2009年 8月 5日 のアーカイブ

『三省堂国語辞典』のすすめ その79

2009年 8月 5日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「たられば」禁止、前を向いて。

魚のタラの写真
【タラは北海道】

 和歌でも歌謡曲でも、「もしも……だったら、……だろうに」と、過ぎたことを後悔するものが多くあります。このような考え方を、俗に「たられば」と言います。

 NHKの朝ドラを見ていたら、くよくよする姉を、妹が叱っていました。

 〈あかん。過去に戻ったらあかん。「たられば」は禁止や。〉(NHK「連続テレビ小説・だんだん」2009.2.6 8:15)

 この「たられば」は、『三省堂国語辞典 第六版』の新規項目であり、また、同じ時期に出た分厚い国語辞典にも収録されたことばです。わりあい最近の言い方と考えられますが、いったい、いつごろから使われ始めたものでしょうか。

肉のレバーの写真
【レバーは肉屋】

 新聞記事では、1980年代にはまだ用例が出てきません。むしろ「ればたら」の例が2例だけありました。90年代に入ると、「たられば」も「ればたら」も使われるようになりますが、とりわけ「たられば」が多く、現在でも圧倒的に優勢です(表記は、ひらがな・カタカナなど一定しません)。この傾向は、インターネットの文章でも同じです。

 これだけを見ると、90年代ごろに広まったことばという感じを受けます。でも、実際にはもっと早くから使われていた可能性があります。

 田辺聖子さんの小説『風をください』(1982年)には、ハイミスのOLが「……たら」「……なければ」と後悔するのに対し、年下の恋人が〈タラは北海道〉〈レバーは肉屋〉と言い返す場面があります(集英社文庫 p.185-186)。「タラは北海道」は、この作品の正編に当たる『愛してよろしいですか?』(1979年)にも出てきます。

田辺聖子作品
【田辺聖子さんの小説にも】

 インターネットで探すと、この一種のだじゃれは、「『たら』は魚屋、『れば』は肉屋」などの形でも使われています。田辺さんが周囲の人のことばを小説に取り入れたのか、それとも、田辺さんの小説からこの言い方が広まったのかは分かりません。いずれにせよ、70年代の終わりには「たられば」の先祖にあたる言い方があったことになります。

 田辺さんが大阪の作家だからというわけではありませんが、このことばは関西で広まったのではないかと思われるふしもあります。関東では「行かなければよかった」と言いますが、関西では「行けへんかったらよかった」と「たら」をよく使います。「ればたら」でなく「たられば」が多数派なのは、関西のことばだからではないかと思います。

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◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

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