2009年 8月 のアーカイブ

明解PISA大事典:発問 読解問題のつくりかた

2009年 8月 21日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第15回 発問:問題をつくろう(初歩の初歩)

 PISAの読解力で出されているような問題をつくるのは難しいとされている。

 そもそも現実にどのような問題が出されているのか、あまりにも情報が少なすぎて見当もつかないという“問題”があるのだが、そのことについて論じることは差し控えよう。これまでにも論じてきたように、PISAの読解力の問題が「欧米型の読解問題」であることは間違いない。「欧米型の読解問題」が「日本型の読解問題」とは大きく異なるために、“PISAの読解力で出されているような問題をつくるのは難しい”とされているのだろう。

 今回は「欧米型の読解問題」のつくりかたについて初歩的なところを紹介することにしたい。「欧米型の読解問題」のつくりかたが分かれば、「PISAの読解力で出されているような問題」をつくることも可能になるはずだ。

 ここで紹介する方法は、フィンランドの教材作法プログラムに基づくものである。“教材作法プログラム”などというとカッコいい感じがするが、ここで紹介する方法はフィンランドの小学校3年生がやっているものでもある。フィンランドの国語教育(正確には『母語と文学教育』という)では、子どもたちに問題をつくらせるのだ。

「なぜ?」の発問をつくろう

 テキストは何でも構わないのだが、フィンランドの流儀では物語文を使う。物語文であれば、読解に特段の専門的な知識や経験を必要としないからである。ここでは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を用いることにしよう。

 テキストを用意したら、その登場人物にまつわる「なぜ?」の発問をつくる。いや、登場人物にこだわることはない。物語の中のことであれば、何でも構わないから「なぜ?」の発問をつくる。できるだけたくさんつくる。物語の冒頭から末尾にいたるまで、徹底的に「なぜ?」の発問で埋めつくすのである。

「なぜ御釈迦様はひとりでぶらぶらお歩きになっていたのですか?」
「なぜ御釈迦様は蓮池の下のようすを御覧になったのですか?」

 このように無意味と思われる発問でも構わない。答えようのない発問でも構わない。とにかくたくさんつくるのである。思いつくままにつくるのである。そのうちに意味のありそうな発問も出てくることだろう。

「なぜ御釈迦様はカンダタだけを救うことにしたのですか?」
「なぜカンダタは蜘蛛を助けたのですか?」
「なぜお釈迦様は蜘蛛を助けた程度のことでカンダタを救おうなどと考えたのですか?」
「なぜ御釈迦様はもっと確実な手段でカンダタを助けようとしなかったのですか?」
「なぜ蜘蛛の糸は切れたのですか?」
「なぜ極楽の蓮は少しもそんなことには頓着しないのですか?」

 「なぜ?」の発問は、PISAでは「解釈」に分類される。ただ、「解釈」といっても、この場合は深く考えないほうがよい。「主題」などといったことにはとらわれず、とにかく「なぜ?」を発することが重要である。そうすることによって「物語の意外なところが重要であったことが分かる」可能性があるからだ。また、発問が発問の連想を生み、とてもおもしろい発問へと成長していく可能性もある。実際にやってみると、けっこう楽しいものだ。

 小学生に発問づくりをさせる場合、フィンランドでは宿題にすることが多い。この場合も“できるだけたくさん「なぜ?」の発問を考えさせる”のであるが、「たくさん考えた発問の中から三つを選んで、その答えも考えましょう。学校に来たら、友だちに問題を出してみましょう」という課題にすることが多い。子ども同士でお互いに問題を出し合う。簡単な問題ではつまらないが、解答不能な問題や、解答に納得できないような問題でも困る。子どもたち同士のことであるから困るだけではなく、それなりの悶着も起きる。そういった悶着から、子どもたちは問題づくりの妙を学んでいくのである。

* * *

◆この連載を最新記事からお読みになる方は⇒「明解PISA大事典」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「明解PISA大事典」目次へ

【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

* * *

【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。

切り上げ表現

2009年 8月 20日 木曜日 筆者: 内田 聖二

『英語談話表現辞典』覚え書き(3)

前回は本辞典の記述のなかから「文頭・文中・文尾」に注目して具体的な見出し語を例にとり、最近出ました、G(2007年第4版)、W(2007年第2版)、O(2008年発行)の3つの辞書の記述と比較しながら解説しました。今回は談話の構造のなかで、「話の終了を合図する」表現について述べてみたいと思います。

日本語では「それでは」やくだけた言い方で「じゃあ、ということで」などに相当する、話をこれで終了する旨を知らせる前置き表現があります。英語ではなかなか口に出てきにくい言い方ですが、以下、OKとwell、anywayを中心にみていきます。

本辞典のOkay [OK]の語義6に“OK, see you tomorrow at school, then.” “Yeah.” の例文とともに、「〈電話などの別れ際に〉じゃあね」という記述があります。友達同士などで、電話に限らず話をこれでやめるという意思を表示する表現です。Wには、例文はありませんが、語義6に「電話などで話を終わりにする前に用いる」という記述があります。Oにはこの語義は見当たりませんが、Communicative Expressionsを含め、OKにはかなりのスペースを割いています。Gはどういうわけか用例がなく、語義分けもありません。なお、談話の区切りという点では話題をかえることにつながり、その情報はOでは語義1「別の話題や行動を始めるとき」、Wの語義1後半「発言に続ける前に言う言葉」、本辞典の語義5の後半「話題をかえて*」にみられます。ただ、前者の使用法では話を終了するという点に違いがあることに注意しましょう。

