでいる外国語で書いたり話したりしたデータベースのことです。NICE は、「Nagoya Interlanguage Corpus of English」の頭文字を取ったもので、名古屋圏を中心として、英語を学ぶ大学生・大学院生が書いた作文データを集めた学習者コーパスになります。
そして、NICE の特徴として、(1) 詳細な個人情報が記録されていること、(2) データが読みやすい状態で記録されていること、(3) 母語話者による添削文の付与がなされていること、という3点を挙げ、これまでの学習者コーパスでは十分に対応されてこなかった部分を補った新しい学習者コーパスであることを説明しました。
第8回以降では、NICE のデータを実際に検索する方法を説明しました。使うソフトウェアとして、テキストエディタとMicrosoft Excel を利用し、「Grep」による検索や、正規表現を用いた文字列の検索および置換、Excel で利用可能な関数を用いての語数カウントなどの方法を紹介しました。こうした作業は、コーパスの検索ソフトを利用することで、より簡単にできるのですが、敢えて回り道のようなことをしたのは、作業の過程をひとつひとつ知っておくべきという意図があったからです。専用の検索ソフトにあるボタンを押して自動的に結果が表示され、それを疑いもなく利用するというのは、研究調査上、危険な行為であるため、ひとつひとつの作業を細かく説明したわけです。
第17回以降では、UNIX を用いたデータ処理の方法について説明しました。文字によるコマンド入力を通して、大量のデータを瞬時に処理できることを紹介しました。具体的には、検索した文字列を含む行を表示させる「grep」コマンド、文字列の置換を行う「tr」コマンド、数値や文字をある条件で並べ替える「sort」コマンド、重複した行を1行にまとめる「uniq」コマンドと、これらのコマンドの組み合わせ方について説明しました。UNIX による処理は、操作自体が敷居の高いものに感じられますが、コマンドとその機能を学び、処理するパターンを覚えてしまえば、基本的にはどのようなコーパスに対しても応用可能で汎用的な技術であると言えます。
第28回から第30回までは、学習者コーパスの構築方法を説明しました。NICE では、CHAT 形式(Codes for the Human Analysis of Transcript)と呼ばれるフォーマットを採用しており、「1行1文」の状態でデータが記録される点が特徴的であると述べました。特に大事なことは、目的に応じて、どのようなフォーマットを採用すべきかを検討し、そのフォーマットに従ってコーパスを構築するということです。また、同時に、そのフォーマットをマニュアルとして文書化しておき、どのようなフォーマットでデータを構築しているのか、いつでも見直すことができるようにしておくことも大事なことであると述べました。
以上、30回に渡り、学習者コーパスとは何か、検索などのデータ処理をどのように行うのか、どのような点に気をつけてデータを構築したり処理したりすればよいのかを述べてきました。この連載をきっかけに、学習者コーパスを利用した研究調査に関心を持っていただければ幸いですし、実際のデータ処理の一助となれば嬉しく思います。本連載は、今回を一区切りとしまして、お休みとさせていただきます。また、機会がありましたら、コーパスデータの統計処理について説明ができればと思っています。ありがとうございました。
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▼お知らせ (1)
過去の記事について、一部を修正いたします。修正点の一覧については、後日、本サイトにてお知らせいたします。
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▼お知らせ (2)
2008年10月4日に、学習者コーパス「NICE」の正式版を公開しました。2009年7月22日にバージョンアップを行い、ver. 1.1.1 に更新されました。無償で利用可能で、特別な手続きは必要ありませんので、ぜひ研究調査にご利用ください。詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。
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■筆者プロフィール
阪上辰也(さかうえ・たつや)
名古屋大学大学院 国際開発研究科 特任助教。
専門は、コンピュータを利用した外国語教育。
ウェブサイトは、sakauetatsuya.net。
辞書に登場の人名など
2009年 8月 24日 月曜日 筆者: 信岡 資生クラウン独和辞典―編集こぼれ話―(61)
Wiesbadenのドイツ語協会(Gesellschaft für deutsche Sprache)が発行する月刊語学雑誌「Der Sprachdienst」の最近号(2⁄09)に、2008年ドイツ全土の新生児に付けられた最も人気のある名前が載っている。上位5番目までを転記すると、女児では第1位がSophie⁄Sofie(2)で、以下Marie(1)、Maria(3)、Anna⁄Anne(4)、Johanna(7)の順。男児の第1位はMaximilian(2)で、これにAlexander (3)、Leon (1)、Paul (4)、Luca⁄Luka (5)とつづく。なお名前のあとの( )内の数字は2007年の順位を示す。
これでみるとElisabethとかBarbara、KarlとかWilhelmはもう人気のない名前となっているようだ。これらの女児名はすべて『クラ独 第4版』の見出し語に《女名》として採録されているが、男児名のうちLeonと Luca⁄Lukaは見出しにない。将来彼らが成人する頃は辞書に採録される人名も変わることだろう。