使用頻度の高いwellにも話の切り上げと話題変更のふたつの用法がみられます。話題変更についてはどの辞書にもみられますが、話の切り上げについてはW(語義6「会話や活動の終了を示す」)とO(語義1「話の出だし・継続・変更・終了」、例文なし)に記述されています。本辞典では、話題の転換については語義5、切り上げ用法については語義4に峻別し、後者の用法では、〈中心となる話が終わったことを合図して〉という語用論情報のもとで、次のような用例を使って説明しています。

《会議の席で》 I’m sure this project will be completed by this weekend. Well, I see it’s just about time for lunch. このプロジェクトは週末には完結すると思う。それでは、そろそろ昼食にしましょう。

OKやwellのほかに、anywayにも切り上げ用法がよくみられます。Gにはこの用法の語義がみあたりませんが、W(語義2のc「会話を終えようとする際に」)とO(語義5「その場を立ち去りたいとき、または会話を終わらせたいときに」)には記述があります。本辞典では、〈会話を終えようとして〉という説明のあとに次のふたつの例文を添えています。

Anyway I’ll give you a ring tonight. じゃ、とにかく今晩電話するよ/ I’d like to go anyway, if it’s all right with you. よろしければ、私はこれで失礼させていいただきたいのですが。

自分のほうから話を切り上げるのはなかなか難しいことですが、このような簡単な語句を知っておくと、少しは言い出しやすくなると思います。

*辞書本文では「議題をかえて」とありますが、「話題をかえて」の誤り。


【筆者プロフィール】
内田聖二(うちだ・せいじ)
奈良女子大学教授
専門は英語学、言語学(語用論)
主な業績:『英語基本動詞辞典』(1980年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基本形容詞・副詞辞典』(1989年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『英語基礎語彙の文法』(1993年)英宝社(衣笠忠司、赤野一郎と共編著)
『関連性理論-伝達と認知-』(初版1993年、第2版1999年)研究社(共訳)
『小学館ランダムハウス英和大辞典』(第2版1994年)小学館(小西友七・安井稔・國廣哲弥・堀内克明編、分担執筆) 
Relevance Theory: Applications and Implications, 1998, John Benjamins.(Robyn Carstonと共編著)
『英語基本名詞辞典』(2001年)研究社(小西友七編、分担執筆及び校閲)
『ユースプログレッシブ英和辞典』(2004年)小学館(八木克正編集主幹、編集委員)
『新英語学概論』(2006年)英宝社(八木克正編、共著)
『思考と発話』(2007年)研究社(共訳)
『子どもとことばの出会い』(2008年)研究社(監訳)


【編集部から】
語用論的な情報をふんだんに盛り込んだ、日本発の本格的な発信型会話・談話表現辞典、『英語談話表現辞典』について、編者の内田聖二先生にご紹介いただきます。
書籍購入者は、http://dce.dual-d.netにて本辞典の全データを収録したウェブ版辞典を無料で使用できます。

漢字の現在:漢字が引き起こす語の意味の変化

2009年 8月 20日 木曜日 筆者: 笹原 宏之

漢字の現在 第45回 漢字が引き起こす語の意味の変化―「性癖」


『大辞林 第三版』ウェブ版より】

 「性癖」の意味や用法が変わってきた、と活字を見たり、話を聞いたりする中で感じてきた。元より、この語は、「性善説」という場合の「性」と同様に、人の本性を意味する「性」を含んでいて、性質や癖といった意味であった。しかし、近ごろ、別の意味での「性」にかかわる、人と変わった趣味を指す人が増えてきているようだ。

 性的な嗜好という意味にじわじわと特化されつつあるのは、「癖」という字の醸し出すイメージもかかわっているのであろうが、この「性」という漢字が「性格」よりも、「男性」「女性」「性欲」「性的嗜好」などの意味として多くとらえられるようになってきたことと関係するのであろう。ちなみに、韓国語で、性格といった意味をもつ「性味」(ソンミ)という語について、日本人学生に意味を推測してもらうと、その字面から、とてもここでは記せないような解釈が次々と飛び出す。

 つまり漢字は、表意性を強く帯びている文字であるため、それが多義を備えている場合に、その一つの字義が影響して、語全体のもつ意味を変化させる現象が存在することになる。こういうケースは、実はそれほど稀ではないため、漢字圏においては、音声・音韻だけを対象として言語というものの全体を考えようとすると、十分な成果が得られないことがある。

 韓国は、戦後、漢字を国を挙げて排斥してきた。その結果、漢字語(漢語)であっても漢字で書かれることはほとんどなくなり、ハングル表記が普通とされている。耳で聞いて分からない語をハングルで表記すれば、やはり語種、語源や語構成が明確ではなくなり、ついには固有語にとって替わられるという事態が生じている。

 その結果、日本の「性癖」とは対照的な、しかし共通点をもつ現象が起こっている。次回は、それについて述べてみよう。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「漢字の現在」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「漢字の現在」目次へ

【筆者プロフィール】

『国字の位相と展開』笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
 早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。博士(文学)。日本のことばと文字について、様々な方面から調査・考察を行う。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業、同大学院文学研究科を修了し、文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。経済産業省の「JIS漢字」、法務省の「人名用漢字」、文部科学省の「常用漢字」などの制定・改正に携わる。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『国字の位相と展開』(三省堂)『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。2007年度 金田一京助博士記念賞を受賞

* * *

【編集部から】
漢字、特に国字についての体系的な研究をおこなっている笹原宏之先生から、身のまわりの「漢字」をめぐるあんなことやこんなことを「漢字の現在」と題してご紹介いただいております。前回は「幻の「数字」」でした。

この連載への質問、また「ここでこんな字が使われていた」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「漢字の現在」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

『三省堂国語辞典』のすすめ その81

2009年 8月 19日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

「こちらメニューになります」と言うわけは?

まんがのひとこま
【内田春菊『ヘンなくだもの』】
(角川文庫版 p.105)

 内田春菊さんの初期のまんが『ヘンなくだもの』(1986年)に、ファミリーレストランの場面が出てきます。〈こちらメニューになります〉と言う店員に対して、若い女性客が〈メニューになるんですか〉〈じゃ いまは ただの紙なんですね〉と言い返すと、店員はあっけにとられます(角川文庫版 p.105)。「こちら~になります」という接客表現が活字で紹介された例としては、かなり早いものといえるでしょう。

 「こちら~になります」という言い方は、このまんがにあるように違和感を覚える人が多く、ことばに関する本でもよくやり玉に挙げられます。もっとも、批判はたやすいけれども、この言い方がなぜ成立したかを説明するのは、そう簡単ではありません。

ファミレスのメニュー
【いつメニューになるの?】

 ある本では、「なる」には2つの意味があると説明しています。1つは「もの自体が変化する」こと、もう1つは「手順に添って詰めていくと、こう考えざるをえない」ということです。店員さんの言い方は後者で、「ご期待に添うかどうかわかりませんが、これはメニューということになるのです」と謙虚に言っているのだ、という説明です。

 この言い方が謙虚さを示しているのはたしかです。でも、この説明のとおりなら、「こちら、メニューということになります」と言ってもよさそうですが、店員さんはそうは言いません。ここがこの説の難点です。もっとすっきりと説明できないでしょうか。

中野駅通路
【こちらが総武線になります】

 「こちら~になります」という言い方がだれにも違和感なく使われるのは、「相当する」の意味を表す場合です。たとえば、「南口改札から入ったとき、こちらが総武線、向こうが中央線になります」というのがこれです。多くは、場所を示すのに使われます。

 ファミリーレストランの「こちら~になります」もこれと同じで、品物や料理を場所扱いして、「こちらメニューになります」「こちらコーヒーになります」と言っているのです。「こちら」という、本来は場所を表すことばと共に使っていることも、この説の裏づけとなります。場所を表すことばは、「~のほう(方)」など、婉曲表現によく使われます。

 『三省堂国語辞典 第六版』の「成る」の項目に、「相当する」の意味があります。ここに「こちらコーヒーになります」の例文を入れる案がありました。でも、「読者にわかりにくい」という意見があったため、今回は見合わせました。もし、上記の説に読者の納得が得られるならば、次回の改訂で説明を加えたいと思いますが、いかがでしょうか。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて(10)

2009年 8月 18日 火曜日 筆者: 赤間 恵都子

(10) 初宮仕え~季節は春か冬か~

 前回前々回で見たように、初めて宮廷に出仕してから数日間の清少納言の緊張は大変なものでしたが、しばらくすると次第に慣れていきました。初宮仕えの頃を記した章段の後半に、次のようなエピソードが載っています。

 物など仰せられて、「われをば思ふや」と問はせたまふ。御いらへに、「いかがは」と啓するに合はせて、台盤所の方に、鼻をいと高うひたれば、「あな心憂、そら言を言ふなりけり。よしよし」とて、奥へ入らせたまひぬ。

(中宮様が何かお話をされたついでに、「私を大切に思うか」とお聞きになる。お返事として、「どうして思わないことがございましょう」と、申し上げる言葉と同時に、台所の方で誰かが高い音をたててクシャミをしたので、中宮様は「まあ、いやだ、お前は嘘を言ったのね。まあいいわ」とおっしゃって、奥へお入りになってしまった。)

 「われをば思ふや」と清少納言に問いかける定子の自信に満ちた誇らしげな態度はどうでしょう。今を時めく唯一の中宮という立場に何の陰りもありません。こんな風に正面切って問われた女房は何と答えたらよいのでしょうか。このときの清少納言のように、言葉少なに強調表現で答えるしかないでしょう。

 ところが、その時、事件が起こります。清少納言が言葉を発するのと同時に台所の方で誰かが大きなクシャミをしたのです。そこで、清少納言の返事は嘘だったのかと定子は決めつけていますが、心の中では、「こんな風に言ったら、どんな反応するかしら」と面白がっていたに違いありません。とても茶目っ気のある中宮様なのです。

 当時、クシャミは縁起の悪いものとされ、人前ではなるべくしないように慎んでいたようです。現代でも風邪のひき始めなどに出ることから考えると、クシャミは体調を崩す前兆と見られていたからかもしれません。ちなみに本来は『枕草子』本文のように、「鼻(を)ひる」という言葉だったのですが、クシャミをした時に「休息万病(くそくまんびょう)」と唱えた呪文がクシャミという言葉に変化したと言われています。

 さて、清少納言はすっかり気持ちが落ち込んでしまいました。どうして、よりによって、あんなタイミングでクシャミなんかしてくれたことだろうと、クシャミの主が憎らしく、悔しくて仕方ありません。でもまだ新参者の初々しい頃だったので、何の言葉も返すことができないままに夜が明け、自分の部屋に帰りました。その直後、定子から清少納言に和歌が届けられます。

 いかにしていかに知らましいつはりを空にただすの神なかりせば 

(いったいどうやって(お前の言葉が本当かどうか)知りましょうか。もしも天に嘘をただす、糺すの神がいなかったとしたら、決して知ることはできなかったでしょう。)