『クラ独』の用例や例文で、主語や目的語に「彼」「彼女」ばかりでなく具体的な人名も使われる。多く登場するのはMüller、Meyer、Schmidtなどというドイツ人に多い姓だ。例えばheißen ① の用例で:Ich heiße [Heinz] Müller. 私は[ハインツ・]ミュラーと申します.lieb ① で:Lieber Herr Meyer! ( Meine ~e Anna!) (手紙の冒頭で)親愛なるマイアーさん(愛するアンナ). Name ① で: Mein ~ ist [Peter] Schmidt. 私の名は[ペーター・] シュミットといいます.geboren ③ で:Frau Sabine Schmidt[,] ~e (geb.) Müller ザビーネ・シュミット夫人、旧姓ミュラー.といったぐあいである。しかし、それほど典型的でない姓もあり、例えばberufen1 ① で:Prof. Moser wurde als Ordinarius an die Universität Bonn (nach Bonn) berufen.モーザー教授は正教授としてボン大学に招かれた.vorstellen 【再帰】① で:sich4 mit Stein (als Lehrer) ~ 自分はシュタイン(教師)だと名乗る.など。bekannt の記述の最後に並ぶ慣用句 j4 mit j3 bekannt machen で: Darf ich Sie mit Herrn Bender bekannt machen? ベンダーさんをご紹介しましょう.… 白状するとここでは筆者個人の知人Bender氏の名を拝借させてもらった。また人の姓名に限らず、固有名詞で編修陣の遊び心から、Lebenslauf(履歴書)の見本の中でHanako Okadaさんの勤務先にSanseido (Tokyo)をそっと忍び込ませた。この女性の学歴に実在する大学名を入れようかとも思ったが、結局はxxUniversitätとなった。付録のCD 94 (テキスト17ページ)にZum Hotel Eisenhut, bitte! アイゼンフートホテルまでお願いします(タクシーの運転手に).があるが、アイゼンフートは観光都市ローテンブルクに実在する、知る人ぞ知る由緒あるホテル名である。
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【筆者プロフィール】
信岡資生(のぶおか・よりお)
成城大学名誉教授
専門は独和・和独辞典史
『クラウン独和辞典 第4版』編修主幹
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【編集部から】
2008年2月に『クラウン独和辞典』(第4版)が刊行されました。日本初、「新正書法」を本格的に取り入れた独和辞典です。編修委員の先生方に、ドイツ語学習やこの辞典に関するさまざまなエピソードを綴っていただきます。
日本語社会 のぞきキャラくり 第53回 私の知ってるあの人は…
2009年 8月 23日 日曜日 筆者: 定延 利之私の知ってるあの人は……
覚醒剤所持容疑で夫が逮捕され、自分は失踪。子供を預けた相手は謎の人物。やがて夫と同じ覚醒剤所持容疑で逮捕、……と、酒井法子という「清純派」タレントが世間を騒がせている。この事件は日本のみならず、酒井法子の人気が高かった中国でも大きく報道されているという。
思い返せば、私が十年前に滞在していた中国人民大学で、日本語学科の学生たちと観たビデオが、彼女主演のドラマ『星の金貨』だった。いま、あの学生たちはこのニュースを知ってどう思うか。私に中国の様々な諺を教えてくれた張孝萍さんなら“人不可貌相,海水不可斗量”(海水の量をマスではかれないように人は見かけによらない)と嘆息するかもしれない。
「私の知ってる○○さんは……」のような言い方がある。当たり前のことだが、これは「平時」の言い方ではない。○○さんが何らかの事件を起こした後にかぎっての言い方である。
たとえば「私の見た兄さんは恐らく貴方方の見た兄さんと違っているでしょう。私の理解する兄さんも亦(また)貴方方の理解する兄さんではありますまい」というのは、兄さん(一郎)の神経の変調という事件の後に、兄さんの親友Hが弟(二郎)に送った手紙の一節である(夏目漱石『行人』1912-13)。
「あなたはまじめな人ですねぇ」とは言えるが、「あなたは私の前ではまじめな人ですねぇ」とはふつう言えない。もし言えば、「あなたがまじめな人格で、私の知らないところでもまじめかどうか。それはわからない」と思っていることが露わになるので失礼である。
同じことだが、「あの人は豪快な人だねえ」とは言えるが、「あの人はわれわれの前では豪快な人だねえ」とはなかなか言えない。これは「あの人が豪快なのは、取り繕っているだけだ」という強い含みを持っており、言えば「あの人」に対する完全な悪口になってしまう。
「あなたにもいろいろな面があるでしょうね」「あの人にも私たちの知らない部分があるでしょうね」という、よく考えてみれば当然至極のことでも、口に出せば、その場の空気を凍りつかせかねない発言となる。
つまり平時の、そして遊びではない会話では、「人(とりわけ会話の相手)が本来の人格を隠して、キャラクタを取り繕っている可能性」に言及するには、慎重な検討が必要である。「いま私と会話しているあなたは、何かを取り繕って会話しているわけではない。会話の中で感知されるあなたの性質は、あなたの人格の現れである」ということになっているのだし、もちろん話し手自身も「あなたとの会話には私も自分の人格を出して臨んでいるのであって、自分を取り繕ってなどいない」ということになっている。つまり「キャラクタなどというものはない」ということになっている。
だが、これはあくまで「~ということになっている」という決まり事に過ぎない。いったん「事件」が起これば、知人や近隣住民たちはこぞって「私の知ってる○○さんは、そんなことをする人ではありませんでした」とコメントする。「私の知ってる○○さん」のように、「○○さん」に「私の知ってる」という限定を付けてしまえるのは、取り繕いが露見し、もはやキャラクタの存在をあからさまにしてよくなっているからである。
キャラクタは、意のままにおおっぴらに変えて構わないもの(スタイル)ではないが、かといって根本的で変わりにくいもの(人格)でもない。状況に応じて結構変わってしまい、にもかかわらず、変えてはいけないことになっているものだ、ということはこれまで強調してきたことである(特に第4回)。
ここで言う「変えてはいけないことになっている」とは、「人格と同一ということになっている」ということであり、つまるところ「キャラクタなどというものはないことになっている」ということである。今回新しく述べたのはこの点である。
え? これまで述べてきたことと結局同じじゃないかって?
えーと。それじゃあ、今回は「私の知ってる○○さん」というフレーズの観察を通してもこれまで同様の結論が導けるということを示した、というところでどうです?
あのネ旦那、今回は連載1周年記念なんすヨ。堅いこと抜きでいきましょうヨ、旦那、ネ!
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◇この連載の中国語版と英語版
中国語版⇒角色大世界――日本
英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters
【筆者プロフィール】
定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm
【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。
地域語の経済と社会 第62回
2009年 8月 22日 土曜日 筆者: 井上 史雄地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第62回「方言駅弁「ずうずう弁」とのお別れ」
郡山に行く用事ができました。各地で方言グッズを探すのは習慣になっていましたが、郡山では駅弁を買わなければなりません。何しろ「ずうずう弁」という名前で、方言の意味の「弁」と弁当の意味の「弁」の両方をかけことばにしている逸品があるからです。
これを最初に手に入れたのは、1981年。学生と一緒に東北地方の方言調査に行った帰りの列車で、郡山あたりでおなかがすいたので偶然買ったのです。駅弁の中に紙が入っていて、上段の方言と下段の標準語を結びつける形のクイズになっていたので、食べた後も楽しめました。そのあとも、郡山駅を通ったときに手に入れました。クイズの形式と単語は少し変わっていましたが、弁当は健在でした。
しかし今回2009年6月には見当たりませんでした。駅弁の売店で、以前の事情を知っていそうな年期の入ったおばさんに聞いたら、「半年ほど前にやめた」とのことでした。「今はこれなんですよ」と見せてくれたのは、方言との関係が全然ない駅弁でした。
手元のコレクションにある「ずうずう弁」の中のクイズを今改めて見たら、その後の方言研究で新たな位置づけのできた貴重なことばも見つかりました。
「ぼっこっちゃ」は「こわれた」の意味で、「ぼっこれる」は「こわれる」にあたりますが、最後の「レタ」が「ッチャ」になっているのは珍しい現象です。これは近代になってから福島県で生まれた「新方言」です。別の紙では、「もっとくんち」は「もっとちょうだい」と訳されていますが、「くれて」が「くんちぇ」になりさらに「くんち」になったのでしょう。この二つは、ラ行音がタ行音やナ行音とつながるときに、福島県で発音の変化があったとして、説明できます。「げんじょも」は「けれども」の意味ですが、これも同じように説明できます。
駅弁のような、学問的研究では見逃されそうなものからでも、様々な有益な情報が読み取れます。それなのに、方言グッズの一つが今退場したのは淋しいことです。
なお、駅弁については、全国にマニアがいて、インターネットでも様々な情報が得られます。松山駅にも方言を載せた駅弁があります。また郡山駅で手に入らなかった「ずうずう弁」の写真が、下記の製造元のホームページに載っています。
⇒福豆屋の駅弁紹介ページ(http://www.fukumameya.co.jp/ekiben.html)へ
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【筆者プロフィール】
言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

井上史雄(いのうえ・ふみお)
明海大学外国語学部教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)、『日本語は年速一キロで動く』(講談社現代新書)、『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語ウォッチング』(岩波新書)、『その敬語では恥をかく!』(PHP新書)、『言語楽さんぽ』『社会方言学論考―新方言の基盤』(ともに明治書院)、監修に『方言と地図』(フレーベル館、最新刊)などがある。
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【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。
この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。
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![『新明解国語辞典 第七版[机上版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の机上版。判型は並判より大きいA5判で、さらに文字が大きく見やすい。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[机上版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kijo.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[小型版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の小型版。並判より一回り小さいA6変型判で、携帯にも便利。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[小型版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kogata.jpg)
![『新明解国語辞典 第七版[革装版]』7年ぶりに改訂『新明解国語辞典』の革装版。丈夫で使うほどに手になじむ。判型は並版・特装版と同じB6判。2色刷。紙面内容は並版と同一。 『新明解国語辞典 第七版[革装版]』](http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp-images/smk_kawaso.jpg)













































































































































2007年