 これにはどうしても答えねば、と清少納言も返歌をしました。定子は、まだ宮仕えに十分に慣れていない清少納言に、何とか答えさせようと思っていたのかもしれません。

 さて、二人のこの贈答歌が清少納言の初宮仕えの時期を春と考える説の根拠になっています。定子から送られた手紙が浅緑色であり、清少納言の返歌に花が詠まれているからです。それはこの章段の始まり(前々回)に、季節は冬ではないかと推定したことと合いませんね。実は初宮仕えの時期については冬か春かで意見が分かれているのです。

 今回の最後の逸話は早春のことと見ていいと思います。しかし、定子と初めて出会ったころの記事は冬でいいのではないかと思います。つまり、初宮仕えを扱った一つの章段に、冬から春にかけての数か月間の出来事が記されていると見れば、季節の矛盾はなくなると私は考えています。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は
「『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は
「『枕草子日記的章段の研究』発刊に寄せて」目次へ

【著者プロフィール】

赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学短期大学部文学科国語国文専攻教授。博士(文学)。
専攻は、『枕草子』を中心とした平安時代の女流文学。研究テーマは、女流作家が輩出した西暦1000年前後の文学作品の主題や歴史的背景をとらえること。
【主要論文】
「枕草子研究の動向と展望―年時考証研究の視座から―」(『十文字学園女子短期大学研究紀要』2003年12月)、「『枕草子』の官職呼称をめぐって」(『枕草子の新研究―作品の世界を考える』新典社 2006年 所収)、「枕草子「二月つごもりごろに」の段年時考」(『百舌鳥国文』2007年3月)など。

* * *

【編集部から】

このたび刊行いたしました『枕草子日記的章段の研究』は、『枕草子』の「日記的章段」に着目して、史実と対照させ丁寧に分析、そこから清少納言の主体的な執筆意志をとらえるとともに、成立時期を新たに提案した『枕草子』研究者必読の一冊です。著者の赤間恵都子先生に執筆にいたる経緯や、背景となった一条天皇の時代などについて連載していただきます。(隔週掲載)

日本語社会 のぞきキャラくり 第52回 『上』から『下』へ?(後)

2009年 8月 16日 日曜日 筆者: 定延 利之

『上』から『下』へ?(後)

 横浜からシアトルへ向かう船「絵島丸」。そこで田川夫人は『上位者』として、早月葉子は『下位者』として出会いを済ませた。だが、長い船上生活を送るうち、いまそこにある葉子の圧倒的な美しさが、外界とつながらなければ意味のない身分や学歴などに代わって徐々に人々をとらえ、葉子の地位を押し上げてきた。前回紹介したのは、有島武郎の『或る女』の、ここまでの部分である。

 さて、これと重ねるようにして有島武郎が描いているのは、こうした葉子の『下』から『上』への地位上昇が、もとから『上位者』であった田川夫人にとって、いかにつらいことかということである。

 帰国後、葉子の生活は或る新聞報道によって大きく狂ってくる。それは田川夫人の差し金であり、つまり帰国した田川夫人は葉子を滅ぼそうとする明らかな敵となっている。田川夫人にそこまで葉子を憎ませた、すべての原因はこの船上での地位変化にある。

絵島丸が横浜の桟橋(さんばし)に繋(つな)がれている間から、人々の注意の中心となっていた田川夫人を、海気にあって息気(いき)をふき返した人魚のような葉子の傍において見ると、身分、閲歴、学殖、年齢などといういかめしい資格が、却て夫人を固い古ぼけた輪廓(りんかく)にはめこんで見せる結果になって、唯神体のない空虚な宮殿のような空いかめしい興なさを感じさせるばかりだった。女の本能の鋭さから田川夫人はすぐそれを感付いたらしかった。夫人の耳許に響いて来るのは葉子の噂(うわさ)ばかりで、夫人自身の評判は見る見る薄れて行った。ともすると田川博士までが、夫人の存在を忘れたような振舞をする、そう夫人を思わせる事があるらしかった。食堂の卓を挟(はさ)んで向い合う夫妻が他人同志のような顔をして互々(たがいたがい)に窃見(ぬすみみ)をするのを葉子がすばやく見て取った事などもあった。と云って今まで自分の子供でもあしらうように振舞っていた葉子に対して、今更ら夫人は改った態度も取りかねていた。よくも仮面を被(かぶ)って人を陥れたという女らしいひねくれた妬(ねた)みひがみが明らかに夫人の表情に読まれ出した。然(しか)し実際の処置としては、口惜しくても虫を殺して、自分を葉子まで引き下げるか、葉子を自分まで引き上げるより仕方がなかった。夫人の葉子に対する仕打ちは戸板を返えすように違って来た。葉子は知らん顔をして夫人のするがままに任せていた。葉子は固(もと)より夫人の慌てたこの処置が夫人には致命的な不利益であり、自分には都合のいい仕合わせであるのを知っていたからだ。案の定田川夫人のこの譲歩は、夫人に何等かの同情なり尊敬なりが加えられる結果とならなかったばかりでなく、その勢力はますます下り坂になって、葉子は何時(いつ)の間にか田川夫人と対等で物を云い合っても少しも不思議とは思わせない程の高みに自分を持上げてしまっていた。落目になった夫人は年甲斐(としがい)もなくしどろもどろになっていた。恐ろしいほどやさしく親切に葉子をあしらうかと思えば、皮肉らしく馬鹿叮嚀(ていねい)に物を云いかけたり、或(あるい)は突然路傍の人に対するようなよそよそしさを装って見せたりした。死にかけた蛇(へび)ののたうち廻るを見やる蛇使いのように、葉子は冷やかにあざ笑いながら、夫人の心の葛藤(かっとう)を見やっていた。

[有島武郎『或る女』1911-1913.]
編集部注:本文中の傍点は省いた。

 どうです? 心がスゥ~って、冷えたでしょ。女の人って、こわいですね~! 

 ところで、田川夫人が「今更ら改った態度も取りかねていた」って、どうして? 状況が変わって葉子の地位が上がってきたなら、それに応じて応対を変えればいいはずなのに、それができなくて困ってしまったのはなぜ?

 答はキャラクタですよね。田川夫人がこれまで『上』として葉子に応対してきたというのが、スタイルではなくキャラクタの問題だからこそ、夫人はそうかんたんには『上』キャラを引っ込められないんですよね。

 えっ、大相撲の横綱はなぜ降格がなくて、休場か引退しかできないのかって? 

 横綱って、力士の中で究極の『上』ですよね。もう弱くなったからといって小結とかに気を遣ってヘコヘコしちゃうキャラクタ変化なんて、みっともなくて、みんな見たくないんじゃないですか?

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」目次へ

◇この連載の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

* * *

【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

地域語の経済と社会 第61回

2009年 8月 15日 土曜日 筆者: 田中 宣廣

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第61回「みちのくの夏」

(画像はクリックで拡大します)
「馬こ」(上)と「さんさ」(下) 盛岡弁うちわ
左:【写真1】「馬こ」(上)と「さんさ」(下)
右:【写真2】盛岡弁うちわ
宮古駅の「氷柱」 宮古弁大漁旗
左:【写真3】宮古駅の「氷柱」
右:【写真4】宮古弁大漁旗

 歓迎の方言メッセージには,季節ごとのバージョンもあります。第41回の岩手県JR盛岡駅の「よぐおでんした」は,ちゃぐちゃぐ馬こ(6月),さんさ踊り(8月)でディスプレーを変えます【写真1】。

 そのなかで今回は,夏だけに出す方言メッセージを紹介します。

 盛岡駅では,駅ビル「フェザン」2階入り口のうちわ【写真2】です。メッセージは「よぐおでんした」で,朝顔そして風鈴とともに出され,夏らしさを演出しています。

 もう一つは,岩手県JR宮古駅待合室の,夏の名物,夏の花(日替わり)入り「氷柱」【写真3】です。下の方に「みやこにようおでんした」(宮古によくいらっしゃいました)と方言メッセージがあります。

 なお,JR宮古駅には,一年中出されていますが,見る人には「海」→「夏」を思わせる歓迎メッセージがあります。大漁旗【写真4】です。もちろん,このメッセージのために特別に作ったものです。駅の各所に掲げられ,デザインやメッセージは皆異なり,見る人を飽きさせません。

 皆さんのお住まいの地方にも,季節ごとのメッセージがありましたら,どうぞ,私たちに教えてください。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」目次へ

【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』田中宣廣(たなか・のぶひろ)
 岩手県立大学 宮古短期大学部 准教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,諸方言の形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

『三省堂国語辞典』のすすめ その80

2009年 8月 12日 水曜日 筆者: 飯間 浩明

キミのキャリーバッグ、車ついてる?

【『鞄スタイル』第1号より】(2006.12)
【『鞄スタイル』第1号より】
(2006.12)

 街で「キャリーバッグ」と称するものを引きずって歩く人を多く見かけるようになりました。『三省堂国語辞典 第六版』では、類書に先がけて新規項目に採用しています。

 〈旅行などに持っていく大形のバッグ。車がついて、ひきずって歩けるものも ふくむ。〉

 もっとも、この語釈を読んで、「なんだか遠慮がちな書き方だ」と思う人もいるかもしれません。「〈……ものも ふくむ〉とあるが、ごろごろ引きずって歩くのが、むしろふつうではないか?」という指摘がありそうです。

 原稿では、当初〈……ものが多い〉としていました。でも、考えた末に直したのです。

 今でこそ、Google で「キャリーバッグ」を画像検索すると、引きずるバッグの写真ばかり出てきます。でも、少し前までは違いました。2007年の初めに検索したところでは、「『車・取っ手つき』のものは、ある程度あった」(当時のメモより)ものの、ほかにもさまざまな種類のバッグが出てきました。新聞記事にも、〈ハンドルを引いて、ごろごろ転がして使う〉と説明するものがありましたが、別のバッグを指す用例もありました。

【『鞄スタイル』第2号より】(2007.7)
【『鞄スタイル』第2号より】
(2007.7)

 そもそも、「キャリー」は「持ち運ぶ」ということですから、キャリーバッグの形態はいろいろありえます。英語版 Google で「carry bag」の画像を検索すると、肩掛けかばんなど、多種多様なものが出てきます。新幹線車内の電光掲示板では、日本語の(引きずる)「キャリーバッグ」は、英語では「rolling luggage」となっています。

 かばんに関する専門のムック『鞄スタイル』の第1号(2006.12)を見ると、引きずるバッグは「トローリーケース」と称しています。ほかにも「キャスター付きラゲージ」「キャリーケース」などともあり、一定しません。かえって、肩掛けかばんの呼び名のひとつに「キャリーバッグ」が使われています。

【これもキャリーバッグだった(『朝日新聞』夕刊 2001.6.7)】
【これもキャリーバッグだった】
(『朝日新聞』夕刊 2001.6.7)

 ところが、約半年後の『鞄スタイル』第2号(2007.7)では、「キャリーバッグ大集合!」という特集が組まれ、載っている写真のほとんどは引きずるバッグです。このムックでは、この号を境に「キャリーバッグ」の定義が変わったものと見えます。

 『三国 第六版』の記述は、原稿執筆当時の微妙な状況を踏まえたものです。とはいえ、その後は、ごろごろ引きずるバッグを「キャリーバッグ」と言うことがかなり一般化しました。今から考えると、もう少し断定的に書いておいてもよかったところです。

* * *

◆連載を続けてお読みになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」アーカイブ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「『三省堂国語辞典』のすすめ」目次へ

◆新連載「国語辞典入門」は⇒「国語辞典入門」アーカイブ

◆新連載「国語辞典入門」をタイトルからお探しになる方は⇒「国語辞典入門」目次へ

◆飯間先生の記事はここにも⇒「三省堂WebDictionary」ことばパティオ第8回「「串刺し」に堪える語釈でなければならない」

筆者プロフィール

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】飯間浩明(いいま・ひろあき)
 早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。
 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。
URL:ことばをめぐるひとりごと(http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

* * *

【編集部から】
生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され、「【サンコク】メディアでの紹介」の記事にある通り、各方面で取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。

日本語社会 のぞきキャラくり 第51回 『上』から『下』へ?(前)

2009年 8月 9日 日曜日 筆者: 定延 利之

『上』から『下』へ?(前)

 今から百年ほど前のこと、横浜からシアトルへ向かう船「絵島丸」に乗り込んだ早月葉子は、有名な田川博士とその夫人に船上で出会う。高飛車な田川夫人に、葉子は自ら進んで『下位者』として応対し、田川夫人を『上位者』として扱う。これは有島武郎『或る女』の一場面である。(あっ、今回と次回は引用が少々長いですけど、ぜひお付き合いください。次回、ひんやりした納涼気分をお約束しますから。)

事務長が帽子を取って挨拶しようとしている間に、洋装の田川夫人は葉子を目指して、スカーツの絹ずれの音を立てながらつかつかと寄って来て眼鏡の奥から小さく光る眼でじろりと見やりながら、

 「五十川さんが噂(うわさ)していらしった方はあなたね。何んとか仰有(おっしゃ)いましたねお名は」

 と云った。この「何んとか仰有いましたね」という言葉が、名もないものを憐(あわれ)んで見てやるという腹を十分に見せていた。今まで事務長の前で、珍しく受身になっていた葉子は、この言葉を聞くと強い衝動を受けたようになって我れに返った。どう云う態度で返事をしてやろうかという事が、一番に頭の中で二十日鼠(はつかねずみ)のように烈しく動いたが、葉子はすぐ腹を決めてひどく下手(したで)に尋常に出た。「あ」と驚いたような言葉を投げておいて、叮嚀(ていねい)に低くつむりを下げながら、

 「こんな所まで……恐れ入ります。私早月葉(よう)と申しますが、旅には不慣れでおりますのに独旅で御座いますから……」

 と云って、眸を稲妻のように田川に移して、

 「御迷惑では御座いましょうが何分宜(よろ)しく願います」

 と又つむりを下げた。

[有島武郎『或る女』1911-1913.]
編集部注:本文中の傍点は省いた。

 田川夫人も『上位者』としての応対が板についている人で、葉子と田川夫人の関係は『下位者』と『上位者』という形で安定したかに見えるのであった。

一座の人々も、日本人と云わず外国人と云わず、葉子に集めていた眸を田川夫妻の方に向けた。「失礼」と云ってひかえた博士に夫人は一寸頭を下げておいて、皆んなに聞える程はっきり澄んだ声で、

  「とんと食堂にお出(い)でがなかったので、お案じ申しましたの。船にはお困りですか」と云った。さすがに世慣れて才走ったその言葉は、人の上に立ちつけた重みを見せた。葉子はにこやかに黙ってうなずきながら、位を一段落として会釈(えしゃく)するのをそう不快には思わぬ位だった。

[有島武郎『或る女』1911-1913.]

 ところが、そうではなかったのである。

 外界とは切り離された、何十日にもわたる長い船上生活の中で、外界とつながらなければ意味のない身分や学歴などに代わって、新しい秩序が頭をもたげてきたのである。いまそこにある葉子の圧倒的な美しさが、徐々に人々をとらえ、葉子の地位を押し上げてきたのである。(つづく)

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「日本語社会 のぞきキャラくり」目次へ

◇この連載の中国語版と英語版
  中国語版⇒角色大世界――日本
  英語版⇒An Unofficial Guide for Japanese Characters

【筆者プロフィール】

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)定延利之(さだのぶ・としゆき)
神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL:http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

* * *

【編集部から】
「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。

近刊案内(2009年8月)

2009年 8月 9日 日曜日 筆者: 辞書ウェブ 編集部
三省堂の辞書・事典、2009年8月に出版が予定されているものは…

三省堂ポケット難読語辞典

三省堂編修所 編
A6変型判 416ページ ¥945 ISBN 978-4-385-13875-6

日常生活でよく目にする難読語を約1万語収録。植物・動物・歴史・芸術・生活・四字熟語など、難読語を分野別に掲げる。読み進めていくうちに、漢字表記の面白さや日本語の味わいを自然に体得することができるように工夫。読み方がわからない言葉でも引くことができるように、巻末に画数順の漢字索引を付けた。
『三省堂ポケット難読語辞典』のページへ

都道府県別 全国方言辞典 CD付き

佐藤亮一 編
B6判 480ページ ¥2,730 ISBN 978-4-385-13730-8

日常生活で広く使われている代表的な方言を各県の方言研究者が選定し、都道府県別に例文をつけて紹介。充実したコラムと、大きな活字で見やすい紙面。約3,800項目を収録。例文を各県の話者が朗読しCDにした。巻末には五十音順索引と付録として分野別方言(動物・植物・生活など)。各県を代表する執筆陣によるハンディ版全国方言辞典の決定版。

『都道府県別 全国方言辞典 CD付き』のページへ

大学生のための 日本語表現トレーニング 実践編

福嶋健伸・橋本 修・安部朋世 編著
A5判 96ページ(テキスト)+ A4判 80ページ(トレーニングシート) ¥1,995 ISBN 978-4-385-36326-4

待望の「日本語表現トレーニング」第2弾! 「テキスト」と「トレーニングシート」の2分冊スタイルにより、楽しみながら日本語表現の実践力をアップ! 実際に役立つ「30の表現法」と、【課題】を考える手順を示す「ナビゲーター」、大切なことが具体的に分かる「ポイントアドバイス」。社会人になっても通用する日本語表現能力を無理なく身に付けるのに最適。
『大学生のための 日本語表現トレーニング 実践編』のページへ

すぐに役立つ スピーチ活用ブック

三省堂編修所 編
B6判 336ページ ¥1,470 ISBN 978-4-385-15828-0

“すぐに役立つ”シリーズ、待望の第3弾! いざという時に、すぐに役立つスピーチ約150例を掲載。【場面別】スピーチ例集として、結婚式関連、お祝い、弔辞・追悼、行事関連、ビジネス関連ほか。【場面別】表現集として、ことわざ・慣用句・四字熟語集、名言・名句集、類語・類句集ほか。「50音主要索引」付き。
『すぐに役立つ スピーチ活用ブック』のページへ

フランスAOCワイン事典

小阪田嘉昭 監修、佐藤秀良・須藤海芳子・河 清美 編
AB判 416ページ ¥5,250 ISBN 978-4-385-16220-1

原産地を名乗れる400種あまりのフランスAOCワインのほとんどを網羅した待望の事典。産地の歴史・文化や、ワインの特徴、テロワールについて詳細に解説。ブドウ品種などデータも充実。付録には、産地地図、用語集、地質年代表など。アルファベット順索引、五十音順索引つき。ボトル画像つき。4色刷。
『フランスAOCワイン事典』のページへ

地域語の経済と社会 第60回

2009年 8月 8日 土曜日 筆者: 大橋 敦夫

地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―
第60回「共通語に訳しにくい方言でコマーシャル」

JR小海線「ごしたいは、こわい?」の中吊り広告
【ごしたいは、こわい?】(JR小海線)
JR日光線「こわいは、えらい?」の中吊り広告
【こわいは、えらい?】(JR日光線)
(クリックで拡大。全4種が見られます)

 1970年代、ドリンク剤のテレビコマーシャルで用いられたキーワード「ちかれたびー」。ヒットCMともなったこのコマーシャルは、今日の方言をたのしむ気運のさきがけとも評価できるでしょう。ヒットの背景には、共通語にしてしまうと、抜け落ちてしまう微妙なニュアンスがあることをわかりやすく表現し、そこに方言に対する共感が集まったこともあると思われます。

 先日、地元のJR小海線に乗っていたところ、車内広告に「ちかれたびー」の系譜につらなる例を見つけました。

 「ごしたいは、こわい?」をキャッチコピーとして、地元の方ならわかる「ごしたい[=疲れた]」をもとに、他地域の類義の方言「こわい」をかけて説明が続きます。長野県内では、他に疲れた時に「てきない」も使いますが、南部の方が主となります。

 「ごしたい」によって、PRされているのは、健康補助食品で、感情を表現する形容詞の方言を用いて訴えている点に工夫が見られます。

 製品の製造元である王子木材緑化株式会社によると、この「お国ことば中吊り広告」は、次の4種作成されたそうです。

  ①「ごしたいは、こわい?」……JR小海線
  ②「こわいは、えらい?」……JR日光線
  ③「かいだりいは、こわい?」……JR名松線
  ④「きつかーは、えらい?」……筑豊電気鉄道

 お近くの方、ぜひ車内でもご覧ください。列車にゆられながら、広告をながめていると、健康への気づかいが必要だとしみじみ感じられてきます。

* * *

◆この連載を続けてお読みになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は
「地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺―」目次へ

【筆者プロフィール】

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics
 井上史雄大橋敦夫田中宣廣日高貢一郎山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。
(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

大橋敦夫先生監修の本大橋敦夫(おおはし・あつお)
上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

* * *

【編集部から】
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載の始まりです。

* * *

この連載への質問、また「ここでこんな方言みやげ・グッズを見た」などの情報は、問い合わせフォーム( http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/support/question.html )から、「地域語の経済と社会」への質問・情報である旨を記してご投稿ください。

明解PISA大事典:読解力の問題とクリティカル・リーディング

2009年 8月 7日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第14回 PISAサンプル問題を評価する

 この連載の第10回で「公開された(PISAの)サンプル問題が欧米型の読解問題としては出来の悪いものばかりだった」と書いたところ、ある中学校の国語の先生から「どこがどのように出来が悪いのか教えてほしい」との要望があった。

 そこで今回は、PISAのサンプル問題から有名な「落書き問題」をとりあげ、検証してみることにしたい。

 「落書き問題」とは、落書きに関する二つの意見を素材文にしたもの。二つの意見はインターネットに投稿された「手紙」という形式をとっている。一方は「落書きは芸術だからしてもかまわない」という意見、もう一方は「落書きは人の迷惑だからしてはいけない」という意見。そして「この二つの文章のうち、どちらに賛成しますか?」「どちらに賛成するかは別として、どちらの方が良い手紙だと思いますか?」などと問うのである。どちらの問いに答える場合も「文章の内容にふれながら」答えなければならない(1)

 一般に読解問題を評価する場合、素材文の検証に最大の重きが置かれ、それから問題全体の意図を検証し、最後に小問のそれぞれを検証することになる。PISAのサンプル問題に関しては小問のすべてが公開されているわけではないので、ここでは素材文と問題全体の意図を中心に検証することにしたい。

 素材文を評価する場合は、この連載の第4回にも書いたように「子どもの興味や関心」を第一に考える必要がある。PISAを受検するのは15~16歳の子どもだ。その興味や関心を引くものであるかどうか。“興味や関心”という点に関するかぎり、「落書き問題」は十分に及第点であると思う。国際的な読解問題評価では、「(子どもに)こう感じさせたい」「こう考えさせたい」という名目で、大人の文学趣味や哲学趣味を押し付けるような素材文が、真っ先に「子どもの興味や関心を無視している」として排除されるのである。

 問題全体の意図も悪くないと思う。一般に「落書きはしてもいいか、それともいけないか」と問われれば、理屈も何もなく「絶対にいけない」と考えがちである。このように、なにげなく「当然だ」と思っていることについて「当然ではない」とする見解も示し、比較しながら考えさせている。まさにクリティカル・リーディングの常道である(これを『内容の熟考と評価』という)。多様化した社会においては、さまざまな見解の存在を認識し、それらを比較しながら評価する技能が重要なのだ。

 「どちらに賛成するかどうかは別として、どちらの方が良い手紙だと思いますか?」という問いも良い。自分の価値観(あるいは好き嫌い)とは切り離したところで、純粋に文章の形式面を評価させているからだ。これもまたクリティカル・リーディングの常道なのである(これを『形式の熟考と評価』という)。多様化した社会においては、多様な価値を客観的に評価する技能が重要なのだ。

 だが、多様化した社会における技能という点から考えると、「落書き問題」には致命的な欠陥がある。それは多くの国において「落書きは犯罪」とされているという事実に関係している。日本であれば“落書き”は器物損壊罪(刑法261条)に該当し、それが芸術であろうがなかろうが罰せられる。多くの落書きアーティストを生んだニューヨークでさえ、落書きは犯罪とされている。実際、今年2月に日本の有名アーティストがニューヨークの地下鉄駅で“落書き”をして、警察に身柄を拘束されるという事件が起こった。

 なぜ落書きが犯罪であることが“致命的な欠陥”なのか?

 ここで誤解しないでいただきたいのは、“落書きは犯罪だから「いけない」を正答とすべきだ”と言っているのではない。また、“読解問題で犯罪行為を扱っているからいけない”と言っているのでもない。多様化する社会における「明文化」の意味を棚上げしているところが欠陥なのである。

 これは前回も述べたことであるが、価値観の多様化する社会において特定の価値観に権威を与えようとするならば「明文化」しなければならない。逆にいえば、「明文化」することによって、さまざまな価値観を持つ人々に対して、特定の価値観を強制的に認めさせるのである。“落書き”についても「明文化」された法律や条令などが、「いけない」と強制しているのである。いわば「社会が正当性を強要する価値観」ということだ。

 多様化する社会において「社会が正当性を強要する価値観」が存在する場合、それを無視して議論を進めることは適切とはいえない。PISAは「(社会で)生きるための知識と技能」を標榜しているのだから、なおさらのことである。「朝ごはんはパンがいいか、ご飯がいいか」というような議論とは根本的に異なるのだ。

 だから、“落書き”のようなテーマを扱う場合、「Aという価値観」「Bという価値観」「社会が正当性を強要する価値観」の3者を並べてクリティカルに評価するようにしなければならない。これもまたクリティカル・リーディングの常道である。繰り返すが、この場合も“「社会が正当性を強要する価値観」を無批判に受け入れなければならない”と言っているのではない。それが自分の価値観と異なるのであれば「なぜ異なるのか」、さらには「なぜ世間はそれを是とするのか」を考えるのである。

 このような理由から、「落書き問題」は欧米型のクリティカル・リーディングの問題としては大きな欠陥がある。このような問題が、各国の作問評価委員の目をすりぬけてしまったことは驚きとしか言いようがない。

 PISAの読解力の統括責任者であるジュリエット・メンデロビッツさんによれば、「落書き問題」はフィンランドの作問グループが提案したものだという(2)。もちろんフィンランドにおいても落書きは犯罪である。

* * *

(1)『生きるための知識と技能3』OECD生徒の学習到達度調査(PISA)・2006年調査国際結果報告書 pp198-201/国立教育政策研究所編/ぎょうせい 2007年
(2) Sokutei Report Vol.4「2006年度・8月国際研究会報告書」p27/東京大学大学院教育学研究科 教育研究創発機構 教育測定・カリキュラム開発講座編
*作問者を明かさないことは「明文化」されてはいないかもしれないが「教育界が正当性を強要する価値観」であると思う。ジュリエットさんは口がすべったようだ。大丈夫か?

* * *

◆この連載を最新記事からお読みになる方は⇒「明解PISA大事典」アーカイブへ

◆記事のタイトルからお探しになる方は⇒「明解PISA大事典」目次へ

【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

* * *

【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。

« 前のページ次のページ »